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小さな魔法使いと大きな日々  作者: やうやう
9/12

ランタン食堂

 森を西側へと抜けた先、平原を数十分ほど歩くと街の輪郭が見えてきた。ひときわ高い建物が自らを誇示するように街の北側にそびえたっている。おそらくあれが教会だろう。他の街を知らないため比較はできないが、大陸最東端の街は常に賑わっていて、来るたびに人の多さが増しているように思えた。街の中心を東西に貫く横幅の広い道には何十もの露店が軒を連ねていて、路地に入ると酒場や宿屋などの店が次々と現れる。道に沿って木々が植え込まれているため殺風景な感じは全くしない。むしろ商人の活気のいい声と住んでいる人々の笑顔に溢れた景気のいい街だった。



 僕たち3人は街に着くとすぐに宿屋探しを始めた。「できるだけ豪華なところがいいわね。」とリンネが生意気な口を利く。旅に際して念のため貯め込んでいた全財産を持ってきたが、普通の宿なら半年も泊まればなくなってしまうくらいの額だった。リンネも所持金はほとんどなくて、教会の追っ手から奪った少額のお金だけが彼女の持ち物だった。



 「こういうの、とっても素敵。貧乏旅っていいわよね。」

 「アリンナ、君はどのくらい持ってる?」と僕は尋ねる。

 「ごめんね。森に引きこもってたから手持ちのお金は0なの。」とアリンナは答えた。



 ホテルが全く見つからず、しばらくぶらぶらと街をさまよった。アリンナは「ちょっとお金を調達しなきゃいけないから、知り合いに会ってくるわ。」と言い、2,3時間後に合流する約束をして僕たちから離れた。お金に関しては僕は割と楽観的だった。というのも、バカげた力をもつ魔法使いが二人いれば、僕が今まで一人きりで戦うのを恐れていた動物たちを狩り、その素材でお金を集めて生活することは容易だからだ。他力本願とはまさにこのことだななんて自己嫌悪に浸る余裕はない。生き抜くためにはなんだって利用しなくちゃならない。

 


 そんなことを考えながら歩いていると、街の中心部の広場までたどり着いた。大きな円形の広場を囲うようにして大道芸人やら音楽家やらがそれぞれの特技を見せている。屋台では丸焼きにした鴨のような形の鳥が台の上に載せられており、それを見て興味を持ったのか何人かの人が並んで注文を待っている。そんな中、広場の中央部が異様な空気を漂わせていた。近づいてよく見ると、神父のような服装をした男が中央にいて、その周りを何十人もの人々が取り囲んでいる。



 「奇蹟のお披露目会ね。」とフードを深く被ったリンネが僕の隣で言った。

 「奇蹟?」

 「まあ見てなさい。」



 僕は中央にいる男を見た。青い修道服をまとい、右手には30センチくらいの長さの杖を持っている。その男は、腕を開いて仰々しくポーズを取った。



 「皆さん、この老婆を見なさい。目が不自由で、足腰が悪く、ろくに散歩にすら行けない!この60年、真面目に、必死に働いてきたこの女性が、どうしてこのような目に遭わなければいけないのか。神よ、なぜですか!」



 神父はそう言うと、老婆を足で踏みつけた。老婆はうめき声をあげて地面にひれ伏し、きゃあという声が群集から聞こえる。なんとも悪趣味な演出だった。



 「私がそう聞くと、神はこう答えた!その老婆は魔女によって呪いをかけられた、と。そして、その呪いを解いてみせよう、と!」



 神父は杖を振り上げる。すると杖の先端に光がゆっくりと集まり始めた。光は人々や周りの空気、地面などからまんべんなく現れ、杖に吸収されるようにして一ヵ所に集まっていく。そのまま1分ほど経っただろうか、神父は杖を老婆に向けて振り下ろした。



