悪役令嬢ですが、何もしないうちにゲームが終わってしまいました。
読んでいると書きたくなりますよね。
突発的なので、気軽に見てもらえると助かります。
ざまぁ、何処行った?という感じです。
「――というレイラ嬢に対する数々の非道、断じて許せない。――聞いているのか!? ディアナ嬢!」
大声で怒鳴られて、わたしはびくりと肩を震わせた。
見目麗しい三人の男性の中に、小柄で愛らしい顔立ちの少女が一人が揃ってわたしを見ている。
わたしは彼らの言う数々の非道というのが分からないので、下手に返事はしない。
けれど、仕方ないのかもしれない。わたしの役どころは『悪役令嬢』。
なぜ悪役令嬢などというのか――それは、わたしは生まれる前、日本という国で二十年ほど生きてきた記憶があるから知っているだけ。
そこで、わたしはいくつもある『乙女ゲーム』なるもので、ヒロインである男爵令嬢であるレイラと真逆のキャラクターで、彼女を虐めぬく悪役令嬢ディアナだということを知っている。ヒロインが王太子のルートに入った場合、悪役令嬢ディアナはヒロインを虐めた罪として投獄、もしくは修道院送りになることも。
はっきり言って、どちらもごめんとしか言いようがない。……訂正、修道院ならまだいいかも。
――なんて、心の中で思っていると、三人のうちの一人(彼らは第二王子と王太子の側近候補)バリー様がもう一度「聞いているのか!?」と怒鳴る。
周りにいる方たちも驚いたのか、小さなざわめきが起こるけど、四人は全く気にしない。ある意味、感心してしまう。
いえ、少しは場所を考えて欲しいんだけどね。今、ここは貴族の令息、令嬢が通う王都にある学院の卒業パーティの場なんだから!
まあ、ゲームでも、彼らはわたしのした悪事を皆がいる所で暴き、断罪するために居んだっけ。
……あら、そう考えると、王太子様が居ないのはおかしいわ。
今、目の前にいるのはヒロインのレイラ様、他は攻略対象でもあり、王太子の側近でもあるバリー様、ヘンリー様の二人。そして、第二王子のクライヴ様。
攻略対象は他に後二人――わたしの義弟であるカイルと、王太子であるウィリアム様なのだけど……彼らは何処へ行ったのでしょう?
などと、またもや考え事をしていると、バリー様がわたしの手を掴んで「いい加減、罪を認めたらどうだ!」と間近で叫ばれる。
「罪と言われましても……」
本当に何をしたのか分からないのだけど。
分からないものを認めることは出来ないし、したらヤバいでしょう。
「お前は……! レイラ嬢に卑しい身分の者が殿下に近づくなと、彼女の出自を貶めただろうが!」
「他にも、彼女の教科書が破かれたり大切にしているものの紛失……これらに貴女が関わっていることは、彼女の証言によりはっきりしています」
「他にもサロンでジュースを零してレイラにかけた事とかもあったよね」
「……はあ?」
この学院は身分を無視した振る舞いは許されていないんだけど。学院という限られた環境でも、王族、貴族の身分制は有効にされている。そのため、下位貴族であるレイラ様が王太子様や側近候補(公爵や侯爵が多い)に先に声を掛けるのはマナー違反だと諭したことは何度かある。さらに婚約者のいる方に馴れ馴れしくするのは論外。
後、ジュースはレイラ様がぶつかってきた結果、グラスが傾きジュースが零れたんだけど、零れたジュースはほぼわたしの方にかかったのに……話がねじ曲がってる。これもゲームの強制力?
わたしはこの世界がゲームの世界だと気づいた時に、破滅フラグを折るために頑張ろうとしたこともあった。
けれど、あれだけ拒否したのに王太子との婚約が決まってしまい、その後は后教育のために忙しく、わたしは破滅しそうなフラグを折ることまでは出来なかった。
正直、ゲームでのディアナは、そりゃあもうハイスペックなキャラクターだったんだけど、七歳の時に前世を思い出してしまったせいか、公爵令嬢として培ってきたものがリセットされてしまったのよね。
だって、日本で生きていた感覚で見てしまうと、貴族としての生活は『もったいない』の一言に尽きるんだもの。おかげで、ついもったいない精神で色々していたら、お父様やお母様に苦言を言われるし(貴族には貴族の生き方や作法があるとか)、昔の運動音痴や音感の悪さとかも思い出してしまって、ダンスなんかも上手く踊れなくなってしまって……。
ハイスペックどころか、ポンコツ令嬢になったわね……。
誰だよ、前世チートとか言う人は!?
