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小さな魔法使いと大きな日々  作者: やうやう
12/12

騎士ギギウス

 食堂のおばさんの記憶と言葉は正しかった。東にしばらくまっすぐ歩いていくと何本か途中で分かれ道があったが、それを完全に無視して突き進む。すると左側に扉のある部屋が現れ始めて、3番目の扉の奥に若い女性たちの宿舎のような空間があった。扉には鍵がかかっていたため、リンネが足蹴りして開けた。


 

 「カオリ、来たわよ。」とリンネが叫ぶ。

 


 部屋の中には大体20くらいの二段ベッドが所狭しと置かれていて、必要最低限のスペースしか与えられていない印象を受けた。リンネが叫ぶと、驚いたような顔をしてベッドの中から何人かがこちらを見た。すべて若い女性だった。おそらくカオリもここにいる。僕はすぐそばのベッドで横たわり新聞を読んでいた女性に「すみません。」と話しかけた。


 

 「カオリって子を探してるんです。昨日調理場からここに連れてこられた子。知りませんか?」

 「カオリですか?カオリなら今朝死にました。」とその女性は答えた。僕は胸の動悸を抑えきれず、すぐに女性に尋ねた。

 「待ってください。それってどういうことですか?」

 「どういうこともなにも、悪趣味な司教の相手をして死んだと私たちは聞いてます。」


 

 僕は衝撃で言葉を失った。カオリが死んだ?つまり、僕たちの任務は失敗ということか。ナオコさん、悲しむだろうな。なんて声をかければいいのだろう。あなたの娘は司教に殺されました、とハッキリ言うべきだろうか。ナオコさんは大人だから、復讐しようなんて思わないだろう。おそらく、一生カオリの死を抱えて胸にぽっかりと空いた穴とともに生きていくことになる。一度受けた深い傷は決して元に戻ることなく、自身の死の瞬間にも娘が司教に犯される光景が頭に浮かんでくるはずだ。そんなことを考えてると、僕は自分の中に得体の知れない黒い感情が渦巻いてることに気づく。



 「リンネ。司教を殺したらマズいかな?」

 「全然。だって私たちお尋ね者よ。むしろ明確な敵が一人減るだけ。」

 「わかった。なら殺しに行こう。」

 「わかったわ。それにしても意外。あなた、怒るのね。」


 

 リンネはそう言って僕を見つめた。僕はそのことについては何も語らず、宿舎の女性から聞いた司教の場所を目指して歩き始めた。



 道なりにしばらく歩いていくと、広い空間が現れた。大層な装備を身にまとった男たちが何人も警備している。ひとりの男たちが僕たちを見て腰の剣を手に取り「何者だ!」と叫んだ。すると周りにいた10人くらいの男たちもわらわらと集まってくる。


 

 「司教はここにいるかしら?」とリンネが誰に言うともなく尋ねる。ひとりだけ赤いスカーフを身に着けた男が仰々しい態度で「侵入者だ。とらえよ!」と叫んだ。事態を見守っていた周りの鎧を着た男たちが僕らの腕を掴もうと近づいてきた。しかし、リンネが作った魔法陣のおかげで男たちが僕らに触れることはかなわなかった。触れようとすると弾かれるため、男たちは一様に不思議そうな表情をし、時間が経つと何が起きたか理解してざわつきはじめた。誰も状況を理解できない顔だったが、赤いスカーフの騎士だけは目を開いてリンネを見つめ、「きさま、件の魔女か。」と言った。



 「そうよ。事情を知ってるみたいね。あなたがここの責任者?」

 「私は教会騎士団において、東第三地区の司教ブリュンヒルデ様をお守りする『第十二師団』団長を務めるギギウスである。魔女よ、こんな場所に何の用だ。」

 「司教を殺しに来たの。」


 

 リンネがそう言った途端、騎士団長を名乗った男の目つきが変わる。その眼光の鋭さから目つきだけで気絶しそうなくらい強い圧力を感じ、僕はふらつく。リンネはそんな僕を見て「安心して。私がいる。」と言った。リンネがいれば問題ないとは思っていたが、少し状況が悪い気がする。周りには両手の指で数えられないくらいの人数の騎士、目の前には騎士団の師団長。暗い洞窟の中だと派手な動きも取れない。リンネの異常なまでの強さを知っているとはいえ、現状僕たちはかなり不利な状況にいると思えてならなかった。