 「今ここに、神の奇蹟を!」



 神父がそう唱えると、老婆の身体が大きな光によって包まれていく。群衆たちはざわつき、おお…神よ…なんて呟いている。光が収まると、地面にひれ伏していた老婆はゆっくりと立ち上がり、驚いた表情で自分の体に触れ始めた。



 「し、神父様!目が見えます…!体が動きます…!ああ、なんてこと…」と言い、老婆は地面に膝をついて涙を流した。奇蹟が起きると群衆は今まで以上に騒ぎ出し、広場は明るい雰囲気に包まれていった。周りで芸を披露していた芸人や音楽家たちも、老婆の回復を祝福するように大技を繰り出し、その明るい雰囲気は広場の外まで広がっていく。僕は一連のそんな光景を見て、どこか違和感を感じた。何一つ悪い出来事は起きなかったはずなのに、どうしてだろう。



 「老婆よ、神はあなたをずっと見ていたのです。あなたのこの60年間の人生を。」神父はそう言うと、群衆の方を向いて言った。



 「見なさい。この老婆のひたむきな人生は今ここに報われたのです。神は常にあなた方を見ている。神の前では小さな悪事ですらすべてお見通しだ。神の力を前にしたら人間は無力。すべての民は神の名の下に!」



 神父はそう言うと、横から入ってきた2人の修道服の男とともにその場を去った。神父が去ったあとも群衆の興奮は収まらず、広場に面した酒場はすぐに人でいっぱいになった。僕は左隣にいたリンネを見た。彼女は神父が魔法を使っている間ずっと不機嫌にしていた。今にも神父を火だるまにしてしまうのではないかと恐れたが、さすがにそんなことはしなかった。リンネは僕が見ていることに気が付くと、フードを外してそのキリっとした目を僕に向けて言った。



 「最悪の気分よ。何が奇蹟よ。ただの回復魔法じゃない。あんなの魔法使いなら秒で使えるわ。」

 「本物の魔法使いの君が偽物に対して怒るのはわかるけどさ、結果的に誰も嫌な思いをしてないじゃないか。お婆さんの病気は治ったし、酒場だって大儲けだ。」

 「そうね。でも酒場が儲かるのは客がお金を払うからよ。酒場が裕福になっても、相対的に客は貧乏になっていく。もし酒場がそのお金の使い道を間違ったらどうなると思う?それは覚えておきなさい。」



 リンネはそう言うと、トコトコと広場から北の道に向かって歩いていく。僕はそれを慌てて追いかけた。彼女の言ってることはなんとなく分かったが、分からない。魔法使いがやっていることと何が変わるというのだろうか。自然界に溢れる魔力を利用して善行を行うことは、倫理的に考えても良いことだとしか思えない。しかも、彼女はあれだけの森林破壊を起こしておいてそんなことを言っているのだ。たぶん僕が知らないことはまだまだたくさんあるのだろう。





 僕たちは北側の道の路地で適当なレストランを見つけて入った。看板には『ランタン食堂』と書いてあった。店内は比較的狭く、アットホームな雰囲気だった。客は僕たち以外にいなかった。中に入ると、20代くらいの女性が「いらっしゃいませ。」と人懐っこい笑顔で僕たちに笑いかけた。僕たちが店内の真ん中、壁寄りにあるテーブル席に腰かけると、先ほどの女性が水の入ったコップとお手拭きをなめらかな動作で僕たちの前に置き、「ゆっくりしていってくださいね。」と言った。これはいい店を見つけたな、と僕は思った。これまで入った街の飲食店はどこも店員の態度が横暴で、一つ一つの動作がいちいち乱雑な店ばかりだったからだ。妙に物分かりがいいせいか異世界とはこういうものなのだろうと勝手に納得し、その乱雑さの中に異世界流の職人魂を見出そうとしたこともあったが、無意味だった。異世界にも丁寧な接客をする店があると知ることができ、僕は少し感動した。



