番外編 青龍と国子のお花見
ある日、母から言われた。
「……国子。今日は青龍様とお花見に行って来なさいな」
「え。いきなりどうしたの?」
「その。青龍様はあんたを気に入っているし。今、ちょうど桜が見頃だから一緒にデートでもと思ったのよ」
私はどういう風の吹き回しだと驚く。そしたら母は苦笑した。
「青龍様はね。あんたを手放す気がないようなの。そりゃあ、人の男の子と結婚してくれたらと思うけど。そういうわけにはいかなそうだからね」
「ああ。成る程。だから青龍様と仲良くしろという事ね」
「……悪いわね。もし、人間の彼氏が欲しくなったら言いなさい。母さんが青龍様を説得してみるから」
母はそう言って私の頭を撫でた。そっと離れると肩をポンと軽く叩いた。
「今から飲み物とお弁当を用意するから。近くの公園にでも行って来なさい」
「……わかった」
とりあえずは頷いた。母は肩から手を離すと台所へ行く。私はちょっと鼻の奥がツンとなる。いずれ、私は誰かと結婚して家を出るだろう。それを思いながら窓ガラスの向こうの空を眺めたのだった。
一時間程して母がお茶の入った水筒と桜餅、お握り、おかず類が入った重箱を持たせてくれた。と言っても一人分だが。青龍様は食べなくてもいいらしいから必要ないとの事だ。
「……行ってらっしゃい。道中、気をつけてね」
「はい。行ってきます」
私はたった一人で家を出る。後で青龍様と合流する予定なので仕方ない。玄関でスニーカーを履いて外へ出た。庭を突っ切ってアスファルトで舗装された道路に出る。てくてくと歩き出す。ピチチと小鳥が鳴きながら飛んでいた。平和だなと思う。今日は妖かしがいないし。それに良い天気だ。母が作ったおかず類が何かを楽しみにしながら公園を目指したのだった。
「……ああ。国子。来たんだな」
「はい。お久しぶりです。青龍様」
敬語で返答する。青龍様はにっこりと笑う。ううむ。やっぱりこれだけの美男が相手だと人間の男性が物足りなく思うわね。そりゃあ、いとこのみいちゃんの彼氏もかなりのイケメンではあるけど。でもレベルが違うわ。一人でそんな事を考えながら大きなトートバッグからピクニックシートを出した。それをバッグを持ったままで芝生の上に敷いた。
「国子は器用だな」
「そんな事はないですよ。普通です」
「そうか」
ポツポツと話しながらスニーカーを脱いでシートの上に座る。青龍様も隣に座った。ほんのりとお香だろうか。良い香りが漂ってくる。それを思いながらもトートバッグを側に置いて水筒を出した。蓋を開けてボタンをカチッと押す。そこから直接お茶を飲んだ。いわゆるマイボトルだった。こくこくと飲むと喉が潤ってきた。口を離すとふうと息をつく。
青龍様はその間、無言だ。ボタンを再び押して蓋をした。そうしてから近くに置く。そしたら青龍様は私の手に不意に触れてきた。ひんやりとした体温が伝わる。
「……青龍様?」
「我は青龍ではあるが。本来の名は清藍という。そっちで呼んでくれないか?」
「……え。じゃあ、清藍様?」
「ううむ。呼び捨てでいいんだが」
「……はあ。セイでいいですか?」
「……構わぬ。これでおあいこだ」
ニヤッと笑う。私は悪戯が成功した子供のようだと思った。まあ、いいか。
「私。お腹が空いたからお弁当を食べますね。セイはどうしますか?」
「……そうだな。我は向こうを向いているから。ゆっくりと食べたらいい」
「わかりました。じゃあ、お言葉に甘えますね」
私はお礼を言ってから青龍様ことセイが向こうを向いたのを確認する。そうしてからトートバッグからお重箱を出した。包みを解くと二段あるそれを一段ずつ分けて置いた。お箸を使って巻き卵や塩鮭などを食べた。巻き卵はふんわりとした食感で程よく塩味が効いている。塩鮭も美味しい。後のレンコンの甘辛炒めやつくね、ウィンナー、竹の子の土佐煮もけっこういける。鶏のから揚げも入っていてるんるん気分で食べた。これは上の段で下の段にはお握りとデザートの桜餅がある。他にもフルーツのカットの盛り合わせも入っていた。豪華だなと思いつつ、お握りも黙々と口にする。おかかと炊き込みごはん、大葉味噌、牛肉のしぐれ煮と四種類もあって豊富だ。頑張って全部を食べ終えた。
「……ふう。おなか一杯。もう入らないわ」
「……食事は終わったか?」
桜餅を食べていたらセイがこちらを振り返った。私は急いで飲み込むと首を横に振った。
「すみません。まだ、桜餅があって」
「そうなのか。食べたらあちらの桜を見に行こう。綺麗だと思うぞ」
「わかりました」
頷いて残った桜餅を慌てて食べる。けど急いで飲み込もうとしたら喉に詰まりそうになった。ゲホゲホと咳き込んでしまう。仕方ないので水筒を取ってお茶で流し込んだ。
「……大丈夫か?」
「……ごめんなさい。桜餅が喉に詰まりそうになって」
「急がなくていいぞ。餅は喉に詰まりやすいから。ゆっくり食べてくれて構わぬ」
頷くと私は今度はゆっくりと食べた。十五分程はかかったのだった。
「……わあ。綺麗ですね」
そう歓声を上げていた。目の前には満開の桜並木があり、大輪の花を咲かせている。すごく見事で見入ってしまう。セイも一緒に眺めている。風が吹いてはらはらと桜の花びらが舞い落ちた。それがセイの深みのある青い髪に降ってきた。思わず、綺麗だと言いそうになる。そしたらセイは視線に気づいたらしくこちらを見た。すっと彼の顔が近づくと唇に何かひんやりとしたけど柔らかなものが触れた。それはすぐに離れる。
「……無防備だな。今すぐに食ってしまいたいぞ」
セイはニヤリと笑った。私はすぐにキスをされたのだと気づく。かあと顔に熱が集まる。
「……な。何よ。セイのスケベ!!」
私はそう大声で言うと逃げるように速歩きをしてその場を逃げ出した。セイは追いかけてきたが。お構いなしに家までそのまま帰ってしまったのだった……。