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7-5. マリアは進む














「いよう、お嬢ちゃん。ここの暮らしはどうだい?」


 外でアルマを筆頭に子供たちと遊んでいると、軽薄な笑みと共にフォンが寄ってきた。

 ちょっと話して来るわね、と伝えて、私は子供たちから離れていく。


「お嬢さん、随分と見た目が変わっちまったな。イメチェか? 金色はもういいのか?」

「いらないわ、あんな色」


 人間の頂点の色。化け物を許せない狭量な世界。

 投げやりに言うとフォンは楽しそうに笑った。


「いっひっひ。そりゃあそうだな。あれは金獅子、アタシらの敵の色だ。良かったよ。あんたがこっち側の思想を持っていてくれて」

「少し考えれば、こういう考えにもなるわ」


 なんでもっと早く金色を捨てなかったんだろうと後悔してるのよ。


「それにしても、久しぶりね。林間学校以来だものね」


 随分と久しぶり。五年前に会った時と様子が違って見えるのは、私の背が伸びたからかしら。見上げる位置にあった顔が今は目の前にある。お姉さんだと思っていた顔つきは、今は同い年くらいに見えた。

 敬語は必要ないわよね。気にしなさそうだし。


「今日は仕事?」

「魔物討伐局の仕事で、そこいらの魔物を狩りにな」

「仕事があるのにこんなところにいていいの?」

「殺した証拠だけ持って帰ればいいのさ。あいつらはアタシらの結果しか見ていない。どこにいようが何をしてようが、勝手気ままなんだよ」


 肩を竦める。綺麗なままの制服にしわが寄った。

 アースの侍女ではなくて、魔物討伐局に入っていれば、また違った未来が待っていたのかしら。


 なんて、無駄な思考。どうも頭が最近回っていない気がする。前の私はこんなつまらないことを考えていたっけ。


「そういえば、私のことを助けてくれたんでしょう? 御礼を言っていなかったわね。ありがとう」

「ああ、いいんだ。困っている人がいれば、助ける。それがこの世の常だろう?」


 にやにやとした顔。

 まったくそんなことを思っていないのは、私でなくてもわかる。


 でも、今はそんな彼女の本心に納得できる。人は自分のためだけに生きている。自分の利になるように行動を行っている。

 だから彼女を咎めるつもりは一切ない。


「それで? 私に何をしてほしいの?」


 私は少なからずフォンからもらってしまった。王国からここまで逃げる手助けをしてもらった。なんで彼女が助けてくれたかと言えば、それは何か欲しいものがあるから。私にしてほしいことがあるから。


「別に何もないさ。ただ、”今まで通り”生きてくれればいい」


 強調された言葉。

 私の微笑みが強くなる。


「あはは。面白いこと言うのね」

「あんたの話は王都に行くたびに耳にしてきた。誰もが目線を外すことのできない美貌、挙措。目的のためにあらゆるものを利用する貪欲さ。そして、実は私は林間学校の時、エリクシアとあんたの戦いを見ていてね。あんたの中にある暴力性も知っている」

「ああ、じゃあ、王国の兵士を殺したのは貴方?」

「察しがいいね。その通り。アタシも掃討には関わっていた。つまり、同じ穴の貉だよ」


 犬歯が見えるくらい豪快に口の端を持ち上げる。

 数十人の兵士が死んだ大事件。人間としては、怒るべき場面だろう。でも、私に怒りは沸きあがってこなかった。


「そう、それはありがとう」

「礼を言うのか?」

「ええ。貴方たちのおかげで、私の生き方がわかったんだもの」


 あの林間学校を経験したから、窮地に陥った人間の動きを知れた。人間という種族の本質を知ることができた。


 そうだ、思い出せ。

 私を、考え直せ。

 私は今までも楽しく生きてきたじゃないか。

 勝手に振り回して、自由に舞台を作って、縦横無尽に翻弄してきた。

 私の生き方は、変わらない。


「こんな私に、貴方は今まで通りに生きろと言うのね?」

「ああ、そうだ。あんたはこんな小さな村で収まるような器じゃないだろう? 私はあんたに期待しているんだ」


 試すような視線。

 言われなくても、やってやるわよ。


「どうなってもしらないからね」

「どうなっても構わないさ。今が変わるのなら、何でもいい。何もないってのが、生きていく中で一番最悪なんだ。状況が変われば、乗れる波も生まれるというもんだ」


 飄々と肩を竦めて、フォンは去っていく。

 彼女は人の皮を被って王都に戻っていくのだろう。


 ――何もないってのが、一番最悪。


「同意するわ」


 何もないから、マリアは泣いた。

 何かを手に入れるために、何かを行う。

 私は何もない。だから、

 全部が欲しい? 