前世の知識があったら、そんなに高スペックになって楽な思いが出来るの!?
そんなの全然できないんだけど!!
……はぁ。こんなところで力説しても仕方ない……。
学院での成績は何とか上位をキープしているけど、后教育にある王族の行事や外交のための他国の言語や習慣等、覚えることがいっぱいで泣きそうになりながらこなしている有り様。
そんな訳で、ヒロインであるレイラ様を虐めている時間などあるわけがない。
フラグを折るのなんてさらに無理でしたよ!
そんな裏工作?する暇があるなら、他国の言語を一つでも覚えていたほうがよっぽど為になる!
おかげで、最初は殿下は苦笑しながら優しく接してくれるだけだったのに、今ではわたしに意見を求めてきたり、時に難問を出して意地悪してわたしを困らせたり……。
そこにはゲームにあった優しい王太子様ではなく、生身の生きた王太子――ウィリアム様が居た。
そんなウィリアム様にわたしはいつの間にか……
けれど、何もしなくてもレイラ様を虐めたことにされるのは、やはりゲームの強制力なの?
わたしは何もしていないのに、していない事で処罰されるのには納得出来ない。
けれど、彼らの言うことについて『していない』と言うことは出来ても、それに対する証拠となるものがない。
もっとも、向こうもレイラ様が言ったというだけで、わたしを糾弾しているのでどっちもどっちだけど……それでも、ヒロインであるレイラ様の言うことのほうが強い気がする。強制力怖い。
ああ、どうしよう。このままだとありもしない罰で投獄される可能性が高い。
どう答えれば投獄は回避出来るのか……思考を巡らしていると、ふと、何かが視界を遮り彼らが見えなくなった。
「いい加減なことを言わないで下さい」
紺色の上着を着たわたしと同じ髪色、そして聞き慣れた声――先程まで姿が見えなかった義弟のカイルだった。
「カイル……」
「遅くなってごめん、姉様」
振り向いてわたしに笑みを浮かべるカイルは、昔から知っているカイルで、わたしは思わずほっとした。
「でも、どうして今になって……」
わたしの味方をしてくれるのかしら?
昨日まで、レイラ様の傍にいたのに。
「それは……どうも、彼女は僕が姉様を庇うと気に入らなさそうにするから。姉様の変な噂をこれ以上増やしたくなかったんだ」
「そうだったの。それにしても噂って?」
「あ、姉様は知らなくてもいいことだよ」
「……そう」
ちょっと納得いかないけど、彼はレイラ様の虜にはなっていないのね。良かったわ。
……本当は、レイラ様が誰か攻略者一人に絞って、その方を心から愛しているのだったら、わたしはまだ納得できたのかもしれない。
でも、レイラ様が望んだのは所謂逆ハーというものだもの。無理よ、納得なんて出来ないわ。
今も三人の将来有望な方達を味方にし、昨日まではカイルもウィリアム様もそこに居たもの。
もっとも、先程の流れから、カイルはわたしの為にレイラ様を刺激しないようにしていたみたいだけど。
「カイル君、可哀想にディアナ様に脅されているのね!?」
「は?」
「だって、カイル君は養子でしょう? ディアナ様が虐めているんでしょう? だから、庇うふりをしているのよね? ディアナ様、いくら血が繋がっていなくても、どうしてカイル君を虐めるんですか!?」
今まで大人しかったレイラ様はカイルを見た途端、「カイル虐めるな!」を連呼。
それに賛同するかのように、周りの三人も「こんな所でまで庇う必要はない」とか「今こそ今までのうっ憤を晴らすべきです」などと言っている。
えー、そもそも虐めてないんだけど。
わたしの過去は朧気にしか記憶にないけど、確か年の離れた弟がいた。素直に可愛かった。だから、一人娘だったわたしに血の繋がりがないとはいえ弟が出来たのは嬉しくて、そりゃあもう可愛がったものだ。
……はっ、もしかして可愛がり過ぎて鬱陶しかったとか!?
