学園
「ここが、イスリーヌ魔法学園……」
白を基調とした広大な建物がU字型に並び、その何十メートルも前にある対照的な黒の門の前に、僕は立っていた。
聞いてはいたが、想像以上の大きさに、僕は目を瞬かせる。
校門から校舎までの間の左側には噴水があり、僕と同じ新入生らしき人たちが、その周りで感嘆の音を上げていた。
校舎の側の日陰になっているところにはベンチが置かれており、いくつかにはテーブルもセットで置かれている。
ベンチには既に何人か座っており、僕と同じく早めに来たのであろう人たちが、楽しそうに団欒していた。
「とりあえず、ローブを受け取りに行こう」
現在、入学式まで一時間前である。
人目を避けてこの時間に来たのだが、案外いるたくさんの人に、僕はそそくさと人目を縫い、少し早めに歩き出す。
そうしてたどり着いたのは、集合場所となっている体育館前。
けれどそこに人はまだ集まっておらず、水晶とローブらしきものが二種類乗った長テーブルの前に、何人か生徒が並んでいるのみであった。
二つある長テーブルの内の一つに並び、順番が来たら、置かれている水晶に手を置く。
そして、少量の魔力を流す。
すると水晶の中に、文字が浮かんだ。
「Sクラスの、特待生……」
思わず、出て来た文字を口に出し読み上げる。
(なんで……)
考える間も無く、側に置かれていた銀色のローブが浮かび、僕の元へ届けられる。
それを受け取り、とりあえずは後ろの人に場所を譲り、行くあてもなくふらふらと歩くことにする。
そうして先ほどのベンチに辿り着いた僕は、そっとそれに腰を下ろし、手の中にあるローブを見つめた。
「…………」
やっぱり、何度見てもそれは特待生の証である、銀色をしている。
(もしかして、質……?)
僕は現在、一般程度しか魔力を保有していないはずである。
そして教師相手に戦うという試験はきちんと手を抜き、周りのレベルに合わせ、勝つなんてことせずに負けた。
特待生となる理由が、ここに存在するとは思えない。
となると、考えられるのは一つ。
魔力測定の際に測った、質である。
「はぁ」
ため息が口から漏れる。
質なんて、どう頑張っても誤魔化しようがないじゃないか。
特待生なんてなったら、否応なく目立つだろうし。
というか、ローブが既に目立つ色である。
それに、Sクラス……。
僕の予定としては、Cクラスになりたかったのに。
Sクラス以外だったら、どこでもよかったのに。
これは学園生活初日から、不穏な気配である。
と、そんなことを考えていたら突如、周りの雰囲気が変わった。
「え、嘘、あれってまさか……!?」
「やっぱり同じ学校だったのね!!」
「いるかもしれないとは思ってたけど、本当に同じ学園に通うことができるなんて……」
「とりあえず、行きましょう!」
「ええ!」
隣のテーブル席に座っていた女子生徒の会話が聞こえる。
そしてあちらこちらから聞こえる、黄色の声。
『握手して下さい』だの、『ファンです!』だの、終いには『付き合って下さい』だの……。
一種の、アイドルが現れたような周りの反応に、僕は注目の的に目を向けた。
「……げ」
そこにいたのは、見知った顔。
ネクタイをきっちり締めた白のシャツに、黒のスラックスという制服を早くも着こなし、紫色の髪は風にそよがせ、蒼の瞳は周りに向けられ穏やかな笑みをたたえている、一人の男。
――ルピナス隊隊員である、サリュ・ミーク。
僕が半年前まで率いていた隊の、隊員である。
(まずいな。サリュは当然Sクラスだろうし、何かしらマスターに言われてるだろうし。……はぁ。本当、何で僕Sクラスなんだう)
嘆いていても仕方ない。
とりあえず今すべきことは、懸命に気配を消すのみである。
と言ってもあまりに上手いと変なので、学生レベルでの懸命、だが。
(そろそろ、行くか)
まだ三十分前なのだが、ちらほらと移動している生徒が見受けられる。
それに従い、僕も再び体育館前へと移動を開始する。
の前に、きちんとローブを羽織り、身だしなみを整えた。
銀のローブに金色の刺繍がちりばめられたそれを羽織ると、きちんとした制服姿になる。
そんな己の姿を見て、自分は今学生なのだと、学生になるのだと、強く自覚する。
これから、どんなことが起こるかはわからない。
この先のことは全てが予測不能で、未知な世界だ。
それでも僕は、この場所を選んだ。
義務というのもあり、人に言われたからというのもある。
正体がバレる危険性も十分にあるこの場所を、それでも僕は行ってみたかったのだ。
楽しそうな人たちを遠目で見て、今まで知らなかった世界を体験してみたかった。
疎かにしてきた一般教養を、学んでみたかった。
友達なんていなくていい。
ただ僕は、この場所にいたのだと、そう思えるだけでいいのだ。
そんなことを考えながら、僕は体育館前へと、足を向けた。