なら、全部をもらいましょう。

   もらいに、行きましょう。



 ◇


 

 村からしばらく歩いたところ。

 大きな岩場があった。その中でも一番大きい岩山。私たちが見上げる様な大きさのそれに穴が空けられていて、扉が備え付けられていた。

 先導するエリクシアが扉を開いた。重厚な金属のその扉は、気味の悪い摩擦音を立てて私たちを中に誘ってくる。


「良く来たのう」


 鈴を転がすような声。

 別の横穴が空いているのだろう、外のように明るいその場所で、一人の少女が石の上に座っていた。


 少女と呼称して良いのだろうか。その風貌はただの少女と呼ぶのは違和感があった。

 エリクシアを彷彿とさせる赤い髪、その隙間から一本の角が生えている。背中からは大きな赤い翼が生えていて、その下、臀部にも大きな尻尾が。体躯だけは人間を形どっているから、違和感に私は何回か瞬きをしてしまった。

 簡単に言えば、人間への擬態が下手なエリクシア。彼女はエリクシアに続いて中に入った私を眺める。


 私の眼前でエリクシアは頭を下げた。


「おばあ様。お話した通り、マリア様をつれてきました」

「貴様か、マリアというのは」

「はい。そうです。マリアと申します」


 私も深々と頭を下げた。


「儂はドレイク。エリクシアの祖母にあたり、ここいら一帯、人間の世界を追い出された者どものまとめ役をしておる。

 貴様のことはエリクシアから簡単に聞いておる。このエリクシアを組み伏せるとは、随分と剛毅なものじゃのう」

「たまたま二人の意志が合っただけです」

「優秀とも聞いている。この時代に珍しい第二世代ともな。影、じゃったか? いかんせん、どういった存在だったか思い出せんが」


 ミラージュもそんなことを言っていた。

 竜や吸血鬼の原初が強大だったのはその通りらしいけれど、影についての記憶はあまりないみたい。どちらにせよ、そんな話聞きたくないけれど。


「それにしても、人に理解を求めようなどと、何とも滑稽なことをしたものだ」


 その時ばかりは言い方に呆れがあった。


「おばあ様。マリア様は、」

「静かにしておれ、エリクシア。今、儂はこいつと話しておる。儂と同じ、第二世代のこいつと。同格でなければわからんこともある」

「失礼いたしました」


 辞儀と共に一歩引くエリクシア。


「滑稽とは、中々にきついことを言いますね」

「事実じゃろう。あやつら人間と関わって貴様に得はあったか? 利はあったか?」

「楽しい日々を過ごさせていただきましたよ」

「じゃあどうして貴様はここにいる?」


 みしり。

 ほら、もう、くせになってる。

 言われたくないことを言われると、脳が音を立てる。

 言われたくないこととは、すなわち事実。私が覆い隠したかった、下らない矜持。


「良い人もいます」

「それだって手のひらを返す。やつらの根源には、化け物を排斥するという思想がある」


 でも、と言いかけた言葉を飲み込んだ。彼女の言う通り、結果、私がここにいるということは、そういうことだったのだから。

 滑稽なこと。確かに、思い返せばそうなのかも。人間に化け物を理解してもらおうだなんて、赤ん坊に禅問答を説くのと同じこと。彼女から見れば、無意味で生産性のない行動なのだろう。


 ほら、もう、なんで私は言葉を止めているのよ。

 そうですよね、人間はゴミですよね、くらい返せたらいいのに。


「じゃが勘違いするな。貴様の行動は阿呆極まりないが、儂は貴様自身のことは買っておる。あの忌々しい金色どもを血祭りにあげてくれたのじゃろう?」

「金色と言うと、王国の刃のこと?」

「呼び方など金色で十分じゃ。裏切者のあやつらに鉄槌をかましてくれた貴様を、儂は歓迎しよう」


 にこにこ。

 物々しい言い方をするけれど、表情は豊かだった。


「裏切者?」

「そうじゃ。原初の中で交配が始まったとき、真っ先にこの世界の未来を見ていたのが金獅子だった。やつは儂らの子孫がその数によって実権を握ることを予想していた。だから、自分たちの子供たちに、自分の子だけを産ませた。他の種族が見境なく交配を続ける間、自分たちだけで種を形成していった」


 原初は他の原初が入り込むと劣化する。今の人間はそういった数多の原初の端っこの才能を有しているだけ。たまに覚醒遺伝として表に現れてしまう。でも、同じ原初を持つ存在同士で交配すれば、劣化は格段に抑えられる。


「そうやって金色の軍団を作り上げた金獅子はあろうことか我らに牙を剥きおった。互いに不干渉の契りを交わしていたのにも関わらず。やつは、最初からそういうつもりだった。原初をこの世から根絶して、自分だけが頂点に立てるようにという魂胆だった」