 「ご丁寧にありがとう。」とリンネが給仕をした女性に対して言った。先ほどまでの不機嫌さが嘘のような晴れ晴れとした表情だった。リンネの機嫌が良くなるなんて、相当だ。やっぱり異世界には基本的に接客サービスという概念がないのだろう。そんなことを考えながら店の壁に掛けてある黒板のメニューを見る。異世界の料理は肉料理が中心だ。この街は海から少し離れているらしく、技術的に新鮮な魚を持ってくることができないからか魚料理を食べる機会は全くなかった。日本人の僕には魚が必要だ、なんて思って海沿いの街を目指したりもしたが、途中でバカバカしくなって引き返した。肉ばかりの生活だってそこまで悪くない。本当はトラブルに巻き込まれて逃げ帰ってきただけだけど。



 僕はカツレツを、リンネは鳥肉のローストとシチューを注文する。料理が出てくるまでの間、せっかく上機嫌のリンネの気分を台無しにしないようにと、広場で疑問に思ったことを尋ねたい気持ちを抑えて彼女に世間話を持ち掛けた。



 「そういえばさ、リンネはやっぱり肉料理が好きなの?ほら、森でも美味しそうにブタの肉を食べてたじゃないか。」

 「そうね。ブタ肉は美味しいわ。でも、なんでも食べるわよ。」

 「そっか。なんだか意外だ。魔法使いも普通に食事するんだね。」と僕は言った。

 


 「ところで、これから僕たちが向かう場所ってどこなんだろう。今日はこの街に泊まるとして、明日以降はどうするの?」

 「具体的な時間についてはアリンナに用事ついでに調べてもらってるんだけど、おそらく明日明後日に来る馬車に乗ることになると思うわ。一つの街に留まる時間が長ければ長いほど、教会の連中に気づかれる可能性も高まってくる。」とリンネは言った。



 「僕たちの目的地は教会の本拠地だよね?ここからだとどのくらい距離が離れているの?」

 「大体、1万キロくらいかしら。」

 「1万…?待って、その距離を馬車で乗り継いで行くってこと?」

 「そうなるわね。結構遠いけど、今はワイバーンタクシーも使えないし。」



 1万キロ。確か、小学生の頃親に連れられて行ったイギリスと東京の距離がそのくらいだった気がする。ふと、イギリスの鉄道の中から見た牧歌的な風景を思い出した。小さい頃は、世界がとても鮮やかで、これからの人生がひたすらに良くなっていくと信じていた。思えばあの日電車内から見た景色が僕の原風景で、僕はずっとその場所を求め続けているのかもしれないな、と思った。



 僕はとりあえず、「ワイバーンタクシ―ってなに?」と疑問に思ったことを彼女に尋ねた。

 


 「文字通り、ワイバーンに乗って移動できるサービスのことよ。料金はかなり高いけど、その速さとどんな障害物も関係のない利便性は抜群だった。」

 「ワイバーンが存在することに驚きだよ…。だった。ってことは今はもうないの?」

 「うん。サービスが始まって数年で教会の圧力がかかって潰れたわ。表向きはモンスター愛護なんて言葉を使ってたけど、本音を言えばあんなにブイブイと空を飛ばれちゃうと教会にとって都合の悪い事実が発見されちゃって困るからね。せこいのよ、あいつら。」とリンネは言った。



 「カツレツと鳥のロースト、こちらがシチューになります。」

  


 そんな話をしていると、店員の女性が料理を運んできた。肉料理から香ばしい肉の香りがする。リンネが頼んだシチューには大きめに切られたブロッコリーやニンジンのような野菜が入っていて、皿にはバゲットが添えられていた。僕はフォークとナイフを使いカツレツを切り、口へ運ぶ。サクッという食感と共にカツに閉じ込められた脂がじゅわぁとあふれ出す。美味しい。とても美味しい。リンネの顔を見ると、料理を食べるのに夢中になっていて僕が見ていることに気づかない。「リンネ、美味しいね。」と僕が話しかけると彼女はようやく僕が見ていることに気づいて「とっても美味しい…幸せ…」と言った。



