仲直り
「それは……、最低なことじゃない?」
少し置き、僕は彼女に問いかける。
《全然。あなたが人と接して、悪いことなんて一つもないわ》
「…………」
言葉に詰まる。
それは、本当のことなのか。
僕は、人と接しても、触れ合ってもいいのか。
頭の中を疑問が駆け抜ける。
けれど、一つだけ明らかなことがあった。
ーー僕も、本当は誰かと接したかった。
笑い合いたかった、触れ合いたかった。
今まで遠くから見ていたそれを、フードを外した本当の僕で、偽りのない自分で、してみたかったのだ。
それを、肯定されて。
してもいいのだと、言われて。
拒否しなくても、いいのだと宥められて。
「……っ……!」
抑え込んでいた感情が、溢れ出す。
拒絶して、悲しそうな表情をフレイらがするのを見るの、本当は辛かったんだ。
リアが移動教室に手を引こうとするのも、ミリィールが控えめながら一緒に帰るのに誘うのも、フィーナリアが無言で袖を引っ張るのも、クラスメイトに話しかけられるのを必死に避けるのも。
ーー全部全部、本当はやりたくなかった。
「……うぅ……」
顔を隠すように、腕で顔を覆う。
闇に向かっていく辺りとは反対に、僕の心は晴れていく。
靄のかかっていた感情が顔を出し、本能を訴える。
「アル!」
そんな時、聞こえた声。
泣いている僕に顔をギョッとさせたフレイは、一瞬眉をひそめた後、恐る恐る声を張り上げた。
「どうしたんだよ! 何かあったのか!?」
「……ううん。何でも、ない、よ」
声が震える。
光が僕の背後に回り、背中を押すように暖かな光を一点に集めた後、消えていくのがわかった。
それを受け僕は枝の上から降り、フレイ等の前に立つ。
「ほら、ハンカチ。顔、ぐちゃぐちゃよ?」
笑いながら僕の目にハンカチを添えるリアの目は、何だか生温くて、直視できない。
「ありがと、リア」
「……え? ど、どういたしまして……」
なぜか、驚きの表情でまじまじと顔を見られた。
「あ、ずりぃ! 俺もまだ、名前読んでもらったことねぇのに!!」
「そうだっけ?」
「そうだよ!」
「そっか……ねぇ、フレイ」
急に真面目な声を出した僕に、フレイの顔も一瞬で真面目になる。
「フレイは何で、僕に声をかけるの?」
「…それは、お前が…っ! ……寂しそうな目を、してるから」
「え?」
僕が、そんな顔を?
そう言えば、今までフードを被っていたから、表情まで気にしたことはなかった。
「お前は、1人にしちゃいけねぇ。だから1人にしない。俺等が、一緒にいてやる。だからあんな寂しそうな顔、もうすんな」
はにかみ笑うフレイは、何だかかっこ良く見える。
「何、それ。僕……僕、絶対迷惑かけるよ? それに、あんなに、避けたのに……」
人と人との繋がりを僕はまだ信じられなくて、疑うように口にした。
でもフレイは呆れたような視線を僕に向け、実際呆れ返った声音で僕に返す。
「迷惑? そんなの、俺何回人にかけたかしらねぇよ。お前、一々そんなの気にしてたのか?」
「……そんな小さな迷惑の度合いじゃ、ないと思うんだけど」
そう言った後、「は〜」とため息をこぼし、改めてフレイを正面から見つめた。
「何か、今まで考えていたのが馬鹿みたいと思ってきた。もういいよ、僕の負け。君等、しつこすぎ」
ハハ、と、微かに笑い声をあげる。
すると、皆同じ顔になった。
目を見開いて、口もちょっと開けちゃって。
今ならお菓子とか、突っ込めそう。
だなんて思っているうちにすぐにその表情は変化し、微笑みになる。
それはとても、温かかった。
今まで僕は、大人に囲まれて過ごしてきた。
同年代の人と話したのなんて、リア以外いなかった。
それもリアからはきっと、僕は同じ年齢だと思われていなかったのだ。
だから……妙に、くすぐったい。
思わず、視線を横にそらす。
けどちょっとして、僕の前に立つ人。
いつも後ろで見守り、こういう時積極的に話しかけないイメージだったのに、と意外な眼差しでその人のことを見る。
「……ミリィール」
「ミリーでいいよ」
風に揺すられ、髪が揺れる。
初めてまともに見たミリィール、改めミリーの顔は、初めて見た気がしなかった。
どこかで見たような、よく目にしているような……不思議な既視感が僕を襲う。
「ねぇ。アル君がこの場所に来たのは、何で?」
慎重に、ミリーは問う。
「……僕、この場所で……捨てられてたらしいんだ。でもこの場所に来ると、何だか落ち着いて……。だから、良く来るんだよ」
ミリーの顔を、まともに見れなくて、俯く。
僕の台詞は、言外に僕が孤児だということを表している。
それで、同情の視線なんか向けられたくない……。
僕はそれを気にしたことなんてないんだから、勝手に妄想なんか、されたくはなかった。
けれど……帰って来たのは驚きの反応。
「……っ……!」
「え、え? ちょ、ちょっと、何してるの? 何で、抱きついて……?」
「アル兄!」
抱きついたと思ったら、急に顔を僕に近づける。
「アル兄、ごめん! ごめんなさい、1人にして!! 森に、放置なんかして! 私、私たち、もしアル兄が死んでたりしたら、どうしようかと……。良かった、こうして会えて。本当に、良かった!!」
「こら!」
とそこで、現れるもう1人の人物。
隣には額に汗をにじませたサリュもいて、急な状況変化に最早全くついていけない。