入学式
「このイスリーヌ魔法学園は、将来魔法に携わる者が入学してきています。
一年では魔法の基礎を、二年は魔法専攻と戦闘専攻に分かれ、三年年になると実習メインになります。
そして魔法に携わるということは、多くの人が戦いの中に身を投じる、ということです。
死亡率の高い職業、冒険者になる人は多いでしょう。
私たちはあなた方が将来死なぬよう、サポートすることしか出来ません。
早死にするか否かは、あなた方が授業に真剣に取り組むかが大きく関わってきます。
私から言えることは、真面目に授業に取り組み、自主練を怠らないようにということです。
では長くなりましたが最後に、イスリーヌ魔法学園に入学できたこと、お祝い申し上げます」
学園長が頭を下げ階段を下りていく様を、新入生たちは真剣な眼差しになった目を向け、追っていく。
冒険者などの死亡率を下げること、それはこの学園の一番の課題なのだろう。
だからこうして、新入生に言い聞かせ、在校生に再度自覚させ、身を引き締めさせる。
生徒たちの目はやる気に溢れる中、入学式は淡々と進んでいく。
「……これで、入学式の全プログラムが終了致しました。生徒の皆さんは、教室へと向かってください」
司会の声を皮切りに、静まっていた空気は鳴りを潜め、途端に騒がしさが顔を出す。
「なぁ。お前、Sクラスだろ? 一緒に教室、行かね?」
ぼーっとそんな様子を見ていた僕に声をかけてきたのは、金色の髪の、銀のローブを着た男だった。
「俺、フレイ・リディ。お前は?」
人の良さそうな笑みを浮かべる男、フレイをちらりと見て、すぐに逸らす。
そしてそのまま背を向け、歩き出した。
「え、ちょ、待てよ! っと、フィー達はどこだ……いた。おーい、俺、ちょっと先教室向かうわー!」
どこかしらに叫んだフレイは、慌てたように僕の背を追い、隣に並ぶ。
(別に、ついてこなくていいのに)
無意識に、足がスピードを早めた。
フレイより一瞬前へ出た足は、けれど再び並び、僕の歩調に合わせられる。
「お前、見ない顔だなぁ。どっかから来たの、それとも独学組?」
スピードを早める。
「お前もSクラスなんだろ? 同じクラス、それに同じ特待生同士、仲良くしようぜ!」
早歩きになっていた足は小走りになり、そしてついに、完全に走り出す。
「お、教室まで競争か? 体力には自信があるんだ。すぐに追い抜いて……って、早! ま、待て、う、うおぉぉぉ!」
そんな雄叫びをあげてまで、追いかけなくても……。
周りが僕らに、奇異の視線を向けてくる。
何だかそれが、ものすごく不思議な気がして、僕も周りに目を向けた。
今まで、僕はフードを被って過ごして来た。
ギルド内ではもちろんのこと、プライベートでもフードがないと落ち着かなくて、それを取ったことなんて滅多になかったんだ。
ギルドでは注目されることなんてしばしばあったけれど、視線を感じるだけで、表情までは見えなかった。
それが今、周りがどんな顔をして僕らのことを見ているのか、はっきりと目にすることができる。
いきなり来た僕らに慌て道を譲る者、何してんだこいつらと、呆れた表情で僕らを見る者、その早さに驚く者。
何だか気恥ずかしくなって、少しスピードを緩める。
「つ、捕まえた!」
とそのタイミングを見計らったように、フレイが肩を掴んで来た。
「お、俺の、勝ち……ゼェ……だな……っう……」
しかし止まった場所は、教室の扉の前。
後から来た生徒は迷惑そうな顔を僕らに向け、後ろの方へと歩いていく。
「とりあえず、中。入ろうよ」
「……お、おう」
息を整えるフレイをよそに、僕は教室へと足を踏み入れ、自由席らしき席を見渡し、窓際の1番後ろを陣取った。
走って来たからか生徒はまだ少なく、十人もいないので、僕の周りの席はまだ埋まっていない。
