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小さな魔法使いと大きな日々  作者: やうやう
7/12

魔法と巫女と、石の話

 「まず、君は何か勘違いしてるかもしれないけど、魔力っていうのはすべてのものに宿っている。決して魔法使いだけじゃない。すべての人間と、動植物、全体として自然には魔力が満ち溢れている。魔力がなければ生命維持はできないし、枯渇した瞬間に、肉体は魂をその中にとどめておくことができなくなる。魔力は肉体と魂を結びつける鎖のようなものであり、生命力そのものであるとも言えるの。」



 アリンナはそう言うとワインをほんの少量唇につけた。気分を落ち着けるために僕もワイングラスを手に取る。グラスを顔に近づけると、熟成されきったブドウの香りがグっと鼻に迫る。傾けて舌に触れたワインは、瞬く間に口の中にその香りを広げた。葡萄酒という名前から想像していたのと違い、甘みはない。濃縮された甘味のないブドウの味わいはなんとも言えなかった。



 「ならどうして魔法を使えるのは限られた人間だけなのか。知能の低い動植物が魔法を使えないのは当然として、普通の人間は自らの魔力を感知できないし、魔力を行使して魔法を使うことはできないわ。それはなぜだと思う?」

 「特訓を積まなきゃいけない?」と僕は尋ねた。アリンナはいいえ、と言って首を振った。



 「魔法を使えるかどうかは、ひとえにその人の魔力の質と種類に依るからよ。」とリンネが横から口を挟む。

 「もーリンネちゃん、今私が話してるのよ?いいとこどりしないでよね!」とアリンナが頬を膨らませながらリンネに言った。アリンナがふざけると、ある種の緊迫感に充ちていた室内がなんとなく和やかな空気になった。彼女は場の雰囲気をコントロールするのに長けているな、と感じた。



 「リンネちゃんの言う通り、魔法使いは生まれつき魔法使いとして誕生するの。特別な魔力をもつ、特別な存在。赤ん坊の時から自分のことや世界のことがなんとなく分かるんだ。知識としてではなく、感覚として。それは何でかって言うと、世界に充ちる魔力を包括する、より上位の魔力をもって生まれてくるから。」とアリンナは言った。



 「古代の魔法使いたちは、魔法使いがもつ特殊な魔力をα型と名付け、そして一般人がもつ下位の魔力をβ型と名付けたわ。β型の魔力っていうのは自然界に充ちている魔力と同じ。だから人は森や海を見ると、親近感を覚えたり、逆にその未知に対して恐怖感を覚えたりする。そんな感じでβ型の魔力っていうのはそこら中にあるんだけど、α型の魔力をもつ者は世界に同時に5人しか存在し得ない。それが火・水・土・風・雷の魔法使い。魔法使いたちはそれぞれが世界によって祝福された存在で、世界中の魔力を認識することができる。β型はα型の魔力の一部分でしかない。つまり、魔法使いは人間の上位存在ということよ。」



 そう言うと、アリンナはふう、とため息をついて僕を見つめた。



 「君がここに来たのは、4年と94日前だったわね。その日、私は神殿の部屋で歴史書を読んでいた。いつも通りの日々よ。午前の11時くらいだったかしら。午後からは友人とお茶を飲む予定が入っていた。そんな中、突然、何の予兆もなく、世界に黒い渦が現れたの。これはこの目で見た話ではなくて、感覚的な話。調和の取れていた世界に急に異物が現れたら、魔力を感じ取れる魔法使いは皆気づくわ。そして、私たちはそれの正体を一瞬で理解した。なぜなら、この世界に存在しないはずの魔力の波長を感じ取ったから。」



 「この世界に存在しないはずの、魔力。」僕は呟いた。つまり異世界人の僕が持つ魔力の独特な波長が、魔法使いたちに僕の存在を認識させたのか。しかし、それが彼女らにとってどう問題なのだろうか。調和が乱れる?乱れると何が起きるのだろう。僕は自分自身の価値についてまだあまり理解できなかった。



