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傾国令嬢 アイのカタチを教えて  作者: 紫藤朋己
五章 政争と清掃
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5-13. 世界は私
















 王宮、外に繋がる廊下の上でロウファに会った。否、たまたまなんかではなくて、偶然を装って会いに行った。額には汗が滲んでいて、騎士団の訓練の後みたい。

 私を見つけると、笑顔になって近寄ってくる。


「マリア。どうしたの、こんなところで」

「たまたま通りかかってね。ロウファに会えないかな、なんて思ってたから、会えてうれしいわ。私のお見舞いに来てくれた以来かしら?」

「そうだね。大変な目に逢ったみたいだけど、元気そうでよかった。その後は大丈夫?」

「ええ、おかげさまで元気いっぱいよ」


 私が力こぶを作って微笑むと、ロウファの相好も崩れた。


「ロウファの方は? 騎士団の訓練はどんな感じ?」

「大変だけど、充実しているよ。私は凡人だから、ついていくのに一苦労だけどね」


 諦めたように、けれど爽やかに、ロウファは笑った。

 ロウファに剣の才能はあるとは言い難い。でも、私は過去に剣の別の使い方を教えてあげた。


「あまり気にする必要はないと思うわ。ロウファの才能は、率いてこそだもの」

「私が騎士団を率いるのは、まだまだ先のことだよ。でも、マリアのおかげで私は進む道を理解できた。周りからも指揮の方は評価してもらえてるんだ」

「そうよ。白百合騎士団を率いてくれた過去もあるし、ロウファは騎士団を率いるべき器よ」

「はは、マリアがそういってくれると、励みになるよ。でも、身体能力は並だからね。まずはそこで目立たないと上には上がれそうにない」

「そうなの」


 私は残念そうに呟いて、


「才能が良いところで生かされないのは、とっても寂しいわね」

「仕方ないよ。なんでも持ってるのは、それこそマリアくらいだしね」

「私は運が良かっただけよ。でも、才能とは別に、持ち物として良いものを持っているわ」


 ポケットから一つの小箱を取り出した。

 装飾の入った小箱。お金をはたいて王都で買ってきた箱。その中を開くと、黒くて丸いものが入っている。


「これは? お菓子?」


 怪訝そうな顔で見つめるロウファ。


「最近王都で流行ってるみたいなの。ミーハーかもしれないけど、ついつい私も買っちゃってね。薬のようなもので、体が動かしやすくなるんですって」

「本当? でも、大丈夫なの?」


 出自の不明な薬に胡乱げな様子。

 私は微笑んだ。


「私も飲んで試してみたけど、体調が悪くなるとかそういうのはなさそう。むしろ体の調子が良くなったの。それに、ロウファ、貴方は騎士団の上に行きたいんじゃないの? お父様に認めてもらいたいんじゃないの?」


 前にちらっとロウファと彼女の父、デルタ・カインベルト騎士団長が話しているのを見たことがある。デルタはロウファのことを買っていて、将来はおまえに騎士団を任せたいと言っていた。ただ、ネックになるのはロウファの性別と強さ。騎士団の中に不信を抱くものは一定数いる、と。


 改善すべきは、ロウファ自身の力。ロウファが変われば、貴方の世界も変わる。


「貴方が強くなれば、お父様は大手を振って貴方を騎士団長にするんじゃない? それがお父様の願いでもあるはずよ。貴方が一度諦めかけた夢が、手に入るんじゃない?」


 息を飲むロウファ。

 過去、騎士団長の父の跡を継ぐという夢を持っていた彼女。兄を失って、私に負けて、諦めてしまったその夢。捨てたと言っても、ほしいものはほしいわよね。


「物は試し。例えブラシーボ効果であっても、あった方がいいでしょう?」

「まあ、……確かに。マリアがそう言うなら、試してみるよ」


 ロウファは私から小箱を受け取った。

 私ば安心して微笑む。


「ええ、力は必要なところで発揮されるべきだわ。ロウファに力があれば、皆を守ってくれる。これは、王国全体のためにもなる話だわ」

「私なんか大したことないよ。でも、もしもこの薬? にそんなに効果があるのなら、騎士団の底上げにもつながるしね」

「ええ、他にも必要になったら言ってね。売っている場所は得意先だから、たくさん集めてあげる」


 自分で渡しておいてなんだけど、ひどい押し売りのようね。怪しすぎるわ。

 でも、効き目は確かめ済み。副作用も私たちにとっては”大した事のない”もの。むしろ、どんどん副作用を発現させて、化け物の見た目になってほしい。私はロウファのことが好きだから、もっと好きにならせてほしい。好きなカタチになってほしい。


