一人に、なれますように
「サリュ・ミークです。属性は雷と風。ランクはAx。既にギルドに所属していますが、気軽に接して頂けると嬉しいです」
急に上がる黄色い声にびくりと肩を震わせば、案の定いたのはサリュ。
せっかくいい感じに周りの音を消し、もうすぐ眠れたかもしれないのに、これでは意識が完全に覚めてしまった。
ジト、と恨みを込めた目でサリュを見る。
それにしても……訓練中の歪められた顔しか知らないこちらとしては、笑顔のサリュに違和感が湧く。
そしてものすごくモテるということにも、当然ながら違和感が湧いた。
「俺はキーシィス・フォン・カーライアスだ。属性は風、ランクはB。別に、よろしくしてくれなくていい」
フレイの後、真ん中の窓際寄りに座った男は、眉間にしわを寄せ言い放つ。
踏ん反り返った態度の男は、カーライアス家の次男、キーシィス。
イラっとくる態度だろうに皆黙っているのは、カーライアス家が子爵だからである。
「私は、ミリィール・オリアです。属性は光、ランクはCです。そ、その……よろしくお願いします」
その声は、僕の席の斜め前から発された。
先ほどリアと一緒に来た中にいた 、二人の内の一人だ。
恥ずかしそうにモジモジとする姿に男心が疼いたのか、ガッツポーズをした男が数人、見受けられた。
「俺は、フレイ・リディ! 属性は光、ランクはA! よろしくな〜」
意外に高ランクなフレイに、僕は目を見開いた。
光属性が影響を及ぼしているのだろうか。
人は見かけによらないものなのだなと妙に得心するが、そう言えばフレイは特待生であった。
特待生ならば、このランクは普通なのかもしれない。
「……フィーナリア・ヴィージュ。氷属性で、ランクはB。よろしく」
リアの後ろにいたもう1人は、どうやらあまり口数の多いタイプではなさそうである。
席に着いた後フレイとアイコンタクトを交わした様子は、何だか怪しい雰囲気がした。
「リア・メイデンです。属性は水で、ランクはBx! よろしくね」
――ちなみに、リアは特待生である。
まぁ、ランクの高さから妥当といったところだろう。
「アルディル・アマルド、風、C。よろしく」
そうして回って来た自分の順番に、僕は1番短く自己紹介を済ました。
小さな声で言ったそれは聞き取れなかった人もちらほらいるらしく、隣の人と話しているのか、囁き声で内容の確認をしている声が聞こえて来る。
「そっか、アルディルか! よろしくな、アル! というか、名前教えてくれるまでどんだけかかんだよ、お前!」
さっそく、略して呼ぶフレイ。
呆れた表情で頬杖をつき、翠色の瞳を僕に向けてくる。
「いいよ、ずっと『お前』でも」
「……拗ねんなよ」
「拗ねてなんかないよ」
「はい、静かに。アルディル君は、次はもう少し大きな声で喋りましょう。今日はこれで終わりますが、明日からは通常授業なので、遅刻しないように。では、さようなら」
そういった後歩き出し、先生がドアをぴしゃりと閉めると、騒がしさが舞い戻る。
そして当然のごとく僕の席の周りにリア、ミリィール、フィーナリア、隣なのにわざわざ席を立ったフレイが集まった。
「アル、私たちこれから寮に行くんだけど、アルは? 良かったら、一緒に行かない?」
アル呼びは、既に定着してしまったらしい。
確かにアルディルという名前は呼びにくいではあるが、本人に了承も得ないというのはどうなのだろうか。
「ていうか、これからは席も近いんだし、仲良くということで、まず始めに一緒に帰ろうぜ! な!?」
……そんなに、勢い余って顔を近付けすぎるほど、僕と一緒に帰りたいのか。
正直、引く。
ものすごく。
「……近い」
「あ、悪い」
フレイの腕を引っ張ったフィーナリアを、フレイは優しく見つめた。
二人の間に、誰にも入れぬ空気が出現する。
そういうのは、周りに人がいないときにやってほしいものである。
……というか、やっぱりこの二人、デキてるよね?
「僕は行かないよ。これから用事があるからね」
そんな生暖かな雰囲気を破り、僕は口を開いた。
けれど僕の言葉が信じられなかったのか、フレイは追求してくる。
「へー、何の用事だ?」
「それは……あれだよ。家庭の事情とかいうやつだよ」
「てことは、家族に会うのか?」
「そうそう、家族に会うんだ」
「じゃあ、何でそんな棒読みなんだ?」
「僕は、家族のことが嫌いなんだよ」
「家族に会うだけの、どこが家庭の事情なんだ?」
「さぁ、理由がじゃない?」
「お前……面倒臭くなって来てるだろ。適当に返しすぎだし、まず用事がいきなり家庭の事情っておかしすぎだろ。どっから出て来たよ、家庭の事情」
一気にフレイはまくし立てる。
確かに、用事は嘘だけど……だったら一緒に帰りたくないんだと察してくれても、いいんじゃないかな?
「ほら、行こう! 用事なんて、ないんだろ?」
強制的に腕を引かれ、立たされる。
そのまま歩き出すフレイに、ついてくる三人の女の子。
ていうか、今思ったんだけど、いつもこの四人で行動していたの?
それって、フレイのハーレムじゃない?
別に、羨ましいとかじゃないけど。
「寮は……どこだっけ?」
「確か、あっちよ」
「ううん、こっちだよ」
「え、そうだっけ?」
「うん。ほら、見えるでしょ?」
「あ、本当だ。じゃあ、行こう?」
「うん!」
「おう!」
ミリィールが指差した窓の先を僕も追うと、校舎と同じく白の建物が、U字の外側に位置する場所に建っていた。
(あそこが、僕がこれから、暮らす場所)
引かれた腕はもう離されており、ゆっくりになる足に、皆も立ち止まる。
「どうした?」
「……何でもないよ」
――僕が、ここにいる理由。
それがふと、頭をよぎった。
忘れていたわけではない。
忘れていたいけど、忘れられないことは分かっている。
そして決めたことを早速破ろうとしている自分の覚悟のなさに、呆れた。
僕はこの場所に、本当は来たくなかったんだ。
不幸しか生まない自分に、周りを巻き込みたくなかった。
結果を知ってるそれに、いちいち悲しみたくはなかった。
――けれどそれ以上に、この場所に来てみたい気持ちがあったんだ。
行きたいけど行きたくない、相反する気持ちに、僕は自分自身に条件を課すことで解決した。
人と関わらない、そう決めたはずなのに、普通に自分を受け入れてくれたのが嬉しくて。
人の輪に自分が入れていることが信じられなくて、楽しくて……つい、拒絶を忘れてしまっていた。
こんなんじゃダメなのに。
自分の幸せだけ追っていたら、最悪の道しかないのに。
――だから僕は再び、元の道へと軌道修正することにする。
振り向きこちらを見ている四人を見渡し、僕は徐に、口を開いた。
「……僕、やっぱり用事があるから。じゃあね!」
言った直後、駆け出す。
追いかけっこをした速度よりほんの少し早めに走ったから、追いかけようとしたフレイは追いつけないと悟ったのか途中で諦め、足を止めるのが気配で分かった。
曖昧な雰囲気のまま、僕らは別れる。
明日、彼らに話しかけられたら、僕は全力で拒絶するだろう。
今日のようになんか、流されない。
無視して無視して、手は持ち前の反射神経で避ける。
そうしているうちに、離れるはずだ。
僕は一人に、なれるはずだ。
――早く、離れてくれますように。
そう願いながら、僕は廊下を、駆けて行った。