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小さな魔法使いと大きな日々  作者: やうやう
8/12

魔法と巫女と、石の話②

外では雨が降りしきり、雨粒が木に当たっては弾ける音がある種のリズム性をもって耳に響いてくる。リラックスする響きだ。けど、いつもは心地のいい雨音が、今はこの空間の不気味さを醸し出す演出のように感じた。



 教会というのは巫女が作った。巫女は400年前突然現れ、魔法使いたちを蹂躙していった。魔法使いたちは抵抗したが、それも虚しく教会の配下につかざるを得なくなった。巫女は本来魔法使いの素質をもたないβ型の魔力の持ち主だが、どういうわけかα型を圧倒するほどの力を持っている。僕がこの世界に来た時点で、火・水・風の魔法使いはリンネが以前言っていた『強力な隷属魔法』にかけられていた。



 「色々と疑問がある。つまり、巫女は数百年もの間生き続けているってこと?教会をテリトリーにしながら。」

 「そうよ。」とアリンナは即答した。「彼女は不老不死に近いの。」



 「君も教会に隷属魔法をかけられてたの?」と僕はアリンナに尋ねた。アリンナは首を振りながら、いいえと言った。その表情はどこか思いつめたような雰囲気だった。

 


 「魔法使いというのは、この世に生を受けた時点でその力を授かるわ。それが分かるのは教会で洗礼を受けるとき。教会の勢力は巫女が現れてからの100年で人類圏全てに広がったから、新たな魔法使いの誕生というのはすぐにわかるの。だから、ほとんどの魔法使いは洗礼の時に教会に存在を知られる。でも私は運がよかった。ある人が隷属魔法をかけられる前の小さかった私を救い出してくれた。」



 アリンナはそう言うと立ち上がり、真後ろにある窓に近づいた。そして窓から外を見つめながら、ふうとため息をついた。横顔は美しく、どこか昔を懐かしんでいるような表情をしていた。僕はこの表情を見たことがある。リンネがバンガローの屋根に座って空を見ていた時と同じ表情だ。もう戻らない場所に思いを馳せるような表情。僕はアリンナのそんな顔に見惚れてしまっていた。昔を思い出す人間の表情は、なぜこんなにも美しいのだろう。僕がそんなことを思いながら見ていると、それに気づいたアリンナがこちらを見て少し恥ずかしそうにはにかんだ。



 「逆に、私の運はとっても悪かったわ。」とリンネがぶっきらぼうに言い放った。



 「私を産んだ両親は、洗礼の前に私が普通の子供じゃないと判断して奴隷商に私を売り払った。教会にタダで取られるより、金にした方がいいと判断したんでしょうね。そのまま私は貴族の奴隷として売られたわ。私が8歳の時、教会の三流魔術師たちが屋敷に押し掛けてきた。で、そのまま教会の奴隷になったってわけ。」

 「教会の魔術師っていうのは?」

 「β型の人間でもそれなりのきっかけさえあれば小さな魔術は発動できるようになるのよ。あなたの家の前で死んでた奴らも杖を持っていたでしょう。あれがその"きっかけ"ね。けど、あなたが想像してるのと違って教会の奴隷っていうのは割と自由だったわ。自分の部屋を与えられて、命令に従って敵を殺すだけ。自由な時間も与えられたし、そう悪くなかった。」

 「なら、どうして脱走したの?」と僕は尋ねた。

 「それはまだ言いたくない。」とリンネは即答した。



 この言葉、彼女の常套句なのかもしれない。けれど、僕はリンネのそのハッキリとした性格が結構好きだった。それに「まだ」ってことは、いつかはちゃんと話してくれる気があるってことだ。自分の気持ちをこうやって素直に言葉にできるのはとても羨ましい。僕が嬉しそうにリンネを見ていると、リンネは顔をしかめてそっぽを向いた。

 


 「大まかな事情は分かったよ。でも、ここまで聞いても君たちが何を最終目標にしてるのかは曖昧なままだ。巫女を倒して世界を解放したい?それとも、僕を例の石と接触させたいだけ?」



 僕がそう聞くと、アリンナはこちらを振り返り、ゆっくりと僕の方に歩いてきた。彼女が歩く姿はまるで現実から連続性を切り取ったようだった。彼女はテーブルに右手を添え、スーっと優しく手でさすりながら、僕の隣まで寄ってくる。アリンナは僕の右手を両手でゆっくりと握ると、ひざまずいて、僕の耳元まで顔を寄せた。彼女の一挙手一投足が一枚の絵画のようで、僕は彼女が近づいてくることすら忘れて、ただその美しさに見とれてしまっていた。気づいた時には彼女が僕の手を握っていて、僕は彼女の瞳を見ていた。



 「私たち魔法使いは『パルメニデス・リトス』と君が接触したら、君は全知全能の力を得ることができるようになると考えているの。誰も証明したわけじゃないから、理屈じゃなくって感覚、希望としてね。君が力を手に入れたら、この世界を蝕む癌を排除することができる。世界のバランスを保つことは魔法使いに与えられた役割だから、私たち5人は少なからず皆それを望んでいる。」



 彼女は続けて言った。



 「君は賢明だから、自分が魔法使いと教会の戦争における争いの種になりつつあることに気づいているかもしれません。そして利用されていることも。リンネちゃんの主目的は、復讐です。私は違う。他の魔法使いたちも、それぞれに思惑がある。けど、結果的に今回の旅が成功に終われば、君自身が、自分が何者であるか知ることができる。少なくとも、これは君にとってメリットだと思わないかな?」



 リンネもそんなことを言っていた。僕が自分自身を知ることができる、と。僕は元の世界に帰りたいわけじゃないし、幸せになりたいとも思っていない。けど、自分がなぜこの世界に来たか、理由があるのであれば知りたいと思う。彼女たちはずっとそういった類のことを言っている。もしかしたら彼女たちにとっても、世界の安寧以上に、自分自身が何者なのか知るということが重要なのかもしれない。



 僕が黙っていると、アリンナは僕の左頬に右手を添えた。そのまま頬を撫でると、顔を寄せて僕の右頬にキスをした。それを見たリンネが驚いた顔をして椅子から飛びあがり、「アリンナ!あんた何してるの!」と叫んだ。僕も驚いてアリンナを見た。頬とはいえこれだけの美人にキスされるなんて、僕は運がいい、なんて思ったが、そんな軽い考えは彼女の顔を見てすぐに吹き飛んだ。彼女の右目からは一筋の涙が出ていた。彼女は僕から離れると、すぐにその涙を羽織っていた緑のカーディガンで拭った。



 「ごめんなさい。気にしなくて大丈夫。さて、もう遅いし、寝ましょうか。明日は街に出るんだから、今夜はゆっくり休みましょう。」

 「このハレンチ女!な、なな。なんで急にキスなんか…」



 リンネが顔を真っ赤にして怒るのを、アリンナがあらあらうぶなんだからなんて言って茶化している。涙。魔法使いの思考は全く読めない。彼女が泣く理由も、それを見て僕の胸が苦しくなる理由も、僕には全くわからなかった。

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