 

 「魔法使いのことを、知ってるんですか。」と僕は弱々しい声を絞り出し尋ねる。

 「平民よ。私は師団長である。この小娘のことはよく存じておる。」とギギウスと名乗った男は答えた。

 「だったら話が早いわ。死になさい。」


 

 リンネの言葉と同時に僕らを守っていた魔法陣が輝きだした。薄いピンク色だったドーム型の魔法陣は燃えるような赤色に変化すると、そこから空間全体に広がる炎を噴射した。炎はすさまじい勢いで広い空間の隅々までいきわたり、テーブルや椅子、食料などが詰まっているであろう樽などを燃やしはじめる。男たちの断末魔の声が響く。いくら重装備に体を包まれているとはいえ、さすがにこれだけの炎をくらったらひとたまりもないだろう。そんなことを思っていると、ビュオオと風を切る音が聞こえた。



 「ふん!」

 「…!かがんで!」



 リンネが叫んだ途端、ガラスが割れるような音が鳴り響いた。咄嗟にかがんだ僕とリンネの頭上を剣の軌道がかすめていく。剣を横に振ったのはギギウスだった。ギギウスが剣を振ると同時に、半径2メートルの炎が衝撃によって外部へ逸れ、僕たち3人のいる空間が露わになった。魔法陣は完全に粉々になってしまった。そしてどういうわけだか、炎の直撃を受けたはずの敵は無傷だった。


 

 「火よ!」とリンネが魔法を唱える。瞬間、リンネの周囲にできた5つの大きな炎の玉が物凄い勢いでギギウスの体に向けて飛翔する。しかし、炎弾はギギウスの剣術により切り裂かれる。ドンッという衝撃とともに地面が揺れ、次の瞬間にはギギウスがリンネの目の前に迫っていた。



 「死ね。」

 「炎剣!」


 

 ガギィ!という音が鳴り響く。ギギウスの剣は、リンネが右手でもつ炎の剣によって防がれていた。足元から炎が沸き上がり、ギギウスとリンネの体を飲み込む。ギギウスは背後へと下がった。



 「リンネ、君の魔法があんまり通じてないみたいだ。」

 「そうね。おそらく奴、巫女の作った魔装具を身に着けている。」とリンネは答えた。



 男は炎を振り払い、ドスドスと歩いてこちらに近づいてくる。ギギウスは僕たちの正面3メートルくらいの場所で止まり、「魔女よ。」と口を開いた。


 

 「きさまらは、わざわざ司教を殺すために鉱山を抜けてきたのか。」

 「いえ。他の用事のために来たんだけど、結果的に殺さなきゃいけなくなっただけよ。」

 「なんだと?」男は怪訝な顔をして言った。

 「君の司教さんはカオリを殺した。16歳の料理人の女の子だ。知ってるだろう?」と僕は彼を睨みつけながら言い放つ。


 

 「なるほどな。そういう事情ならば、なおさらここを通すわけには行かぬ。今ここで二人とも死ぬがよい。」

 

 ギィン!と、一瞬にして眼前まで迫ったギギウスの剣をリンネが防ぐ。ギギウスの攻撃は右、左、斜め、上、下、と休む暇もなく繰り出されていく。リンネはなんとか防いでいたが、その光景ははたから見たらかなり押されているように見えた。このままじゃマズいと思い、「リンネ!いったん引こう!」と僕は叫ぶ。リンネは攻撃をかわし、僕のいる背後へと戻った。

 


 「あなたはいつも逃げることばかりね。大丈夫。もう準備はできたわ。」



 「準備?」と僕が聞いた途端、ギギウスの足元が光り出した。あまりにも鮮やかで大きな光だったのでわからなかったが、よく見るとそれは魔法陣だった。魔法陣は鮮やかな赤色に輝き、次の瞬間、ゴン!という音が鳴り響いた。ギギウスが地面に膝をつき、何かに耐えながらリンネを睨んでいた。