「カイル……わたくし、弟が出来て嬉しかったんだけど……もしかして、鬱陶しかった?」
ちょっとはっちゃけて構い倒してしまっていた気がして反省していると、カイルはそんなわたしの心情を察したのか、呆れて肩を竦めた。
「姉様……」
「ごめんね、カイル。空気読めない駄目な姉で……」
「うん、本当にね。僕が姉様をどれだけ大切に思っているのかわかってないんだもの」
「カイル?」
「ねぇ、姉様。本当ならレイラ嬢が言うように、いくら分家とはいえ公爵家の跡取りとしてきた僕を虐げても可笑しくないんだよ。お母様のようにね。でも、お姉様は最初から僕を『弟』として見てくれて、お母様との仲も取り持ってくれた。おかげで、僕はこの十年間公爵家の跡取りとして頑張れたんだよ」
カイルはわたしが王太子であるウィリアム様との婚約が決まり、公爵家の跡取りが居なくなってしまうため、分家から引き取られたわたしより一つ下の子だった。
公爵家に引き取られたのはきちんとした理由があり、そして、お父様がお母様やわたしを裏切ったわけでもなかった。だから、わたしにとってカイルは血が繋がらないけど『弟』なのだ。しかも、わたしが居なくなった後を任せるための、大事な公爵家の跡取り。
お母様は最初お父様が愛人でも作ってその女性に産ませた子を跡取りにしたいと勘繰ったのか、カイルにきつく当たった。
でも、お父様はお母様の事をとても大事にしているから、気になってこっそり調べてみたら、分家筋の子爵家の三男だという事がはっきりし、お母様にそのことを告げてお母様の不審は無くなった。
以降、お母様もカイルの事を公爵家の跡取りに相応しくなるよう望んでいる。
わたしはといえば、最初はなかなか慣れてくれなかったカイルに姉として接し、少しずつ距離を詰めて、最後には一緒に勉強していた。
数年前、王宮に行き后教育を受け始めてからは、カイルとあまり話をしなくなってしまったのだけど。
「でも、わた……くし、最近、あなたとはあまり会話をしていなかったのは事実で……」
危ない危ない。つい、癖で『わたし』と言ってしまうのを、貴族令嬢らしく『わたくし』になんとか言えた。
このあたりが昔に引き摺られている所なのよね。言葉遣いとか価値観とか、なかなか消えてくれないの。
「そうだね。僕も僕で忙しかったし。でも、僕は姉様の事を信じてるもの」
そう言って微笑みを浮かべたカイルは、出会って間もない頃と変わらないものだった。
わたしは嬉しくなってカイルに笑みを返すと、カイルはわたしにくるりと背を向けた。
「レイラ嬢が何を勘違いしているのか知らないけど、僕は姉様の事を信じてる。大体、姉様に虐められた記憶なんて一つもないしね」
「そんなっ!? だって、カイル君はディアナ様に虐められていたんじゃ……」
カイルが断言すると、レイラ様が信じられないとばかりに叫んだ。
ああ、やっぱり彼女も昔の記憶があるのね。あの乙女ゲームで遊んだ記憶も。
そして、ゲームのシナリオ通りに彼らを攻略しようとした。
カイル攻略については、公爵家に引き取られたのはいいが、母と姉に虐められ、また、父からは跡取りに相応しくあるべく厳しい教育を日々施される。そこには愛情なんてものは欠片もなく、酷い時は体罰もある。だから、カイルは心を殺して人形のような生活を送っていた。
そんなカイルを「頑張り屋なのね」とか「カイルの家族には心がないの!?」とか、時にカイルを称賛し、時に親身になってカイルの家族を糾弾したりして、カイルの心を開いていくというのが定番。
ラストでどれだけカイルに心を開かせたかで、終わり方が違うんだけど。
でも、カイルの場合、知らずにわたしがフラグを折ってしまっていたらしい。偉い、わたし!