 考える僕の姿を横目に、アリンナは言葉を続けた。



 「君の魔力を察知した私たちは、君のそれをγ型の魔力波長に分類した。」

 「なんとなく分かってきた。でも、それが僕と世界にどう関係してくるのかがわからない。それに、γ型?分類ってことは、定義はすでにされていたってこと?」

 


 僕がそう尋ねると、僕の正面に座るリンネがワインに添えて出されたクラッカーを一つつまんで、口に放り込んだ。リンネはゴクリとそれを飲み込むと、僕の目をしっかりと見据えて真剣な声色で言った。



 「ずっとずっと昔の話よ。何千年前なのか、何万年前なのか、はたまた数億年前かもしれない。果てしなく古い時代から、ずっと変わらず今も教会の奥深くに眠っている秘宝があるの。触れようとしても、触れられない石。これまで何人もの人たちが解析を試みてきたけど、それが何なのかは何もわからない。私たちα型の波長をもった魔法使いですら、それが果てしなく暗くて深い、底の見えない何かを持っていることしかわからない。伝説だけはある。『その宝玉に触れる者、全能の知恵を得る』。私たち魔法使いはその石のことを、畏怖を込めて、古代の賢者と宝石を意味する『パルメニデス・リトス』と呼んでいるわ。」



 「パルメニデス・リトス。」と僕は復唱する。「つまり、その石がγ型の波長をもっているんだね。」



 僕がそう言うと、リンネは嬉しそうな表情をして「やっぱり、頭は悪くないみたいね。」と言った。彼女は残り一切れになっていた肉をフォークで刺し、口へ運ぶ。一瞬だが、ちらりとアリンナに目配せしたように見えた。アリンナは立ち上がり、それぞれのグラスにワインを注いだ。全員分のグラスの半分くらいまで葡萄酒を注ぎ終わると、リンネの後ろ側にある棚まで移動し、お菓子を何種類も選びガラス皿の上に積んでいく。



 「物分かりがいいのね~。その通りだよ。だから、私たちは戦慄した。あの石と全く同じ波長をもった人間が突然現れたんだから。その日の午後、私たちはすぐに集まった。魔法使いが集まることなんてめったにないのよ。皆癖が強いんだから。私たちは半日間話し合って方針を決めたわ。それで、君の存在を教会から隠匿することを決定した。」とアリンナは棚側を向いたまま言った。



 「幸い、教会が現在隷属魔法をかけている火・水・雷の3人の魔法使いは教会の命令に従うことだけが契約内容だったから、教会が認知していないことをこちらから話す心配もなかったわ。」

 そうアリンナが言うと「何よりも一番怖いのは巫女だから、察知されないように努力したの。」とリンネが下を向いて話した。



 「ずっと気になってたんだ。その、巫女っていうのは何者?」と僕は二人に対して尋ねた。今までの説明だと、魔法使いは5人で、全員の意見が一致したから僕にはこの4年間一切手出しをしてこなかったということになる。人間の上位である魔法使いが全員味方であるならば、一体彼女たちは誰を警戒しているのだろう。



 リンネは苦虫を嚙み潰したような表情をしながら、重々しく口を開いた。



 「巫女が何者かについては、正直よくわかってない。」

 「よくわかってない?」

 「そうよ。魔力がβ型ってことだけは間違いないわ。β型の人間は世界の違和感について把握することはできない。だから、教会を世界中に展開して情報収集をしている。」

 「α型の魔法使いが、ただの人間の巫女をどうしてそんなに恐れているの?」



 僕がそう尋ねると、アリンナが椅子に座り、僕の方を向いて言った。



 「ただの人間じゃないからよ。400年も前に現れて、大地を守っていた魔法使いたちを恐ろしい魔法で次々と殺していった。そして教会の勢力をどんどん広げて、次に生まれてくる魔法使いを把握し、隷属化していった。どれだけ強力な魔法使いでも巫女を倒すことはできなかった。だから私たちは大人しく教会の下についた。それが大体300年くらい前の話。」



 先ほどまで明るかった空は、いつの間にかどんよりした曇り空に変わっていた。次第にポツポツと雨が降り始め、森の静寂はザァァァという雨音に飲み込まれていった。

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