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 すべてを曝け出すということは、すべてを預けるという事。

 自分が相手になって、相手が自分になっていって、境界をあいまいにしていく。

 すると不思議なことに、不安は半分に、幸福は二倍になる。


「マリア。……その、飲んでもいい?」


 イヴァンは吸血鬼。大人になるにつれて、吸血欲が高まっていた。他の人には見られないその衝動が不安で、隠して我慢して、今まで悩んでいたらしい。


 私が私の不安を口に出したことで、イヴァンも私に不安を吐露してくれた。それから、恐る恐る私から血をもらい始めた。


「全部吸ってもいいわ」

「流石にそこまではいいよ」


 首筋に噛みついて、牙を立てる。傷がついた部分に唇を当てて、ちゅうちゅう音を立てて血を舐めとっていく。


 子犬がミルクを飲むようで、愛おしい。

 言ったことは冗談ではない。私の血でいいのなら、全部もっていっても問題ない。

 そうなれば、心だけでなく気持ちだけでなく、身体も名実ともに一緒になれる。


 私とイヴァンは、一緒になる。

 それは小さいときから私は求めてきた極致だった。

 もう私は、一人じゃない。特別は、三人になった。



 シクロは実験の結果、というものが遅効的に表れていた。

 魔法を人体に付与する――詳しい原理や仕組みはわからないが、呪文をつぶやくことなく魔法を行使できるようにする実験だったらしい。


 彼女の左腕はあらゆる力を無力化し、右腕はあらゆるものを粉砕する硬度が持てるようになった。任意で白い腕は魔法、物理を消化し、黒い腕は家屋すら破壊する。


「私はやっぱり化け物でした」


 シクロがそう言ってくれて、嬉しかった。


「私と同じね」


 化け物、化け物。

 人と違う、特別。


 私の愛する人は、私と同じ。

 脳を蕩かす、たまらない甘美。


「マリアとは違いますよ」

「どう違うの? 私だって魔法も剣撃も蹴りも効かないわ。煉瓦の壁なら壊せちゃう。一緒よ」

「……そうですね。一緒です」


 はにかむ、笑顔。

 照れたように、嬉しさが滲んだような顔。


 好き。



 あれから二人とは、夜のたびに交わった。

 行為のバリエーションも増えて、快楽の度合いも増し、三人ですることもあった。


 人に何かを言われるたび、私の心は不安に襲われる。けれど、イヴァンとシクロの顔を思い出して、夜になれば、もうそこには安心だけがあった。快楽だけがあった。

 汗だくになって、互いの体液でベッドを汚して、お互いの気持ちいいところを知って。


「……しあわせです」


 シクロがうっとりと呟いた、そんな言葉。


 ようやく、理解した。

 幸せは、ここにあった。

 目の前に、手元にあった。私が気づいていないだけだった。


 人間だろうが、化け物だろうが、獣だろうが――関係ない。

 思いを、感覚を、気持ちを共有できる相手がいて、互いに自分を曝け出せる。そういった場所で笑えること、それが、幸せだった。


 だから、私はこれを守るために生きる。

 そう決めた。



 ◇



 矢先。


「イヴァン、十二歳おめでとう。今度、正式にお披露目会をするわよ」


 私の思い描いていた未来は、修道士の言葉に砕かれた。


 イヴァンはただ頷いていた。

 私は、自分の感情が暴れているのを感じていた。

 熱くて怖くてぐらぐらしている、感覚。


「いや! いやだよ、イヴァン!」


 私は毎晩イヴァンの腕を掴んで泣いてしまっていた。

 イヴァンは寂しそうな顔で、俯くだけ。


「仕方ないよ。こういう運命だってわかってたし。最期だけでも、幸せだったよ」

「逃げよう。私とイヴァン、シクロなら塀だって乗り越えられるわ」

「前にも言ったでしょ。私たち全員、顔を見られてるって。外に出ても捕まっちゃう」

「全員倒すわ。私、強いもの」

「何人、何十人、何百人が相手かも」

「問題ない。それに、もしもになれば、顔を変えてしまえばいいんだわ。熱湯を、こう、かければいいの」

「ダメだって。せっかくの美人が台無し」

「……じゃあ、イヴァンはいいの? このままで」


 アンナのような目に逢って。

 物言わぬモノになって。

 私と、シクロと、離れてしまって。


 私が瞳の奥を覗くと、ぐらりとイヴァンの心が揺れた。

 目を、逸らされる。


「……一個、マリアに嘘ついてた。私、一個だけ家族のこと覚えてる。私を指さして、何か言ってるの。床の上に置かれたまま、私はそれを聞いていた」

「……なんて?」

「それはわからない。けど、嫌な言葉だったと思う。私の白い髪と赤い眼と牙を見て、家族は皆、嫌な気持ちになったんだ」

「何を言っているの? 全部、素敵な貴方の個性よ」


 わからない。

 なんで、こんな素敵なイヴァンを見て嫌な気持ちになるのか。私はこんなにも幸せをもらっているのに。


「マリアだけだよ、そういってくれるのは」


 諦めたように笑うその笑顔が、初めてイヴァンの嫌いなところになった。

 イヴァンは笑う。嫌な感じに、笑う。


「とかく、生きづらいんだよ、この世は」


 この世。

 外の世界を一切知らない私。

 皆との違いも判然としない無知な私。


 でも、私だって、考える。感じる。


「愛しているわ、イヴァン」


 だから私は彼女を抱きしめて、笑う。

 正直に素直に愛情を伝える。


「安心して。私が、どうとでもするわ」


 私は、なんだ?

 私は、化け物。


 だったら、そんな世界、どうとでもできるだろう。人の造った世界なんて、化け物の私ならなんとかできる。

 人として諦めたイヴァンに、化け物としての未来をあげるわ。


 ワタシが、化け物の私が、

 人の世の理など、ぶち壊してやる。

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