 「うちの料理を褒めていただきありがとうございます。」



 僕たちが美味しそうに食事をしていると、店員の女性がそう話しかけてきた。リンネは礼儀正しく「こちらこそこんな美味しい料理を提供してくれてありがとう。この街で一番じゃないかしら?」と言った。彼女は素直だ。嘘偽りないハキハキした喋り方をするので、褒められた人間は心の底からの言葉だと感じるだろう。現に店員さんは嬉しそうに「あらあら。そこまで言ってもらえるなんて。」と微笑んだ。

 


 「本当に美味しいです。この店はご主人と切り盛りしているんですか?」と僕は尋ねた。

 「いいえ、主人はもうずいぶん前に亡くなったから、今は娘と二人で経営してるんです。」

 


 店員さんがそう言うとリンネが空気読みなさいよ、みたいな目でこちらをじっと睨んだ。ごめんなさい。それにしても、娘さんがいるということは想像より歳は上なのだろうか。見た目は20代半ばくらいに見えるのに意外だ。リンネに殺されかねないからその話は聞くことができないが。彼女は名前をナオコと名乗った。どこか日本人的な名前で、親近感を抱いた。



 「お兄さんとお嬢さんは冒険者かしら?この街は初めてですか?」と彼女は聞いた。

 「冒険者みたいなものです。僕はしょっちゅう来てますが、彼女は二回目くらい。」

 「そうなのね。また北の鉱山で新しい資源が見つかったとかなんとかで、ここ数日人がわんさかやってきてもう大変。ところで、宿探しは済んでる?」

 


 この街の北側には広大な鉱山があり、そこで取れる鉱石等の輸出の恩恵を受けて大いに栄えてるという話を以前聞いたことがある。女将さんが言うには鉱山周りに出現するモンスターの一斉討伐が依頼され、報酬の大きさに目がくらんだ冒険者たちがあちこちの街から集まってきているらしい。だから空き部屋が見つからなかったのか、と思いながら「いえ、まだです。」と僕は答えた。



 「よかったら、うちの二階を使いますか?」

 「え、いいんですか?」僕は即座に答えた。

 「本当に使わせてもらえるならちゃんとお金は払うわ。とりあえず今夜一泊。いくら払えばいい?」とリンネが言う。



 「食事付きで無料でいいわ。ただし、お願いがあるの。明日、北の鉱山に行って娘を探してきてほしい。」



 ナオコさんはそう言うと、申し訳なさそうな顔をして俯いた。



 「探す?」と僕は尋ねる。

 「はい。鉱山を管理する教会傘下の組織に料理人として出向してる娘が戻ってきてないんです。本当は昨日から一週間の休みをもらっていたはずなのに。さっき治安部隊の人にもお願いしたんですが、今の時期は忙しいから後回しにするかもしれないと言われたんです。だから、協力者が欲しいと思っています。」

 「なるほど。どう思う?リンネ。」

 「北の鉱山までは確か徒歩で1時間半くらいだったわね。その程度でホテル代数百フォリスが浮くなら悪くないと思うわ。それに、なんだかきな臭いし。」



 最後の方はボソボソと言っていてあまり聞こえなかったが、リンネは乗り気のようだった。面倒事に巻き込まれるのは嫌だが、たとえ巻き込まれたとしても、すでに面倒事の真っただ中にいる僕らには関係ないような気もする。リンネが僕の方を向いて言った。



 「私にだけ決定権があるわけじゃないわ。これはあなたの旅でもあるの。あなたはどうしたいの?」



 僕は少し考えて「僕も協力したいと思ってる。なによりここの食事が無料っていうのが、とても惹かれる。」と言った。

 リンネは少し驚いた表情をしたあと「同感。」と笑った。

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