三話
青龍はその後、母と睨み合っていた。
母は私を後ろに庇うと言った。
「……青龍様。いきなり嫁はないでしょう。国子があなたと結婚したらそれは人としての一生を終えるのと同義ですからね」
「……確かにそうだが。だからと言ってほいほいと人の男に渡せぬわ」
「ああら。おっしゃいますね。私の母にもそう言って迫っていたではありませんか」
母が言い返すと青龍はムッとしたようで余計に睨みをきつくした。その顔はさすがに怖い。私は母の後ろで情け無くも縮こまる。
「青龍様。娘が怖がっているでしょう。全く。相変わらず、女の子の扱いがなっていませんね」
「あ。お主は。もしや、伊達家の初代の当主だろ?」
「……やっと気付きましたか。私は伊達家の初代である吹子です。今は紘子という名ですけど」
私はいきなりの事に二の句が出ない。母が初代の当主の吹子様って。どういう事だ?そう疑問に思っていたら母は見兼ねて説明してくれた。
「あのね。国子には言っていなかったわね。私には初代様の記憶があるのよ。今風に言ったら前世の記憶というのかしらね。つまりは私が初代である吹子様の生まれ変わりなのよ」
「……え。母さんが初代様の生まれ変わりって。だから、相変わらずと言っていたのね」
「まあそうね。吹子様は青龍様と結婚して双子の女の子を生んでいてね。その内、双子の姉君が私や国子、父さんやお兄ちゃんの直接の祖先になるわ」
母の説明でやっとわかった。青龍は初代様と結婚していたのだ。というのに私にまで迫るとはこれいかに?
「……吹子。そなたがいるのであれば。国子には用はない。すまぬが嫁の話は……」
「……ふざけんじゃない。国子に手を出そうとしておきながら何を抜かしている」
母はそう言って印を組んだ。小さく「ウン。ハッタ」と唱えた。そしたら青龍は固まってしまう。母が唱えたのはいわゆる束縛術らしい。
「罰として半日はその状態でいなさい。全く。あなたには呆れましたよ」
「か、母さん。青龍様にそんな事して大丈夫なの?」
「大丈夫。意外と頑丈に出来ているから」
そういう話ではないのだが。私は内心でそう思いつつも黙っておく事にした。青龍様にお辞儀をしてから母と一緒に台所に向かったのだった。
本当に半日は青龍様は束縛状態だった。父と兄が彼の姿を見て驚いていた。母はいい笑顔で「娘に手を出そうとしたから罰よ」と言っていたが。何も言うまいてとこの時に思ったのだった。
「……うう。吹子め。我に情け容赦がないな」
「ふん。元はあんたが原因でしょうが」
母はそう言って鼻白んだ。手には何故かお猪口がある。青龍と二人で酒盛りを始めた。私は少し離れた所で兄とその光景を眺めていた。青龍が私に手を出しかけたという話は兄も聞いていた。なので側にいてくれているのだが。
「吹子。そなたに夫がいたとは思わなんだ。しかも国子の他に息子もいる。うう。我が封印されている間に何故こんな事に」
「……あんたね。もう封印がなされてから千年近くは経っているのよ。そりゃあ、あたしもあの世に逝っていても当たり前だわ」
「そなたも相変わらずだな。ずけずけとした物言いは」
青龍が余計な事を言った。母はニコリと笑うとお猪口をお盆の上に置いた。そして青龍のこめかみに両手を当てる。握り拳にしてグリグリとうめぼしを始める。これは兄がよく小さい頃に悪戯するとやられていた。地味に痛いのだが。
「……いだっ。痛い、痛い!!」
「ずけずけとって言うんだったらあんたも同等でしょうが!」
「そなたな。いくら、何でも。痛い!」
うめぼしを続行されたので青龍は悲鳴をあげた。顔が綺麗なので余計にシュールな光景だ。兄と共に遠い目になる。
「兄さん。青龍様って。意外とやられキャラだったのね」
「そのようだな。あの母さんに言い返すとは……」
「うん。強者なのかバカなのか」
二人して呆れ返った。青龍よ。母さんは怒らせたら怖いよ。なのに余計な事を言うから……。ふうとため息をついた。
「……く、国子。助けてくれ!!」
「あの子に助けを求めてどうすんのよ!!」
母さんの怒りがヒートアップしたようだ。私は兄と一緒に台所に向かった。父にそろそろ寝たいことを伝えに行こう。そう思いながらその場を離れたのだった。
「……父さん。そろそろ、寝ていいかな?」
台所で一人でお茶を飲んでいた父に声をかけた。すると父は苦笑する。
「そうだな。もう夜の十時だしな」
「うん。お風呂も入ったからね」
「確かに。母さんと青龍様の事はわしと兄さんに任せろ。お前は疲れているだろうからもう寝てきなさい」
「そうするよ。おやすみなさい」
「ああ。おやすみ」
父はにっと笑った。私はそっと台所を出ると二階の自室に行った。ドアを閉めて鍵をかける。電灯をつけて部屋着に着替えた。黒のティーシャツに同じ色のズボンだ。ささっと着替えると机の上に置いてあったスマホを何とはなしに見る。メールも電話もない。ほうと息をつく。スマホをベッドのサイドテーブルに置く。
その後、電灯を消してベッドに入る。眠りについたのだった。