質
一瞬にして、静寂がその場を占めた。
予測していなかった名に、緩やかながらも少女に向いていた視線が、幼げな少年へ向けられる。
いや、一部はまだ少女に向けられていた。
どんな反応をしているのか、伺っていた。
落ち込んでいるかもしれないと心配そうに見る者、平民に出し抜かれたことを面白おかしく感じるのか、口に笑みを讃える者。
様々な感情が占めるものの、依然として沈黙が続く中で。
「信じられないな」
静寂を破ったのは、キーシィスだった。
アルディルの前に立ち、ジロジロとその様を観察する。
「なぜシニーではない?」
リュークリオへと向けた疑問に、隣に立っていたメルティユとリュークリオは頷きあい、リュークリオが一歩前に出た。
「総合的な評価からだ。ここでは平民も貴族も平等に扱う。平等に評価した結果、アルディルがふさわしいと我々は判断した」
「ふん、それこそ信じられない。シニーの実力は相当なはずだ、それはこの俺が保証している。シニーを出し抜いて、平民2人が代表に選ばれるなんて、まずあり得ないことだ。もう一度聞く。
どういう事だ?」
張り詰めた空気は室内全体に広がり、その雰囲気に一部の人が縮み上がる。
キーシィスの威圧のある視線は、もはや殺気に近かった。
先生でさえ、ゴクリと固唾を飲むほどだ。
殺伐とした雰囲気で身動きの取れない生徒に見守られ、リュークリオは口を開く。
「シニーとアルディルの実力は、ほぼ同等と言っていい。
戦闘力、魔力、判断力、反射力、とっさの機転。
それらにおいてはどちらが出ても差し支えはない」
「ならっ」
「ーーだが、1つ。
質については、アルディルの方が相当上だ」
「……!?」
「サリュ。ちょっと来てくれないか」
「はい」
呼ばれたサリュは素直に先生に従い、皆の前に立った。
「風の初級魔法を唱えてくれないか」
「分かりました」
言われ、そっと手を前に出す。
人差し指を突き出したその先には、小さな風の、塊が。
「アルディル、同じようにしてくれ」
「はい」
返事をした後、アルディルの人差し指にはサリュと同程度の風が現れる。
「手加減するな、もっと出来るだろ?」
「……」
渋々ながら、アルディルは手を振った。
「“風よ、形を成し我の手となり足となれ”」
その言葉と共に、アルディルの前に小さな風……ではなく、竜巻が巻き上がる。
それは、学生の域を超えていた。
高等部1年でできるレベルといえば、初級魔法ができるくらい。
それも、ここはSクラスの為よくて中級魔法まで出来たらいい方だ。
だが、初級魔法を唱えたにもかかわらず……それは、中級並みの威力を持っていた。
込めた魔力はほとんど変わらない、けれどそれは、質の違いの成せる技。
本来この魔法は、そよ風程度の風を発生させるもの。
だが、アルディルの風は、竜巻。
それには、さすがのキーシィスも認めざるおえなかったのだろう。
苦虫を潰したような表情で、その光景を見ていた。
「わかっただろう? なぜアルディルにしたのか」
「……ああ」
「じゃあ、もうこの話はここまででいいな」
「……」
「よし、ということで、Aクラス代表を発表する」
先生が喋っている間、ずっとキーシィスはアルディルのことを見て、いや、睨んでいた。
その目には、傲慢な貴族が現れていた。
平民のくせに、その感情で締められていた。
「では、今日の授業を開始する。各自、パートナーを作ってくれ」
アルディルはフレイと、そしてキーシィスはシニーと組む。
だから、それは必然だった。
「ではそのパートナー同士で、戦う相手を探して戦ってくれ。出来るだけ同じ力量の人と戦うように。決まったら報告してくれ。順番を決めるから」
その言葉を聞き、キーシィスの瞳に光が宿る。
「アルディル、フレイ」
徐に彼らの元に赴き、鋭い眼差しを向ける。
「君らに決闘を申し込む」