五話
三日後にやっと母の体調が回復した。
青龍は酒盛りの二日後くらいにはピンピンしていたが。母の場合、「年齢のせいね」とぼやいていた。確実に青龍のせいではある。私はつい、じとりと彼を睨んでしまったのは言うまでもない。青龍はちょっと怖がっていたが。まあ、どうにかこうにか妖し退治を再開はできたのだった。
母が復帰して初日に私は妖しでも厄介なのを相手にしていた。心配なのか兄も一緒に戦ってくれている。
「……国子。幽鬼が三体もいるな」
「うん。今日はごめんね。正兄」
「謝らんでいい。母さんは本調子じゃねーからな」
背中合わせで言いながら私と兄は懐刀や錫杖を構えた。妖しといっても敵は幽鬼--怨霊化した人間の霊だ。余計に厄介だった。懐刀を横向きに持って私が先に飛び出す。兄も一拍遅れて幽鬼に一撃を加える。錫杖がジャランと鳴った。幽鬼に私も斬りつけた。ザンッと斬った肩口が透明になる。兄の方も幽鬼の一体を倒していた。やっぱり能力は上だ。そう思いつつも、もう一度斬りつける。やっと幽鬼は消えた。
「もう一体いるぞ。気をつけろ!!」
「……わかった!」
頷いて母を背中に庇った状態で兄と二人、残った一体に立ち向かう。幽鬼の目がギラッと光る。兄は祝詞を唱えて結界を張った。
「……青龍の神に請い願う。我らを守り給え!」
そう兄が唱えるとキインと音がして透明なガラス状の結界が私達の周りに出来上がった。幽鬼が持っていた大鎌で襲いかかる。だがギインと結界がそれを跳ね返す。兄の結界は凄かった。
「くっ。けっこう強い幽鬼だな」
兄はそう呟きながらも印を組んで結界の維持を続ける。ギインギインと二回も大鎌での攻撃にあうも防ぎ続けた。兄は油汗を浮かべながらも維持に集中する。だがそれも長くは続かない。五回目の攻撃で結界の一部分にヒビが入った。
「……ちょっとヤバい?」
「ああ。国子。母さんを頼むぞ」
ビキビキと結界のヒビは大きくなる。十回目くらいで完璧に壊れてしまう。幽鬼が兄めがけて襲いかかってきた。兄は素早く真言を唱えて幽鬼の動きを封じた。
「……バザラ・ダンセンダウンタラタカンマン」
それを何度か唱え続ける。幽鬼はギャアと悲鳴をあげた。ギリギリと光の輪が幽鬼の首を絞め上げた。胴体にもありガランッと大鎌が地面に落ちた。私は母の元に向かった。私と兄の後ろで神楽鈴を鳴らし続けていた母は頷いてみせる。
「……国子。正邑のサポートを頼むわ!」
「……わかった。母さんも気をつけてね!!」
私は頷いて返事をした。兄の元に走って戻る。祝詞を唱えてサポートを試みた。
「……ひふみ・よいむなや。ちろらね。こともちろらね。清くきよしと申さむ!!」
懐刀に触れながら呟いた。淡く白く刀身が光り輝く。私は兄を見て頷いた。
「国子。お前は下がってろ!」
「そんなわけにもいかないよ。せめて二人で行こうよ!」
「……わかったよ。遅れるんじゃねーぞ!!」
兄は印を解くと錫杖を持って幽鬼に走って間合いを詰める。私も少し遅れて間合いを詰めた。錫杖の先で幽鬼のみぞおちを突く。私も後ろに回り込み、懐刀で背中を斬りつけた。幽鬼は怒ったのか私を睨む。ぐるりとこちらに向きを変えた。兄が再び真言を唱えようとしたが。それよりも早くに大鎌で斬りつけられた。気が付いた時には肩から胸にかけて袈裟斬りされていたのだ。ざしゅっと鈍い音が聞こえた。一拍遅れて熱いものを押し当てられたような焼け付く痛みが脳に伝わる。
「……うっ。くう」
「……国子!?」
青ざめた顔で兄と母が駆け寄る。ぼたぼたと紅いものが肩や胸から滴り落ちた。あまりの量と痛みに油汗が額に浮かぶのがわかった。懐刀がカランッと地面に落ちてしまう。少し経って私は倒れこみ、意識を手放したのだった……。
独特なツンとする匂いと母の声で意識がゆっくりと浮上する。白い天井と自分の腕にある管--カテーテルが目に入った。続いて覗き込む母の顔がぼんやりと見える。
「……ああ。良かった。気が付いたのね」
「……母さん?」
「そうよ。国子」
珍しく母が涙ぐんでいる。目だけを動かすと母の斜め後ろには兄と父もいた。二人も心配そうにしていた。
「私。一体どうしたの?」
「……覚えていないのね。あんたは幽鬼との戦いの最中に大鎌で斬りつけられたのよ。思いの外、大怪我で。正邑と二人で応急処置はしたんだけど。出血が止まらないから救急車を呼んだの」
「……そうだったの」
私は起き上がろうとした。けど肩から胸にかけてズキッと痛みが走って動けない。母が慌てて押し留めた。
「国子。動いちゃダメよ。あんたは大怪我をしているんだから」
「……そうですよ。伊達さん」
静かにそう言って入ってきたのは白衣を着た男性だ。もしかして私の怪我の処置をしてくれた医師--先生だろうか?
「あ。須藤先生」
「ええ。娘さん、意識が戻ったようですね」
「はい。今回はありがとうございます」
「……お礼を言うにはまだ早いですよ。確か、国子さんだったかな?」
「……はい。私が国子ですけど」
頷くと須藤先生と呼ばれた医師は真顔になった。
「その怪我、切り傷だけどね。二十針は縫ったんだよ。んでそれが治るまでは入院だから」
「どれくらいかかるか。訊いてもいいですか?」
「……たぶん。二週間はかかるよ」
意外な事実に驚く。須藤先生は苦笑したのだった。