「魔女。きさま…」


 ギギウスは凄まじい勢いで地面にたたきつけられた。魔法陣が書かれた円形の地面はどんどん深く沈んでいき、彼の姿はこちらから視認できなくなった。数分後魔法陣が消滅すると、数十センチも沈んだ地面の底に、ギギウスの体がうつ伏せに埋まっていた。僕はそれを覗き込みながらリンネに「よかった。やられちゃうんじゃないかと思った。」と言う。リンネはむっと僕を睨んで「この程度の敵に魔法使いがやられるわけがない。」と言った。



 「死んではいないみたいね。起きてこられると厄介だから、とどめを刺すわ。」



 僕は周りを見渡す。周囲にはリンネの炎によって焼け、息も絶え絶えになった騎士たちが転がっていた。ギギウスを叩き潰し戦いが終わると炎はひとりでに消滅し、後には焼けただれた肉の臭いとだだっ広い空間の虚無だけが残った。「ところで今、何したの?」と僕は彼女に尋ねた。


 「重力魔法よ。私の得意分野ではないのだけれど、成功してよかった。」

 「そうだね。それにしても、魔法がきかない敵がいるなんて知らなかった。」

 「通用しないわけじゃないわ。こいつの魔装具の性質が私と相性が良かったってだけ。ところで、」


 

 リンネはそう言うと、前を見据える。リンネの視界の先に人影が見えた。

 


 「うちの騎士を殺したのかしら。小さな魔法使いさん。」



 そう言って現れたのは女だった。しかし、ただの女ではない。白い修道服の上に金色の装飾を着飾った派手目の恰好。右手には先端に紫色の水晶のような玉がついた杖を持っている。女は紫の長い髪をなびかせながら、僕たちに杖を向けた。



 「こっちよ!」とリンネが叫び、僕の服を引っ張って右へ飛ぶ。すると女の杖から出た白い光線が目の前を通り過ぎる。光線は、ゴォ!!という音とともに洞窟に穴をあけた。女の放った破壊光線は洞窟の壁を完全に消滅させ、光線の軌道のずっと先には地上からの光が差し込んでいた。なんて威力だ。先ほどの女の発言からはおそらくこの女が司教かそれに追随する地位の教会関係者であることをにおわせたが、これじゃまるで魔法使いだ、と僕は思った。ただの一般人がこれほどの力を使うなんて異常じゃないか。



 「あらあら。避けられちゃったわね。まあいいわ。あなたたち、生きてる人間を医務室に運んでちょいだい。」



 女がそう言うと、女の後ろから20人ほどの青い修道服の男たちが現れた。修道服の男たちは地面に沈んだギギウスや周囲に転がった騎士たちを担ぎ出すと、すぐにその場から去っていった。


 

 「あなたが司教?ずいぶんご立派な魔法を使うじゃない。」

 「あら、本物の魔法使い様に褒めてもらえるなんて光栄ね。それで、この司教ブリュンヒルデに用があるのでしょう?ギギウスを倒した褒美に今ならなんでも聞いてあげるわよ。」と女はニタニタと笑った。


 

「カオリを殺したあなたを殺しに来ました。」と僕は言い放つ。すると、司教の女は一瞬呆けた顔をしたのち、アハハハハと高笑いし始めた。心底面白くて仕方がないような笑い。かなり不快だ。


 

 「何がおかしいんですか。」

 「カオリは生きてるわよ。あまりにも可愛くてもう一生返したくなかったから、死んだってことにしたの。それにしても、ククク…あなたたち、面白いわね。カオリに会わせてあげるわ。」

 「なんですって?」

 「フフフ。あなたたちみたいな子、好みよ。誰も殺さなくてよかったわね。誰かが殺されてたら、私も黙っていられなかったわ。」

 


 ブリュンヒルデはニヤニヤと笑いながら僕らを見た。カオリは死んでない。本当だろうか?本当だとしたら、よかった。僕は安心してため息をついた。それにしても司教は女だったのか。紫色の髪と瞳の妖艶な雰囲気。魔女よりも魔女らしい見た目。かろうじて白い修道服が司教であることを理解させるが、おそらく立場が違ったら魔女狩りにでもあっていただろう。僕とリンネは顔を見合わせた。



 「どうする?」

 「とりあえず彼女の話に乗ってみよう。十分警戒の上で、だけど、カオリが生きているのが嘘だったらその時は遠慮なく攻撃してくれ。」

 「わかったわ。」



 僕たちは先に行く司教の後を追って歩き始めた。

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