家族
「アルディ、困ってるでしょ。それに森に放置したのは母さんで、ミリーには何の責任もないよ。強いていうなら、僕が探しに来れれば良かったんだ」
「テル兄、私と一つしか変わらないでしょう。無理よ、状況的にも」
「なら、ミリーにも無理だろう?」
「……そう、ね」
急に現れた男の人は、ミリーと親しげに話し出す。
というか、ミリーのお兄さん?
言われて見れば確かに、クリッと大きめな目とか、童顔そうなその顔立ちとか……似てるかも。
「……うん、予想はしてたけど、そっくりだね」
「でしょう? 私も見たことあるなとは思ってたけど、気付いた時にはコップ落としちゃった」
「そう。怪我は無かったかい?」
「うん、大丈夫」
僕の顔を見ながら、会話が続いていく。
誰か、いい加減状況説明してくれないかな?
フレイもリアもフィーナリアもサリュも、そんな温かな目で見てないで。
「ああ、そういえば自己紹介がまだだったね。僕はテル・オリア。ミリーの兄だよ」
「は、はぁ」
「そして、君の兄でもある」
「は……え?」
「気付かなかったかい? ミリーは君の、双子の妹だ。ほら、顔がそっくりだろう?」
そう言われ、改めてミリーの顔を覗き込む。
「……っ!?」
わざわざ髪を全部後ろに回したミリーを見ると、そこには、自分と瓜二つな顔があった。
……そりゃ、既視感を抱くはずだ。
自分の、顔なのだから。
「僕からも、謝罪するよ。ごめんね、今まで。謝って済むことじゃないけど……ずっと君を探してたんだ。この森は比較的魔物が少ないから、もしかしたら生きてるかもしれないって思って。色んなところを駆けずり回って、でも10年も経った頃、もうダメかもしれないって半ば、諦めてたから。こうして会えたのは、本当に本当に……嬉しい」
そう言って男は、僕とミリーを一緒に抱きしめる。
「これからは、ずっと一緒にいよう。家族なんだから」
男の、優しさに触れる。
するとさっきまで引っ込んでいた涙が再び顔を出し、僕の頬を伝った。
その顔を見られないように、その繊細そうな腕で顔を隠す。
手の平が僕の頭を撫で、たまにぽんぽんと宥めるように頭を叩く。
いつの間にかミリーも僕に抱きついていて、僕を2人が抱きしめるという変な構造が生まれていた。
それでも、その空間は温かくて優しくて、涙がどんどん溢れてくる。
自分でもよくわからない感情に身を委ね、子供のように泣きじゃくる。
ーーもしかして。
そうして、何分か経った頃。
ふと、僕はこの森にいる時にたまに聞こえた、誰かを探す男の人の声を思い出した。
『アルディ! いるなら返事をしてくれ! アルディ!! ……やっぱり、いないか』
気配を消し伺い見れば、汗水垂らすことなど御構い無しに必死に誰かを探す男の姿。
今思えば、アルディというのは自分の名であった。
数ヶ月に一度、少なくない頻度でやって来ていた男は、何年も何年も、僕を探していたのか。
「ふっう……ぐ……」
そう思うと、余計に涙が溢れた。
僕に家族がいたなんて、未だに信じられなかった。
いたとしても、こんな風に受け入れてくれるなんて思ってもみなかった。
僕のことを、探している人がいたなんて……。
僕がフードを被り始めたのは、確か3歳の時だった。
それからフードを外した事などない。
1人しか知らない素顔も、その1人はもう亡くなった。
よって親しくなった人など数える程しかいなく、そんな人でも友達以下の付き合いしか、したことがなかったのだ。
和気藹々と話しているのを見て感じていた羨望が、実際に僕の身に起こっている、そんな感動と、僕のことを気にしている人がいたことへの驚き、捻くれていた心が、素直に伝える喜び。
全てが、真新しい感情たち。
溢れ出るそれをどうしたらいいのかわからなくて、ただただ、涙としてこぼれる。
それを受け止めてくれる優しい手は、気が付いたら増えていて、僕の背中に手を添えているのは、テル、ミリー、フレイ、リアに、フィーナリアとサリュは少し離れて見守っているようだ。
少し恥ずかしくなってきたけど、もうどうにでもなれと思って、泣きじゃくる。
1人泣いていたあの頃とは違って、今は何だか、それが心地良かった。
微睡み始める意識の中で、ここ最近の睡眠時間の短さを思い出す。
堪え切れなくて思わず意識を手放した僕を、皆が支えたのがわかった。