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小さな魔法使いと大きな日々  作者: やうやう
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少女との出会い

 息を吐くと、白い空気がふわっと空に舞い上がった。バンガローを出た瞬間、全身が震え上がるような寒さに襲われる。寒さに耐えながら、庭と呼べるかもわからない家を囲む小さな円形の土地を隅々まで見渡す。昨日と何も変わらないことを確認したら、小屋の横にある井戸から水を汲み、勢いよく顔を洗う。夏だろうが冬だろうが、朝は洗顔から始まる。洗顔をしなかった日はなんとなくぼーっとしたまま意欲なく一日を過ごしてしまうことが多い。一日は顔を冷たい水で洗い流した時点から始まる、と言っても過言ではない。



 冬特有のカラっとした新鮮な空気が心地良く、呼吸が生と直結してることに気づかされる。それと同時に冬はどこにいたって冬だな、なんて呑気なことを思う。どこにいても、寒いと手がかじかんで顔が痛くなるし、新鮮な空気が美味しい。もう一度井戸から水を汲んで、次はそれを一気に飲み干す。体の芯から冷えていく感覚がする。ぼやけていた感覚が鋭くなる。ようやく朝起きたという実感がわいてきた。とにかく、今日も生きている。


 

 遠くを見る。周囲には建物が一切ないから、灰色の空が地平線の果てまでずーっと広がって見える。そんな光景に、はっとさせられる。なんだか世界の果てみたいだな、なんて考える。世界は丸いんだから、果てなんてないはずなのに、自分が今立っている場所がこの世の終着点かもしれないなんて思う。ここ最近毎日のようにそんな風に感傷に浸るようになった。孤独も極まってきたといった感じだ。



 ここに来てからというものの、僕の一日は常にこんな風に、朝起きると外に出て、新鮮な空気を吸い込むところから始まる。外にある井戸で顔を洗った後、家に入って机に向かい、日記に日付と今日の気候について記す。その後、今日の目標を書く。一ページのうち3割くらいを朝に書き、残りは夜に書く。


 

 日記は毎日記している。今日で1460日目。日記を書き始めてからちょうど4年が経つ。4年間毎日書き続け、今では分厚いノートが15冊目にもなっている。なんとなく感慨深い気分にもなる。日記には大したことは書いていない。今日はこんな獣を狩ったとか、こんな発見をしたとか、こんな会話を聞いたとか、そんな話を簡潔に記す。僕はそもそも記憶力がいい方でもないから、書き記すことは時に大いに役立つことがある。料理とか町で聞いた冒険者の会話とか、些細なことでも記録するに越したことはない。あの獣は珍しいから皮や角が高く売れるとか、そういう話は生活に直結するから重要だ。とにかく、生きるためには様々な知恵を身につけなければならない。



 今日は森に獣を狩りに行く。一週間のうち5日は森での食料調達や狩りを中心に生活する。そもそもこの世界に一週間という概念が存在しているのかは定かではないが、僕は今まで通り生活を7日間で区切る。例えば森で狩りをする5日間を平日と仮定すると、街に出るのは土曜日にあたる6日目になる。森で狩った獣の骨や皮、角というのはある程度の値段で売買できる。自給自足の生活を送っていても、お金が必要になる場面というのは往々にしてある。人工的な道具に関しては人から直接買わなければいけないからだ。剣や斧、服飾品、調味料やちょっとした雑貨などは街にある店で購入する。



 ベッドわきから剣を手に取る。簡素な装備を身に着け、腰に剣を差す。弓とリュックを背負い、木製の重たく厚い扉を開けて外へ出る。ヒュォォと寒い風が家の中に入ってくる。僕は誰に話しかけるわけでもなく「いってきます」と言って扉を閉めた。





 ここから森までは西の方角へ8kmほどで、普通に歩いたら2時間弱かかるくらいの距離がある。道中は平原が広がっていて、建造物はなく、危険も一切ない。平和すぎるほど平和だ。そもそもの森ですら、人間の脅威になるような生物はほとんど存在しない。一本角の鹿風の生き物とか、のっそりとした大きな豚のような生き物とか、そんな草食動物たちが駆け回って生きる平和な森。広さだけはかなりあって、森を抜けて街に出るには30kmほど歩かなければならない。僕がこの世界において俗世から離れた生活を送れているのはこの森のおかげというのもある。森を抜けて草原を歩いても何も見えないし何も面白いものもないんだから、そりゃ皆途中で引き返しもする。そもそも何十キロもある森を迷いもせずに通り抜けるなんていうのはなかなかに至難だ。



 森に到着した。ある程度見分けがつくようになってきたキノコ(のような形のもの)をむしってカバンに入れていく。木を揺らして木の実を落とす。食べられない木の実は捨て、調理可能なものだけ選んで手に取っていく。遠くでガサガサと音がなる。おそらく動物だ。動物は基本的にしっかり焼けばどんなものでも食べることができる。弓を構えて木と木の間を狙う。しばらく待つと、一角獣がサッと飛び出してくる。即座に弓を放ち、矢が頭を貫く。すぐに近づき、死んだ獣の皮を剥ぎ、角を取る。狩りはひたすらこれの繰り返しだ。さすがにすべて一度に持ち帰ることはできないので、森の中に自ら作った小さな洞穴に、日持ちするものだけどんどん入れていく。朝食として先ほど狩った獣の肉を焚火で焼き、食べる。ハッキリ言うとかなり不味い。この世界に来てからというもののまともな食事を取ったことは一度もない。生きるために食べるなんて原始的な生活を送っている。