お母様とはちょっとあったけど、おおむね家族としての仲は良好だし、お父様だってカイルに厳しい教育をしているけど、頑張ればそれだけ褒めているもの。
お父様なんて、カイルが学院卒業後、二、三年したら引退して爵位を譲って、領地でお母様とのんびりするんだ、って今から計画を立ててるくらいだものね。すごい期待してるのよ、カイルに。
だから、カイルは公爵家に引き取られてから、孤独を感じることはなかったので、攻略に必要な心の問題は発生しなかったんだ。
わたし、カイルのトラウマが出来るフラグを思いっきり折ってたのね。
それなのに、レイラ様はゲームと同じだと思い込み、カイルにゲームの設定のまま話しかけていたらしい。
そりゃ、攻略なんて出来ないわ。
わたしはカイルが味方をしてくれたのが嬉しくて、公衆の面前なのにカイルに後ろから抱き着いた。
「わたしのこと、信じてくれてありがとう」
「……姉様の性格で虐めが出来るって思うほうがどうかしてるんだよ。――ねぇ、殿下?」
少し照れ臭そうに答えたカイルは、その後他の人に対して同意を得ようと声を掛ける。
その人は――
「本当にね。どうしたらディアナがそんな風に見えるのかな?」
本命は遅れてやってくる――とばかりに、今になって王太子であるウィリアム様が登場した。
そういえば、パーティにエスコートはしてくれたけど、所用があるとどこかへ行ってしまっていたのよね。
高い身長に引き締まった体つき、常に笑みを浮かべていて優しげな印象を与える人。
でも、わたしにはちょっと意地悪な人。
そして、わたしが大好きな人……
「――ウィリアム様……」
先程の言い方だとわたしの味方をしてくれるような言い方だったけど……ウィリアム様はレイラ様に優しく接していたから、信じられないという気持ちが残る。
わたしの気持ちを余所に、ウィリアム様はわたしの隣まで歩いてきて、「ちょっと時間がかかってしまってね。そしたらこの茶番だ。悪かったね」とわたしの髪に指先を絡めながら囁いた。
思わず頬が熱を持つ。沢山の人の前でこんなことをされると恥ずかしい……
「ウィリアム様! どうしてその女を庇うんですか!?」
ウィリアム様がわたしに構うのが嫌なのか、レイラ様はウィリアム様に向かって叫んだ。
「君はここで何を学んでいたのかな? 学院内でも身分制度は免除されない。君よりずっと身分が上の公爵令嬢であるディアナに対して『その女』? 君は何様のつもりかな?」
「だ、だって、殿下はわたしに優しかったじゃないですか!」
「そりゃあ、私の国の民だから、優しく接するのは当然だろう?」
「…………え?」
ウィリアム様の答えに、レイラ様が一瞬きょとんとした顔になる。
うん、わたしも分からない。
「君は婚約者のいる男性と懇意にしていた。しかも同時に複数の。まあ、問題と言えば問題なんだけど……そんなのに引っかかるアホが悪いから、とりあえず罪には問わないよ。という事で、君はまだ犯罪を犯していない以上、この国の民であるわけだ」
「あの……?」
「私はこの国の王太子であり、いずれ王になる立場。だから、一国民に対しても無下にしないようにしていただけだよ」
「でもっ、王という存在は孤独で、だから、寂しくないですかって聞いた時に、殿下は『そうだね』と言ったではないですか? それって、ディアナ様が殿下の事をきちんと支えていないからではなかったのですか?」
うん? なんか話の雲行きが怪しくなってきた。
確かにウィリアムルートは、王として人の上に立つ孤独について「気の毒だ」とか、「婚約者であるディアナは王太子自身の事を見ていない」などというやり取りで、彼の身の内に潜む孤独を理解しようとして仲を深めていくものだ。
でも、ウィリアム様の言い方だと、自分の国の民だから優しく(王太子としては普通に)接していただけと言っている。