 強さは、魅力。

 自分のできることが増える、麻薬のようなもの。

 抗える人なんかいやしない。強くなったロウファを見て、我先にと薬を求める人の群れが、容易に想像できる。


 化け物の世界へ、ようこそ。


「ありがとう、マリア」

「ええ、訓練頑張ってね、ロウファ。私はいつでも貴方の味方で、応援しているからね」



 ◇



 私は魔術師団の詰め所を訪れた。

 ノックをして返事が返ってくる。扉を開くと、ちょうどクロードが机に座っていた。彼しかいない、大チャンス。


「クロード先生」

「なんだ、マリアか。どうした?」


 最近、現魔術師団長はこの部屋にいない。アースが視察に来るときだけ顔を出して、段々と長としての業務をクロードに移しているみたい。彼が次期団長になる日も近い。

 そんな人とつながりがあるのは素敵ね。運命の出会いに、感謝。


「これ、あげる」

 私は小箱を放り投げた。怪訝な顔でキャッチするクロード。中身を見て、さらに眉が寄っていく。


「なんだこれは」

「薬よ。飲めば魔術の力が向上して、怪我も治るの」

「なんだその胡散臭い薬は」

「協力して。クロード先生。貴方は私の共犯者でしょう。世界に化け物を振りまく一端を担ってもらいたいの」

「……どういうことだ?」


 クロードの顔が真剣になる。私を見る目は少し剣呑。


「その薬の効能は本当よ。本当に魔術の練度が上がって、怪我や病気が治るの。――私と同じように」

「……貴様のする行動には、全て理由があると思っている。魔術研究所にシクロを救いに行ったのは本当だろう。だが、何故研究所を燃やす必要があった? 貴様のことだ、実験施設をそのままにしておいて、魔術研究所が人体実験を繰り返す場所だと告発したほうが良かっただろうに」


 確かに、その通り。


 何故それをしなかったかと言えば、あの研究所が残ってしまうのは、私たちにとっても都合が悪かったから。所長、副所長の行方が探されてしまうし、原初への知識を余分に与えてしまう。敵に余計な知恵を与えるのは、馬鹿のすること。

 私は、ミラージュという大切な人とその知識を、リスクなしで欲しかった。


「流石、頭の回転が早いですね。ただ、別に私は今この現実を予見して、魔術研究所を燃やしたわけではないんですよ。こうなったらいいな、という理想が積み重なってできた最高傑作、それがその薬。その薬は、私を原料に作られている」


 クロードは顔をしかめた。


「貴様を原料に? だから、貴様と同じ力を得る、だって? ……、これは、悪夢か?」

「楽しい現実ですよ。その薬を飲むと、私と同じ存在になれる。怪我をしないで、病気にならないで、身体能力が高くて、魔術が強い、私に。もちろん、完全に私にはなれません。一時的に、私に近い力を得られるという程度。でも、それで十分でしょう?」


 私の力の数十分の一でも、普通の人からすれば十分に化け物になる。


「これを、魔術師団で運用しろと?」

「ええ。前に話した通り、私は世界から化け物を失くしたい。化け物になって、少数派になって、泣くだけしかできないような子を救いたい。この薬が広まって、皆が化け物の特徴を持ては、そもそも化け物と呼ばれる存在はいなくなる。それって、貴方の理想にも合致すると思うの」


