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小さな魔法使いと大きな日々  作者: やうやう
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鉱山の中で

 鉱山の一帯はとても広く、カオリがどこにいるのかは検討もつかなかった。大男から奪い取った地図を見るに、しばらく一本道が続いた後に複数の分かれ道があるらしく、山はかなり複雑な構造をしているようだった。入り口は想像より狭く、付近にはいくつかの台車が放置されていて、洞窟内部を照らすランタンや、仕事に用いるハンマーやピックスチールなどの道具が転がっている。付近にいた連中を片付け、僕とリンネは中に入っていった。眠らせる前に全員にカオリのことを聞いてみたが、誰も居場所については知らなかった。



 「とりあえず無事入れたはいいものの、どこに行けばいいのか全く分からないね。」

 「そうね。カオリがいそうな場所ってどこかしら。」

 「とりあえず、食堂があるこの二か所の場所を目指そう。カオリは料理人として来てるわけだからね。お昼前のこの時間だし、ちょうど料理を作り始める頃合いのはずだ。本人がいなくても、誰かに尋ねればいい」

 「そうね。わかったわ。」


 

 

 それにしても、と僕は思った。あの大男は「カオリは中で男たちの相手をしている」と言っていた。あの言葉をある種のメタファとしてとらえるなら、「料理を作ることで疲れた作業員たちを癒している」という解釈もできるが、おそらく違う。カオリは本来の業務以外で男に奉仕している。それも慰安婦という極めて残酷な形である可能性が高い。だから早いうちに彼女を助けなければいけない。しかし、カオリを救ったところでそれが鉱山管理をしている教会の意向であるならばどうだろう。意味がない。誰も教会には逆らえない。もし無理に連れ戻したら女将さんの身にまで危険が及ぶ可能性は高いだろう。どうすればすべてが丸く収まるのか、考えてもわからなかった。


 

 「真面目すぎるのよ、あなた。」歩いている最中、リンネが急に僕の方を振り返って言った。彼女は時々、読心術でも使っているかのように僕の思考を読む。適当に当てずっぽうで言ってるようなときもあるし、ただの勘かと思えば鋭く突き刺さるときもある。表情すら見ず気配だけで僕が袋小路の中を彷徨っていることを見抜いた彼女には、第六感的な魔法使い特有の感覚があるのかもしれない。



 「真面目過ぎるって言ったって、考えなきゃいけない時だってあるさ。」

 「あなたが考えていることは、全くの無意味。物事はなるようになるの。こんなの、私たちの旅の中の些細な出来事でしかない。私とあなた以外、誰が死んで誰が生きようが関係ないわ。」


 

 リンネの言ってることはわからなくもない。いくら親切にしてくれたからって、所詮他人だ。他人の家族がどうなったって、僕らには関係ない。関係ないし、ましてや自分の身の危険を冒してまで深入りするようなことではない。理性で考えたらそれが正しいはずなのに、僕の中の何かがそれではいけないと叫ぶ。これが倫理観というのだろうか。言語化が難しい、複雑な感情。


 

 「君の言うことは一理あるよ。でも、僕は可能な限り僕にできることをしたうえで、判断したい。カオリちゃんを助けて、ナオコさんの身に危険が及ばないようにする。それが僕たちの第一目標だ。君にも、協力してほしい。」

 「…わかったわ。私も、あの美味しい食事が味わえなくなるのは嫌よ。それに、ここの奴ら、気に食わない。」とリンネは言った。




 鉱山の中をしばらく歩くと、開けたスペースに出た。広い空間にはテーブルとイスが並べられ、料理を受け取るカウンターのようなものがあった。お昼までまだ時間があるからか、誰一人として椅子に座っている労働者はいなかった。しかし、厨房の方では人の話し声のような音が聞こえる。僕は意を決して「すみません。」と叫んだ。すると厨房から白い調理衣を着た年配の女性が一人出てきて、急に入ってきた僕ら二人を不審そうに見ながら「なんでしょう?」と言った。



 「人を探してるんです。カオリって名前で、歳は16歳。黒いショートカットの子です。調理師としてここに来ていると聞いたのですが、知りませんか。」

 「ここにはいませんよ。もう帰ったんじゃないですかねぇ。」

 「大体どんな事態になっているかは分かってます。カオリ以外にも被害者はいるんですか。」と僕はしつこく尋ねる。それでも女性は首を振り「何を言ってるのかさっぱりわからんねぇ。」と言った。


 

 間違いなく、この人は何か知っている。最終手段に出るしかない。僕は横目でリンネを見る。リンネは今にも魔法で女性を燃やしはじめそうな表情をしていた。僕は咄嗟に腰から剣を抜いて、女性の首に刃を近づけた。調理衣の女性は「ひっ」と叫び、冷や汗を流しながら僕の顔を見る。僕は女性を睨みながら、再度「カオリの場所を吐け。」と冷たく言い放った。厨房から様子を見ていた4,5人の女性がきゃあと叫ぶ。なりふり構っている余裕はない。



 「わかったよ…。けど、あたしが話したことは教会の人間には言わないでちょうだい。おい!あんたらも黙ってな。誰かにバラしたらタダじゃ済まないよ!」


  女性がそう言うと、厨房からこちらを見ていた女性たちは必死になって頷いた。この年配の女性がこの中では一番の権力者だったらしい。


 「カオリは、慰安所だよ。ここから東方面にしばらく歩いていくといくつか部屋が見えてくる。手前から、1,2…三つ目だったか。そこが慰安所だったかしらねぇ。ここに連れてこられた若い女子は皆、ここで働く男たちの奴隷だよ。教会がそう決めたんだ。本来カオリは料理の仕事のために来たはずだったんだけど、人手が足りなくなったらしくてねぇ。そっちの仕事に回すからってことで、昨日の夜に連れていかれたわ。」

 「昨日の夜か。まだ被害は小さそうだ。」

 「あんたら、カオリを助けるつもりかい。無茶するね。ちょうど昨日から司教さまが視察に来てるっていうのに。神様が怖くないのかい。」

 「神なんていないわ。カオリの場所も分かったし、面倒なことになる前に行くわよ。」

 


 リンネはそう言うと、東側へと歩いていった。僕は女性に「ありがとう。」と一言残し、リンネの後を追った。 

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