7-9.
「私が王になる」
開口一番、そう告げる。
眼前、太古より生きる竜人は口角を吊り上げた。
「いきなり言うじゃないか」
「貴方では役者不足よ。貴方では、私の理想を叶えられない。皆の思いを遂げられない。つまり、この世界は壊せない。だから、その王座を私に譲って」
「……二十も生きていないやつに、この世界の何がわかる」
紅い眼光は鋭さを増す。
個体単位で言えば、今まで出会った中で一番圧力があった。王国の刃だって第二世代相当をうたっていたけれど、何度も交配を繰り返している以上、純粋な第二世代には劣る。ミラージュも戦闘はまりしてこなかったみたいだし、あまり脅威ではなかった。
目の前にいるのは、数多の戦闘を勝ち抜いてきたたたき上げ。原初が生きていたころから彼らと戦いあっていた化け物。
「貴様にできるのか? 貴様なら、千年を超える人間の世界、原初を殺した狂気を孕んだあの人間ども駆逐できると?」
「できる」
断言。
「そして、やる」
宣言。
人間という種族で恐ろしいのは、その同調意欲だ。隣で別の人が思っているから、やっているから、自分もやる、という、右向け右の精神。そこに、それっぽい理由がつけば、正義を胸にした狂人はなんでも殺す。
人間は他人を騙して、自分も騙す。正しいと思って、他人を排斥する。
「今と昔とじゃ話が違うわ。貴方たちが負けたのは、貴方たちが人間から見て圧倒的悪だったから」
人間に正義を与えてしまったから。脆弱な生物である人間を虐めてしまったから、復讐に遭った。正義のある凶刃は、誰にも止められない。
「だから、私はまず正義を奪う。彼らを一枚岩にはしない。こちらに正義があるよう、誘導する」
迷いのある刃ほど切れないものはない。
そのための準備や人物は、私の手の中にある。
「馬鹿正直に戦争しても勝てないわ。そういった意味で、貴方にはできないのよ」
「確かに、貴様の手腕は見せてもらったのじゃ。この村は当初からは想像もできないほどに育っている。儂らが人間からおめおめと逃げ帰ったあの時よりもな」
ドレイクだって馬鹿ではない。
私の有用性と未来は、否定されるものではないと思っている。
「あの時の苦渋は片時も忘れた時はない。圧倒的強者の我々が尻尾を撒いて逃げ帰ったなどと、恥という言葉では片付かない。いつか、いつか、と憎しみは募るばかり。貴様になら、儂のこの怒りを晴らせるというんじゃな?」
「任せて」
「わかった」
頷いて、そして、ドレイクは擬態を剥がしていく。
着ていた服、少女のような外見は弾けていく。顔面はトカゲのように細長く伸び、全身には真っ赤な鱗が張り付き、爪は牙は人間の体躯ほどにまで伸びあがる。
「儂は貴様の考えに賛同しよう。じゃが、王を譲れと言うのは、話が別じゃ」
エリクシアの本体は、まだ少女の面影を残していた。顔や身体だけは人間だった。
でも、ドレイクは全身がまごうことなき竜。私が見上げるくらいに大きい巨漢。
「人間を駆逐すると豪語するのなら、まずは儂を超えて見せろ。それが叶わないものに、儂は命を預けることはできんなあ」
まさに、実力主義。
面倒くさい根回しとかは必要ない。わかりやすくて助かるわ。
不思議と恐怖はなかった。そういった感情がなくなってしまったのかもしれないけど。
竜の第二世代。原初に一番近い存在。単体で見れば、現在の世界で最強なのだろう。
でも、立場で言えば私だって同じだ。同じ、第二世代。生きてきた年代も年齢も全然違うけれど、生物の格と言う意味では同じ。
私は洞の中で影をまとめあげる。壁に穴が開いていて日光が降り注ぐ室内、その光を避けて、隙間には出番を待ち構えている影が存在している。ようやく自分も動けるのかと期待に胸膨らませる影。彼らに、私は声をかけるの。
行くよ、って。
これからは私たちの時代だからって。
「影なんぞ、原初の時代でも足元にくっついていただけの雑魚にすぎん。貴様が儂を倒すなど、それは夢物語。儂は貴様の夢想に付き合うつもりはないぞ」
「ふふ、くひひ。あはは」
誰が言ってるんだ。
成長しろよ、馬鹿。
「貴方たち原初は、その陳腐な考えで人間にやられたんでしょう? 雑魚だと思ってた存在に足元を掬われた。二度同じことを失敗をするやつは、真正の馬鹿か、後悔していない馬鹿のどっちか。さあ、貴方はどっちかしら」
「――殺す」
巨体が襲い掛かってくる。その足で踏まれただけで、大抵の生物はお陀仏になる。
その爪は、すべてを引き裂く強靭な爪。横なぎに振るわれたそれを、私は影を立ち上げて防いだ。ガキン、なんて金属と金属がぶつかる音がして、洞穴内に木霊する。
「影はね、その場から動かないことができるのよ。物の影は誰に何を言われても、じいっとそこに留まるの」
だから、影を無理矢理動かすことなんかできない。影は、絶対の盾。