 そんなこんなで日が暮れてくると、もと来た道を戻り、森を出る。丸一日仕事したあとはいつも充実感に満たされる。自分がこの世界に来た意味とか、元の世界に戻る方法とか、そんなことはどうでもよくなる。人とほとんど関わらずに生きている孤独感も、仕事中は紛らすことができる。16歳でここにきて、もう20歳になった。カレンダーがないから20歳の誕生日がいつ来たのかは全くわからないが、そんなことはこの際どうだっていい。両親とは折り合いが悪かったし、学校に親友がいたわけでもないから、未練はない。これだけ時間が経つと娯楽が足りないとか、そんなことすら考えなくなった。目標だってありはしない。誰ともかかわらず、世界は変化せず、ただ日々を生きる。きっと僕がここにいることだって大した意味はない。誰かが呼んだとしても、僕はもう流されず自分で自分の生き方を決められる。この世界に来てから少し大人になった気がした。





 バンガローに帰ってきたらドア正面の庭に血だまりができていて、いくつかの死体が転がっていた。人間らしき形をしたそれは、数えてみると5人いた。死体はズタズタに引き裂かれていて、皆一様に青い修道服のようなものを着ていた。一見したところだと性別すらわからないが、華奢な体つきの死体もあるから男性も女性もいるようだ。血だまりの中には杖みたいなのが何本か転がっていて、なんとなく修道服とマッチして魔法でも使いそうな感じに見えた。幸い、小屋自体には何の被害もないみたいだ。



 「あなたがこの家の持ち主?」


 

 そんな声が聞こえた。女性の声。女性というより、少女のような高く透き通った声だ。よく見るとバンガローの屋根上に少女が座っていた。身長は小さく、145センチくらいに見える。白いワンピースに赤いマントをして、同じくマントに合わせた赤いとんがり帽子を被っている。赤く長い髪をなびかせながら、強気な目でこちらを見ている。なんとなく、幻想的というか神秘的な雰囲気をまとう少女だなと思った。顔立ちは幼いながらも綺麗で、じっと見つめられてつい視線をそらしてしまった。



 「答えなさい。あなたがこの家の持ち主かしら?」少女は再度僕にそう尋ねた。

 「あ、うん。そうだけど君は誰?」

 「そう…汚してごめんなさい。すぐ掃除するわ」



 そう言って少女は屋根から飛び降りた。なんとなく拍子抜けした。いきなり強気な口調で話しかけてくるものだから、証拠隠滅のために僕を消し去るのかと思った。

 少女は申し訳なさそうな顔をしながら僕を横目でちらりと見て、呪文のような言葉をぶつぶつと唱えだした。それと同時に魔法陣が現れ、血だまりはじわじわと地面に沈み、死体は炎によって燃え始めた。火の勢いはかなり強かったが、燃え広がることなく修道服をまとった死体だけを綺麗に燃やし尽くし、そのまま消滅した。

 


 「それって、魔法?手品じゃないよね」と僕は少女に尋ねた。魔法。初めて見た。というか、この世界に来てから4年、魔法なんて一度も見たことも聞いたこともなかったので、存在しないものだとばかり思っていた。存在するんだな、魔法。なんとなくワクワクしてきた。



 「そうよ。あなたは知らないでしょうけど、この世界には魔法が存在するの」

 


 少女はそう言って自慢げな表情でにやりと笑った。僕は疑問に思ったことを少女に尋ねた。



 「いくつか聞きたいことがあるんだけど」

 「どうぞ」少女は即答した。

 「まず、そこで今君が燃やした人たちは何者?」

 「いい質問ね」そういうと少女は自慢げに腰に手を当てた。この子の性格がなんとなくつかめてきた気がした。

 「私、追われてるの。脱走したから。で、そこにいた奴らは追っ手ってわけ。弱すぎて話にならなかったわ」と、少女はなんとなく質問とずれた答えを述べた。

 


 「誰に、どうして追われてるの?」僕はそう尋ねる。

 「飽きた。家に入るわ。寒いし」

 


 少女はそう言うと、扉に向かって手をかざした。するとガチャッという音と同時に、外開きのはずのドアが内側に開き始めた。木が削られるようなミシミシという音がして、家の扉の直し方を勉強しなきゃなぁなんて思ってるうちに少女は無言で勝手に中に入っていった。魔法は便利だけど賢くはないのかもしれない。僕もその後に続いて家の中に入ると、扉は何事もなかったかのようにひとりでに閉まった。



 「寝るわ。あなたも疲れている所本当に申し訳ないんだけど、ベッドを貸してもらえないかしら」

 「あ、うん。どうぞご自由にお使いください」



 僕がそういうと少女は安心した表情を浮かべ、ベッドに勢いよくダイブした。少女は「何かあったら勝手に起きるけど、あなたから起こすような愚かな真似はしないでちょうだい」と言い、その次の瞬間には寝息を立て始めた。なんというか、マイペースな子だ。男の部屋で何も警戒せず寝られるその図太さを見習いたい。



 ところで、少女が話した言葉に少し引っかかった。「そうよ。あなたは知らないでしょうけど、この世界には魔法が存在するの」。この言葉の真意はなんだろう。この世界でも一般的には魔法はおとぎ話の存在ってことだろうか。それとも僕がこの世界の人間ではないことを知っている?あるいはその両方か。彼女が起きたら聞かなければならない。


 

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