確かにウィリアム様は誰に対しても優しい。その優しさに王太子――ひいては王が務まるのかなどという声も上がっているけど、能力は十分なので弟の第二王子を推す声は少ない。
弟のクライヴ様はウィリアム様の側近候補二人と見事にレイラ様に夢中になっているので、王宮内での評価は下がっている。(まあ、昨日まではウィリアム様も入っていたので、二人揃って評価が下がっていたんだけど……ちょっと違うみたい)
「ウィリアム様?」
「ああ、ごめんね。ディー。いつものようにウィルと呼んで?」
「えと、……ウィル、様」
「何かな、ディー」
レイラ様に向ける作った笑みとは違う、本当の笑みだ。
ああ、わたし、ゲーム通りになるのかと思って、ウィリアム様――ウィル様の事を疑ってしまっていたんだ。
「あの、わたくし、ウィル様の事を疑ってしまっていたようで、その、申し訳ありません」
「いや、仕方ないよ。カイルと同じくディーの耳に変な話を聞かせたくなかったから」
「変な話? 先程、カイルも噂話だの言っておりましたが?」
「うん? だから、聞かせたくないから聞かないで?」
「……はい」
ウィル様の笑み(圧力込み)に、わたしは仕方なく頷いた。
「兄上、いくら婚約者が可愛いのかもしれませんが、心優しいレイラに対してその態度はないのではありませんか?」
「そう? 彼女、優しいの?」
「そうですよ! レイラは身分に拘らない優しさを持っています。兄上の婚約者とは違います!」
弟君クライヴ様はウィル様の言動が気に入らないのか、ウィル様に突っかかった。
ウィル様はクライヴ様を見て、鼻で笑う。
地味に酷い、ウィル様。
「優しいねぇ?」
「そうです! 第二王子で兄上のスペアでしかない僕にだって、価値があると!」
「私も父が宰相として国に仕えていますが、同じことを望まれて育ちました。その重圧を彼女だけが理解してくれたのです」
「俺だって同じだ。レイラは俺達にとって大事なことを教えてくれたんだ!」
他の二人も参戦してレイラ様の良さを叫ぶけど、偉大な父の跡を継がなくてはならない圧は確かにあるけど、王太子であるウィリアム様の王になる重圧に比べてかなり軽い方なのに。
「口だけでは何とでも言える。レイラ嬢の言う事は当たってはいるけれど、何も解決にはなっていない」
「だけど、僕たちの心は救われました! 彼女の優しさに!」
「優しい、ね。それって君たちの主観だろう? 皆が皆、彼女は優しいと言うのかな?」
「言うにきまってます!」
「そうかな? 彼女の優しさは口だけに思えるけどね。本当に優しいのは――」
ウィル様はそこまで言って言葉を切ると、わたしのほうをチラリと見た。
「王族や貴族は、孤児院などの慰問も仕事の一つだね」
「……何が言いたいのですか? もしかして、彼女がそれをしないのは、男爵家があまり裕福でないからという嫌味ですか?」
「いや? ただね。私はよくディーと孤児院へ慰問に行くんだよ。多少の寄付はもっていくけど、孤児院で喜ばれるのはそれだけじゃない」
確かにこの国の貧富の差は日本より酷くて、孤児や浮浪者が多い。
わたしは少しでもそういう人を減らしたくて、孤児院への慰問や浮浪者でも働ける仕事などがないか、ウィル様に相談していた。まだしっかりと形になってはいないけど、ウィル様主体で進めている政策の一つになっている。
「子供たちに一番喜ばれるのはね、ディーの手作りのお菓子や子供たちに語るおとぎ話などなんだよ。時には子供たち相手に追いかけっこなんかして遊ぶしね。私より子供たちに大人気だ」
「だから何だと言うんですか!?」
「ディーは慰問の時に汚れてもいい安いドレスで行くんだ。でも、見た目はお姫様に見えるようなのでね。子供たちの夢を壊さないために。それに、子供たちと話をするときは、どこであろうとしゃがみ込んで子供たちに目線を合わせるんだよ」
えーと、そんなのは基本じゃないのかな?