ドレイクは大きく息を吸って、口から炎を吐き出した。洞穴内全体に広がる火の手。この場にあるすべてを燃やし尽くす恐ろしい一撃。
それを受けて、炎の中で私は笑う。炎上し、ゆらゆらと揺蕩うのは、私か、影か。同じことだからどうでもいいわね。
「影は燃えない。ずっと黒色を映し出しているだけ。長年生きてきて、そんなこともわからないの?」
「――があああああああああああああああっ」
咆哮。鼓膜が破れちゃう。まあ、すぐに元に戻るんだけど。影のカタチは崩れない。
再度肉薄して、両側から爪。「ふむ」炎の灯りのせいで影の数が足りない。両腕からの攻撃を止めるだけの面積が立ち上がらない。
じゃあ、避ければいいか。
私は足元に力を込めて、背後に飛びずさった。ミリアがしていたように、一部だけ原初を開放する。
「実は私は金獅子でもあるのよ。王家の生まれだからね。だからこれは真似じゃないの。自分の中の力を使っているだ
言葉が終わるよりも早く。
勢いよく、ドレイクの牙が飛び込んできた。私の身体を噛み砕かんと、その大きな口蓋を顕にする。
話の途中だったのに。
「まあつまり、金獅子の原初も、第二世代相当には有しているの」
下あごを受け止める。腕には金獅子の腕。金色の毛をまとった、強靭な腕。勢いと勢いとがぶつかって、あたりに衝撃波が飛んでいく。
でも、力比べは分が悪いみたい。ミリアとの戦いで学んだから使ってみたけれど、金獅子の力は使えないわね。じりじりと押されて端っこに追いやられる。
端っこ。そこには絶対に、あるものがある。
――”私”が、いる。
「【影槍】」
壁から、床から、黒いところから、縦横無尽に槍が飛び出した。そしてそれは、私を壁に押しこんで圧迫死させようとするドレイクの鱗を貫いた。
ぐさりぐさり。
勢いよく飛んでいき、突き刺さるのは一本や二本ではない。数十の槍。端っこに追いやられた影たちが、反旗を翻して牙を剥く。
顔面に、あるいは腕に、脚に、胴体に。彼女の身体が黒く染まる。
また、咆哮。今度は悲鳴にも似ていた。
体中から赤い血を噴き出して後退するドレイク。彼女が身体を起き上がらせると、下には影ができていた。
「その黒いの、もらうわね」
ズ。
ドレイクの影が立ち上がった。それは一本の腕を形づくる。ドレイクの首を掴んで、そのまま地面にたたきつけた。どすん、と大地の揺れる音。彼女がこれ以上起き上がれないように、組み伏せたままにする。
「なんで貴方の時代、原初の時代に影の原初が弱かったのか、私には予想できる。それは多分、影自身が本当の影を知らなかったから」
周りだって、影自身だって、足元で陽気に踊っているだけだと思っていたんでしょう。物の下でじっとしているだけだと思っていたんでしょう。
違う。影は、甘んじているだけだ。人や物と同じ動きをして”あげている”だけ。真似に甘んじているだけ。真似ができるということは、逆に言えば潜在的に影の方が優秀だということ。格上の真似はできないから、格下相手のおふざけに付き合っていただけ。
私も同じ。今まで、人間たちのおままごとに付き合ってあげていただけに過ぎない。
「私(影)こそ、最強だ」
叩く、叩く。顔面を地面に打ち付ける。ここの岩石は固いでしょう。痛いでしょう。思い出してくれた? もしくは、わかってくれた? 痛みの味を、敗北と苦渋を。
「や、め……」
蚊の泣くような声が聞こえたので、私は影を戻した。
静寂の戻った洞穴内、ぼろぼろのドレイクに近づいていく。
「私が王。反論は?」
「……ない」
竜の身体が小さくなっていって、少女の身体を形づくる。角や翼、尻尾は竜のまま。いずれの部位も折れ、曲がり、元のものとは比較できなくなっている。
まともに起き上がれないらしく、青い顔で蹲ったまま。何年生きても、敗北の味は苦いというわけね。
「立てる?」
尋ねると、首を横に振られた。
私は顎を掴んで、顔を持ち上げる。私に近づいた唇に唇を当てた。自分の口蓋を噛んで、血を流す。彼女の身体の中に流す。「んっ」驚いた声を上げるドレイク。逃がさないようにしっかり顔を掴んで、私の血を流し込んでいく。
喉が鳴ったのを確認して、私は口を離した。
「これで少しは動けるでしょう」
手を握っては離す。ゆっくりと立ち上がった。
「……どういう」
「これで貴方も影。紅き影。となれば、私たちは家族も同然」
私は手を差し伸べた。
「たかだか頭が私になるだけ。貴方の復讐は晴らせましょう。私が最高のシナリオを用意してあげる」
実績は伝えた。
実力は示した。
あとは首肯を待つだけ。
矜持なんか、一つの敗北で簡単に崩れ去る。
「……わかった。貴様に従おう」
赤色の竜は私の手を取った。
髪や目、そして頬を赤く染めて。本当の少女のように、頷いた。