 クロードは、他人と違う。魔術の才能が豊かで、異性に興味を持てない、異常性。

 でも、それだって、多種多様な化け物のなかでは霞んでいく。そういう人間もいるんだ、なんて、化け物の中に消えていく。化け物は少ないことが問題なのよ。


「……」


 悩んでいる。人間と化物の思考の狭間で揺れている。

 突っぱねないというだけで、否定しないという反応で、答えは出てしまっているのに。倫理的に、”無理矢理やらされた”という被害者面がしたいのね。しょうがないわね。


「じゃあ、言い方を変えるわ。これを回さないと、貴方が魔術研究所襲撃に関わっていたことにする。魔術研究所の副所長は強かったと有名だから、貴方が倒したことにしましょう」

「はあ?」

「疑惑だけでもいいの。私は、煙から火を作る存在だもの。貴方だってよくわかってるでしょう?」

「トリエラ様の事件……怪しいとは思っていたんだ。この僕を脅すつもりか? 弱みを握ってるのはこっちだって一緒だぞ」

「確かに、貴方にはバラされたら困る知識が多すぎる。だから、協力しましょうと言ってるの。貴方がほしいものがあれば、私が用意してあげるから」

「そんなものはない、……が」


 茶番の途中。クロードが渋面を作って小箱をいじっていると、突然扉が勢いよく開いた。


「マリアが来てるの!?」


 アルコがノックもなしにやってきて、部屋の中をきょろきょろと見回す。私を見つけて、笑顔になった。


「マリア! 今日はどうしたの? 訓練を見に来たの?」

「いえ、アース様からクロード先生に伝言をね」


 ぴん、と良いことを思いつく。私、アルコのことも大好きなの。


「あ、ちょうどいいわ。お菓子があるの。あげる」

「ほんと?」


 私は懐から小箱を取り出して、中の黒い球をアルコの舌に乗せた。「やめっ」というクロードの制止の声も虚しく、アルコはそれを飲み込んでしまう。


「ん、む、おいしい!」

「良かったわ。それを食べるとね、魔術の威力が上がるのよ」

「ほんとう? 試してみるね」


 アルコはその場で魔術を行使しようと構えだす。


『ここではやめて(ろ)!』


 王宮の部屋の中で魔術をぶっ放そうとする狂気に、私とクロードの声が重なった。


「あ、ご、ごめんなさい」

「いいのよ。訓練場で打ってきたら? 私はまだクロード先生と話すことがあるから。終わったら、また話しに行くからね」

「わかった!」


 笑顔になって部屋を出ていくアルコ。

 彼女は林間学校の時、敵に頭を掴まれてからずっとどこかおかしいのよね。きちんと手綱を握ってあげないと、何が起きるかわからない。


 まあ、それはいい。

 私は微笑みと共にクロードに振り返る。


「あ、ごめんなさい。ついつい持っていたお菓子をあげちゃったわ。さあ、どうする?」


 もう、賽は投げてしまったけれど。貴方の選択肢は、サイコロの目が何になるか、見守ることだけ。


「性悪が……」


 クロードはため息をついて、


「だがしかし、貴様を一度見逃した以上、僕はすでに共犯者だ。一度は協力した以上、抜けるのも違うか……。わかった。僕のできる範囲で協力しよう」

「流石ね」


 遠くの方で、雷の様な音が響き渡った。遅れて地響きが伝わってくる。


「……世界をどうするつもりなんだ」


 クロードの小さいため息は、木霊する魔術の残響にかき消されていった。



 ◇



 王都で商家を営んでいるレインにも薬を手渡した。彼女には、薬だと伝えて。効能が証明されて需要が増えたらまた言ってねと言っておいた。


 アネットの所属する民間の護衛団にも顔を出した。ちょうどアネットには擦り傷があって、薬を飲むことで、怪我は治り効能は確かめられた。いっぱいくれと護衛団の団長に言われた。


 王宮内で、病室の医師にも渡しておいた。万が一、助かりそうにない人が運ばれてきたときにはこれを使ってって。私はこれで一命をとりとめたの、なんて口添えをして。


 広まる、広まる。

 私が、広まる。

 私が、物理的に、原初的に、増えていく。

 世界は、私になっていく。


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