保育士さんだって子供たちに目線合わせて接するから、腰痛めたりするし。
孤児院とかじゃないけど、皇室の方々だって被災地へのお見舞いに行った際は、被災者の目線に合わせていたもの。
「君たちは、自分の抱えている問題に気づいて声を掛けたレイラ嬢を優しいと言ったけど、本当の優しさなのかな?」
「優しいに決まってるだろう!」
「そうかな? 私にとって本当の優しさは、ディーのように孤児や浮浪者であっても嫌な顔をせずに目線を合わせて相手に向かい合う事だと思うけどね」
「それは……」
「少なくとも、身分を笠に着てレイラ嬢へ虐めをだなんて、ディーがするわけがないんだよ。するくらいなら、孤児たちに対してそのような接し方をしない。君たちが優しいというレイラ嬢はそれが出来るのかな?」
あれ、思わぬ所で日本の一般市民の考えが役に立っていた?
それにしても、レイラ様もゲームの知識があるのなら、元日本人よね? どうしてそういう考えが出来ないのかしら?
なんて疑問に思っても、答えはレイラ様の中。わたしにはわからない。
「でもでもっ、殿下はディアナ様の事を嫌っていましたよね!?」
「私が? ディーを?」
「だってディアナ様にだけ意地悪言っていたじゃないですか! 皆には優しかったのに!」
あー、そういえば、それはわたしも思う。
ウィル様は最初優しかったけど、段々わたしの事をからかったり、まだちゃんと覚えていない問題を出して無理やり解かせたり、なんというか、意地悪されていた気がする。
基本的に優しかったけどね!
「私がディーに対してそういう風に接するのは、ディーが私の隣に立つ人間だから、だよ」
「え?」
「ただ庇護すべき民じゃない。私と同じ位置に立ち、同じように民を守る存在だからだ。だから、私はディーに色々なことを望むし、ディーはそれに応えるように頑張っている。認めているんだよ、私の隣に立つのはディーだけなのだと、ね」
庇護を受けるだけの君では、私の隣には決して立てない――レイラ様に対してそう言った内容が含まれているように聞こえた。
そっか、ウィル様がわたしに無理難題を言ってくるのは、頑張って欲しいという意味があったんだ。
「ああ、それと、バリーとヘンリー」
「はいっ」
「なんだ」
「君たちは私の側近候補から外すよ」
「「え?」」
「重荷だったのだろう? ホラ、悩み事が無くなった」
良かったね――と、笑みを浮かべて告げるウィル様は鬼だわ。
でも、ウィル様は期待していない人には皆同じように接するのね。
「ですが、そうなれば誰が――」
「この茶番の前に話をつけてきたよ。爵位として劣るからなかなかいい返事がもらえなくて難航したけど、最後はちゃんと口説き落とした。だから心配ないよ」
あっさりと、あっさりと側近候補たちを首にして、新たな側近候補を用意していたなんて。
「ああ、クライヴはしばらく謹慎かな。この国は生まれた順で継承権が決まるけど、第二王子以下はスペアのためにだけ存在しているわけじゃない。そのことをきちんと理解出来るまで、勉強漬けになるだろうね。陛下も了承済みだ」
こちらもあっさり処分が決まり、最初、わたしを糾弾していた彼らは肩を落として暗い顔をしていた。
もしかして、重荷だーと言いながら、側近候補であることに優越感でも持っていたのかしら?