「お前、足早いな。息も切れてないし、まだまだ余裕そうだ。俺、これでも中等部の時、早いし体力もあるって言われてたんだけどな〜」
眉根を寄せながらフレイは、僕の隣の席に腰掛けた。
大分落ち着いたのか息は切れていないものの、額にはまだ大粒の汗が浮き出ている。
「うん、そうだね。早かったよ、君も」
僕がつい、少し本気を出そうかと思ったほどには。
そんな物騒なことを考え隣を見ると、せっかく褒めたにもかかわらず、フレイはなぜか僕を睨んできていた。
首を傾げたら徐に、口を開く。
「……フレイ」
「え?」
「俺のこと、フレイって呼んでくれよ」
子供らしさはまだ残っているものの、順調に大人に向かっている顔を僅かに逸らし、頬を膨らませる。
女の子だったら可愛いんだろうその姿は、しかし、男がやると全然可愛くなかったし、かっこいい系であるフレイでは逆に、少々見苦しいような気さえした。
「ていうか、俺、お前の名前結局聞いてないんだけど!」
自分でも恥ずかしくなったのか、僅かに頬を染めたフレイは、机をバンっと鳴らし、勢い良く立ち上がる。
「いいでしょ別に、名前なんて」
「いや良くねぇよ! 何、お前ずっと、俺に『お前』って呼ばれたいの?」
「いいよ、それでも」
「俺が嫌なんだよ!!」
うがーっと急に頭をかきむしるフレイ。
せっかく整っていたのに、一気に金色の髪がボサボサになる。
とそこに、フレイを呼ぶ声が響き渡った。
「フレイ〜。急に行くからびっくりしたよ。ん? その子、誰?」
「あー、入学式ん時、隣だったんだ。名前は知らない」
「何それ、聞いてないの?」
「…………教えてくれなかった」
だから、男が頬を膨らませたところで誰も可愛いとか思わないって。
二回もそんな姿を見せられるこっちの身にもなってよ。
と、一人心の中でごちる。
その間にフレイと話していた女の子はフレイからこちらへと視線を移し、僕の机の前に立った。
「私、リア・メイデン! あなた、名前は?」
話しかけられたところで初めて目を向けると、そこには水色の髪をポニーテールにし、周りの人より幾分 整った顔をした少女が、僕を見ていた。
「…………」
「何、私の顔に何か、ついてる?」
……別に、その顔に見とれていたとか、惚けていたとか、そんなんじゃない。
確かにその顔で何人もの人を恋に落としてきたんだろうが、僕はたったこれだけのことで恋に落ちるほど、単純じゃない。
けれど、僕は声も出ないほど驚いていた。
なぜか。
答えは、簡単である。
――僕は彼女を、知っている。
こんなところでまさか、彼女と再会するとは思わなかった。
数年前最後に見た時より大人っぽくなっている彼女は、僕を心配そうに見つめている。
「……いや、知り合いに似てたから驚いて。顔には何もついてないよ、安心して」
「そう? 良かった〜」
我に返りそう返すと、リアは一気に頬を緩ませ、胸をなでおろした。
とそこで、明らかに大人の声が教室に響く。
「はい、席について。ホームルームを始めます」
腰まである黒の髪をカールさせ、妖艶に微笑む女性。
出るところは出て引き締まるところは引き締まっているその体型に、何人かの男子生徒が固唾を呑んだ。
「私は、メルティユ・フロア。あなた達の担任を務めます。科目は『魔法基礎学』、属性は闇と火です。これから一年、よろしくお願いしますね」
流れる動作で頭を下げた先生は、顔を上げ周りを見渡し、卑しく笑む。
「では、早速ですが自己紹介をしていただきます。自分の属性とランク、それから何かコメントを。あなたからお願いします」
そう言って指したのは、廊下側の1番前の席。
この分では、自分は一番最後になりそうである。
(ぼーっとしておくか)
そう判断した僕は窓の向こうに目を向け、空の動きを目で追った。