一話
私は幼い頃からとある神様に仕えていた。
その内、東の方角の守護である青龍様が仕えている神様だ。他にも西の守護である白虎様、南の守護の朱雀様、北の守護である玄武様を含めて四神と呼ばれている。私の一族は千年以上も昔から代々青龍様に仕えてきた。私でもう二十代目だろうか。昔は「青龍の巫女」と呼ばれていたらしいが。
一族もとい、私の家は伊達と名乗っておりかつては有名な武将を輩出した武家と同じ苗字だ。
さて、今日も私は両親、兄と共に朝食を食べていた。父は伊達家の当代の当主である。名前を伊達往邑といい、当年とって五十六歳になる。母は紘子といい、当年とって五十三歳だ。兄は正村といい、当年とって二十六歳であった。娘で妹でもある私は国子といって当年とって十九歳だった。
「……国子。今日も青龍様にお供え物をお願いね」
「わかった。朝ごはんが終わったら持っていくね」
「お願いよ。それと正村。あんたも会社に行くんでしょ。急いで食べちゃいなさい」
「はいはい。わかったよ」
「……はいは一回でといつも言っているわよね。全く話を聞かないんだから」
母はため息をつく。兄は黙々と朝ごはんを食べ続けた。父はちらっと見るだけで直ぐに銀鮭に集中している。私はお味噌汁を啜った。静かに時間は過ぎていく。朝食を済ませるまでそれは続いたのだった。
その後、私は青龍様が祀られた神棚がある和室に行った。お神酒とご飯をお供えする。背伸びしても届かないので踏み台に乗ってだが。
「……青龍様。今日も我が家をお守りくださいませ」
二回くらい礼をして柏手を打つ。そうしてから小声で願い事を言う。また一礼をして今日のお祈りは終わった。私の住む所は山奥のど田舎だ。そのせいか田畑が多く静かな所だった。見える物といったら山と木々と田畑、ポツポツと建つ民家くらいだ。自然が豊かなのどかな村だが。近くにコンビニやスーパーがない、買い物に行くには自動車で一時間程行った所にある街まで出かけていかないといけないし。とにかく便利が悪かった。それでも兄と私はスマホを持ち、家にはパソコンもあった。まずまず、IT関連は充実しているといえた。
「国子。お祈りは終わったみたいね」
声をかけてきたのは母だ。私は気がつくと頷いた。
「うん。終わったよ。だけど四神を信じているのってうちくらいだよね。他のお家は仏様を信じている所が多いのに」
「それはそうね。ご先祖様が昔に青龍様に助けて頂いたと聞いたわ。それからは御祭神として信仰するようになったそうよ」
「へえ。そうなんだ」
私が相づちを打つと母は苦笑した。
「……ただ、すごく昔の話だから。本当の所はわからない点が多いのよ」
「……その。何年くらい前か聞いてもいい?」
「そうねえ。確か、今から千年くらい前かしら。だから平安時代の中頃だと聞いたような気がするわ」
母の話を聞いて私は目を少し見開いた。まさか、そんな昔からお仕えしていたとはね。驚いてしまう。
「なるほど。そんな昔から信仰していたのね」
「私もうろ覚えだけどね。けど亡くなったお祖父ちゃんが昔に教えてくれたのよ。ご先祖はもしかすると何処かの神社の宮司さんだったんじゃないかって」
「へえ。けっこうな名家に生まれてたんだね。ご先祖様は」
「それは言えてるわね。あ、ちょっと待って」
「……どうしたの。母さん」
「……これは。嫌な感じがするわね。国子。今から急いで準備をして。もしかしたら妖かしが出たかもしれないわ」
母さんの言葉に私は一気に緊張が高まるのを感じた。仕方なく頷くと自室に急いだ。中に入って机の引き出しを開ける。そうして肘から指先くらいまでの長さがある懐刀と神楽鈴を出した。服も脱いで動きやすい白いシャツとグレーのズボンを履いた。靴下も白いのを履く。今は真夏だからシャツは半袖だ。上にベージュのパーカーを着た。透け防止の為である。準備ができると和室に向かう。母も動きやすい服装に神楽鈴を手に持って待ち構えていた。
「……準備ができたようね。行くわよ。国子」
「わかった。母さんも怪我をしないように気をつけてよ」
「それはこっちのセリフよ。十分に気をつけなさい。いいわね?」
「はいはい。気をつけるから。じゃあ、行こう!」
「……うん。庭に一体いるからそいつから倒しましょう!」
私と母は駆け足で玄関に行く。スニーカーを二人とも履くと勢いよく引き戸を開ける。ガラガラッと音がしたが。構わずに閉めて妖かしのいる方角に向かった。
「……母さんの言う通りだね。あれはろくろっ首じゃあないの!」
「本当ね。ちょっと面倒くさい相手ね」
母が嫌そうに言う。私は懐刀を鞘から抜く。近づいてきたろくろっ首に斬りつけた。肩を掠める。途端に妖かしのそこはぽっかりと穴が空いたようになった。ろくろっ首は眉を吊り上げて睨みつけてくる。母は怯まずに神楽鈴をしゃんしゃんと鳴らした。妖かしはその音が嫌いだ。目の前の奴も嫌そうにしながら後ずさる。私はもう一度腕を斬りつけたが。なかなか渋とい。ろくろっ首は両腕を伸ばして私に襲いかかった。気がついたら地面に押し倒されていた。首をギリギリと締め上げられる。母がもう一度神楽鈴を鳴らしながら祝詞を唱えた。
「……我が仕えし青龍神よ。かの者を清め給え、払い給え!」
するとろくろっ首は悲鳴をあげて馬乗りになっていた私の上から離れた。急いで起き上がると素早く懐刀で奴の腕を斬りつけた。すうとろくろっ首は透明になって消滅する。一体は片付けた。が、もう二体もいる。長い戦いになったのだった。