 ドレイクは顔に怒りを張り付ける。


 人は嘘をつくし、自らを飾り付ける。自分の中で味方と敵を勝手に決めつける。

 以前、エリクシアが王家のことを裏切者と言った理由がわかった。自分たちだけが蜜を吸えるような世界を作り上げた張本人が金獅子の原初。


「じゃあ、悪いのは金獅子ってこと? 金獅子自身はどうなったの?」

「殺されたよ。自分の子孫にな」

「それは……ご愁傷様ね」


 因果応報。

 自分の造った社会に殺されるなんて、少し寂しい。

 でも同時に、少し同情もあった。化け物であれば、それが親であっても変わりはない。人間は自分と違えば何でも殺す。

 それが、遥か昔からまかり通っている。


「まったく、いけないことね。悪いことね。だから、一度滅ぼさないといけないのね」


 私は微笑みを作る。

 段々と、自分の調子を取り戻してくる。

 どこか曖昧だった自分の存在感、不明瞭だった未来への道が、定まっていく。

 それはきっと、目的を見つけたから。自分の中の正義を見つけたから。

 悪者を倒す。なんて素敵な英雄譚。


「貴方がこんなところにいるのも、人間のせいなんでしょう? そんな姿を人間の前に晒せば殺されちゃうものね。つまり、貴方も被害者。可哀想な存在の一人」


 だとすれば、助けてあげないと。

 助けるってことはいいこと。つまりは、正しいこと。


「儂は原初が殺されるのをこの目でみておる。地獄のような有様だった。人間たちの強さは、結束力にある。同じ意思で同じ武器をもって襲ってくることの恐ろしさ。やつらは人間の枠外の存在を許さない」

「この世に化け物の居場所はない」


 だから。


「奪う必要があるのでしょう?」

「話が早くて助かるの」


 二人して笑いあう。

 ドレイクは知らないかもしれないけれど、人間だって一枚岩ではない。彼女が怖がっている相手は大したことなんかないの。


「すべて私に任せておいて。原初に近い私たち、人間が化け物と呼ぶ私たちの世界を取り戻しましょう。安心していいわ。貴方が欠伸でもしている間にすべては終わっているから」

「どうするのじゃ?」

「どうでも、できる」


 私は知っている。人間の弱さを、群衆の操り方を、虚飾の使い方を。

 今までの人生でありとあらゆるを使ってきた私。同じように、使っていけばいい。


「まずはこの村を育てましょう。ここを王都にするわ」

「はあ?」


 背後のエリクシアからの素っ頓狂な声。


「マリア様。ここと王都では、住人の数が千倍以上も違いますが……」

「だからそれを増やそうというの。正確には、王都相当の栄えた場所にする。王国に不満を持つ人たちを集めて、人間の世界からあぶれてしまった可哀そうな人たちを味方につける。皆の世界を取り戻すために一緒に戦ってもらう」


 ああ、良かった。

 今、私の言っていることは正しいこと。


 喉に小骨が引っかかっていたように感じていたのは、今までの私の目的が王国を殺すことだったから。その言い方、まるで私が悪者みたい。夢ではなくて、野望ともいうべきもの。悪役の言い方ではテンションだって上がらないわ。


 でも、それは結果。

 可哀想な、独りぼっちな人たちを助ける。その最終的な結果として、王国を壊す。私の目的はあくまで弱者の救済。だったら、何もおかしくはない。


 頭が回りだす。以前と同じように、色んな策や未来が描き出される。私にとっての夢が生まれだす。

 そう、私は英雄。弱い者の味方。

 敵は王国。弱い者の敵。強者の味方。

 これならいいでしょう? 私は間違っていないでしょう?


「ここにいる覚醒遺伝持ちの人間は、百人くらい? そのうち、戦闘できるのは半分くらいかしら。それじゃあ全然足りないわね。五百人くらいいないと王都は攻められない」

「……王国の騎士団、魔術師団、護衛団を含め、王国の持つ戦力の総数は五万以上とも言われていますが、五百人でどうにかすると?」


 エリクシアの不安そうな顔。

 単純に数量は百対一。いくら覚醒遺伝持ちの人間だって、百人の兵士を一度に相手にするのは確かに難しい。

 でも、それは馬鹿正直な考え方。人生は穴だらけ。突いて穿って目標を達成するべき。

 不安そうなその顔を、笑顔に変えてあげる。


「余裕で勝てるわ。見せてあげる」


 暴力も、数量も、道徳も。

 人を動かすあらゆるを、この頭の中に有している。


「三年ね。それだけあれば、すべてを壊せる」


 私は変わった。もう人を殺すことを躊躇わない。

 私は変わらない。人の心を熟知し、操っていく。


「王座に座るのは貴方? 今のうちに決めておくことね」


 ドレイクにウインクすると、私は背を向けた。

 やることができたから、頑張らないと。


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