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小さな魔法使いと大きな日々  作者: やうやう
2/12

脱獄囚の少女

 「魔法っていうのは特別な力だから、使える人はほとんどいないの」



 次の日の昼過ぎまでしっかりと寝たうえで、少女はポツポツと語り始めた。少女が眠っている間、僕は床で横になっていた。来客用の布団を用意しておくべきだった、と思う。体がとても痛い。



 少女が起きるまで根気強く待ち、待ってる間にようやく自分が面倒事に巻き込まれつつあることに気づいた。僕自身が争ったわけではないが、僕と近い場所で死人が出て、僕と近い場所でひとりの美しい少女が横になってスース―と寝息をたてて眠っているというのは紛れもない事実だった。異世界へ来て初めての騒動だ。



 僕はいつも通り日課の洗顔と深呼吸を済ませ、家に入ると眠っている少女を観察しはじめた。顔立ちは幼いが美しい。間違いなく、学年で一番レベル。同じクラスにいたら無条件で好きになってしまいそうだ。ふと、少女の首元にあざを見つける。あざは、よく見るとタトゥーのようなある種のデザイン性をもった印だった。小さな赤い二重丸に斜めから剣のようなものが突き刺さっている絵。何か重要な意味があるかもしれないし、そうではないかもしれない。そんな風に眺めていると、いつの間にか目を覚ました少女が布団の中からジト目でこちらを見ていた。



 「何をジロジロ見てるのかしら、変態。そんなに近くにいたら睡眠に集中できないわ」


 

 そう言うと少女はのそりと起き上がった。ぐーっと音がするくらい伸びて、寝ぐせのついた頭を気にし始める。「ごめん」と僕は言う。棚にある新品のタオルを手に取り、家の外に出て、井戸水で濡らしたあとコップに入れた水と一緒に彼女に渡した。彼女は「ありがとう」と言ってようやく掛布団からのそのそと出てきた。素直なのかなんなのか、よくわからない。



 「昨日は疲れてたから何も話せなくてごめんなさい」と彼女は言った。

 「気にしなくていいよ」と僕ははにかんで言った。「何か食べる?」

 「それより」と彼女は言った。「昨日あなたが聞こうとしてた事を食事の前に聞いてもらえるかしら?するべきことを放置して別なことをするのは苦手なの。」


 

 そう言うと少女は僕の目を見据えた。僕はその目と少女のまとう雰囲気に少し緊張しながら、「わかった。」と言い、彼女が腰かけるベッドの横に椅子を持ってきて、座った。



 「まず、昨日君がこの家の前で人を殺したことは間違いない?」

 「ええ、間違いないわ。」と彼女は自然と答えた。少なくとも、人を殺したのはこれが初めてというわけではなさそうだ。

 「そっか。それで、君が殺した彼らは何者?」

 「教会の人間よ。」

 「教会?」

 「ええ。魔法の存在を隠匿し、この世界を裏から支配する教会。」

 


 そう彼女はおくびれることなく口にした。

 教会。そういえば街にも教会のような巨大な建造物があったような気がする。彼女が語ったところによると、魔法は教会が独占しており、この世界の魔法は神の起こす奇蹟として認識されている。彼女が昨日言った言葉はつまり、一般人にとっても魔法使いは信じられていないという意味を含んでいたわけだ。

 


 「でも教会の人間が使う魔法は、偽物。魔法使いの力を模したものでしかない。魔法っていうのは特別な力だから、使える人はほとんどいないの」

 「それで、君はその中の一人」

 「そう。私はその中の一人。火の恵みを授かった魔法使い。」

 「なんとなくわかった。それで、どうしてその魔法使いさんが逃亡劇のさなかにいるの?」

 「それはまだ話したくない」



 少女はそう言って押し黙った。彼女は自分のことについてあまり聞かれたくないのかもしれない。気になることはまだまだあるが、またあとで聞ければいいと思い、僕は話題を少しずらした。



 「わかった。それじゃ別な質問をする。ここに来たのは偶然?」と僕は尋ねる。

 「偶然じゃないわ。あなたを知っていたから。」と少女は答えた。僕を知っていた?

 少女は続けて言った。

 「あなたはこの世界の住人じゃない。それは私たち魔法使いならみんな知ってる」

 「僕のことを、魔法使いたちが知っている?どうして?」僕は驚愕を隠せず、少し前のめりになって彼女に尋ねた。僕を知っている人がいる?



 「あなたの存在はとても違和感があるの。この世界において。私たちは魔法が使えるようになった時、色々なことを知る。私たちが知ろうとしてるわけじゃなくて、向こうから全部教えてくれる。ただそれだけの話」と少女は言った。



 僕は少し混乱した。僕のことを知っていてくれたならどうして今までコンタクトを取ってくれなかったのだろう。誰か味方が一人でもいてくれたなら、僕はこうはならなかったかもしれないのに。この4年間のことがぐるぐると頭に浮かんでくる。浮かんでくるのは毎日代わり映えのない空虚な日常だけだけど。あれ、なんで僕はこんなことを考えているんだろう。この人生に後悔はないんじゃなかったのか。色々なことが頭の中をぐちゃぐちゃにする中、気づいたら、少女が僕のすぐそばに来ていた。



 「あなたの考えてること、なんとなくわかる」と少女は黙った僕の顔を覗き込んで言った。「でも、理解してほしい。魔法使いが勝手な行動を取ってあなたに接触を図るのはタブーだった。」

 「タブー?」

 「うん。これ以上は今は聞かない方がいいと思うわ。とにかく、私は教会に反旗を翻した。だからタブーを破ってここに来た。あなたが必要だから」



 彼女が言ってることは具体性に欠けていた。しかし、嘘をついていないことは表情や話し方で僕にもわかった。つまり僕の存在はこの世界にとっての違和感で、魔法使いたちにとって触れてはならない一種の腫物のようなものだったらしい。具体的に何を意味してるのかはさっぱりわからない。


 

 「正直言って、かなり混乱している。もしかして僕はここにいない方がいいのかな」

 「え、いや、そういうわけじゃないの!急に重たい話をしてごめんなさい…」

 


 そう言うと彼女は誰が見ても明らかなほどハッキリと動揺し、落ち込んだ表情を見せた。表情の落差が面白い。極度の緊張の中で気丈にふるまってるだけで、本当は年相応の女の子なのかもしれないなと思った。少女の表情を見ていると、いつの間にか自分の中を渦巻いていたあれこれが消失していることに気づく。僕は笑いながら「大丈夫。もう落ち着いたから。」と彼女に伝えた。



 「よかった…。私、あなたにつらい思いをさせてしまったんじゃないかっておもった。」

 「そんなことないよ。なんというか、僕がここにいる意味みたいなものが急に与えられて混乱しただけなんだ。こっちに来てからの4年間ずっと何も考えずに生きてきたから。」


 

 少女は少し考えるような表情をした後、腕を腰に当てて言った。

 「あまり重荷に考えなくて大丈夫。幸い教会にはあなたの存在は気づかれてない。というか気づきようもない。あなたの場所を知っているのは魔法使いだけ。でも一つだけ問題があって…」

 「脱獄囚がここにいることはバレバレ」



 僕がそう言うと、彼女はその状態のまま5秒くらい固まって、そのあとに愛想笑いを浮かべ始めた。

 「ごめんなさい。ここにたどり着いてからつけられてることに気づいたの…」



 魔法使いは案外馬鹿なのであった。


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