まあ、側近候補でなければ、攻略対象にはならなかったでしょうし。
なんかすっきりしないけど、ゲームの卒業断罪イベントはこれで終了になったらしい。
***
「全く、どうして表面上の事しか見ようとしないのか……困ったものだ」
「ウィル様、わたしたちはまだ学生の身――そこまで考えられなかったのでは?」
「そんな甘いことを言っていたら、国が傾いてしまうよ? ディーは最初から王太子妃としての重荷を感じていたから、学院の勉強から后教育まで頑張っていたのだろう?」
「それは、そうですが……」
帰りの馬車の中、ウィル様と二人で公爵家に向かう間の会話。
確かに、いくら悪役令嬢として断罪されようとも、それまではウィル様の婚約者。その立場に恥じぬように頑張ってきたけれど……
「私は最初、婚約者なんて誰がなっても同じだと思っていたんだ。でも、ディーは何に対しても一生懸命で、私がちょっと難しい問題を出しても頑張って答えようとするその姿勢が良かったな」
「わたしは意地悪されているかと思いました。もしくは、お前は王太子妃に相応しくないから辞退しろと暗に言われているのかと」
「そんな訳ないだろう。さっき言ったように、国民に対しては優しく接するべきだ。ディーがどうでもいい存在なら、いつだって優しく接していたよ」
そう、どうもわたしに意地悪?していたのは、わたしを試していたのもあるけど、わたしの事を認めていたからでもあるらしい。
王の隣に立つ王妃が、ただ守られるだけの存在なら意味がないと。同じ速度で歩いていけるような女性がいいと、ウィル様は思っていたようだ。
そう考えると、わたしって前世を思い出してポンコツになったと思っていたけど、ポンコツだから頑張らないと! という反骨精神がウィル様に気に入られたのかしら。
「ところで、新しい側近候補の方はどうなったのですか?」
「ああ、学院で成績優秀だったり、人脈の広い人物に三人ほど声を掛けたよ」
「まあ、三人も」
「でも、伯爵位だったりするから、身分が――となかなか頷いてくれなくてね。働き次第では陞爵もあると言って頷かせた。実際、功績を上げれば陞爵は当然だろうし」
「そうでしたの」
「改めて、彼らとの顔合わせの場を設けるよ」
そう言ったウィル様は嬉しそうだった。
「よく、小さい頃から決められていたバリー様とヘンリー様を手放しましたね」
「んー……、学院に入るまでは問題なかったから気にしてなかったんだけれどね。まあ、レイラ嬢を囲んでのあの様子を見ていると、アレらが側近だと拙いと思ってね」
「アレらって……」
「アレらで別にいいと思うよ。私は興味ないものは線を引いて同じように接するけど、そうされている事に気づきもしなかったほどの暗愚だから。きっと、次期宰相だの近衛騎士団長だのになったら、プレッシャーで潰れてしまうんじゃないかな? それか、周囲にいいように利用されるか、ね」
うわぁ、ウィル様はっきり言った!
でも、ウィル様はバリー様にもヘンリー様にもいつも笑みを崩さず接していたっけ。あれって、ウィル様の中で評価が上がらなかったから、無理難題も吹っ掛けられなかったんだなぁ。
……あれ、でも、カイルには……
「ウィル様、もしかしてカイルは……」
「あー……カイルね、気に入っているんだけど……公爵家跡取りだからねぇ。公爵家だから側近になれない訳ではないけど、ディーの実家をしっかり見てもらいたいし」
「やっぱり、カイルのことは気に入っているんですね」
「まぁね。ある意味ライバルでもある訳なんだけど」
「ライバル?」
「んー、まあ、ディーには関係ないよ」
あ、また蚊帳の外にされてしまった。
ちょっと気に入らなくてしかめ面をすると、ウィル様の手が頬に触れる。
「ウ、ウィル様?」
「ちょっとゴタゴタしたけど、卒業もしたし、後は結婚式を待つばかりだね」
「そっ、そうですね!」
そうだった。もう学院は卒業したので、数か月の準備期間を経て、わたしはウィル様と結婚する。
「本当に、わたしがウィル様と結婚……王太子妃になってもいいのかしら?」
「逆に聞くけど、他の誰に王太子妃が務まると?」
「それは……」
「私にはディーしかいないんだよ。ここで拒否なんてしないで欲しいな」
ウィル様はそう言ってわたしの頬に添えていた手に力を入れて押したため、ウィル様の顔を真正面から覗き込む形になった。
うわ、ウィル様のアップ!
前世で恋愛経験はちょこっとはあったけど、やっぱり慣れない。それに、ウィル様のような顔面偏差値の高い人は別の意味でドキドキする。
でも……
「する訳ないじゃないですか。わたしだって、ウィル様に認めて欲しくて頑張ってきたんだもの」
「うん、そう言うと思った」
ウィル様は満面の笑みで、わたしの唇に軽く触れるキスをした。
とりあえず、いつの間にかにヒロインが詰んでゲームオーバーになり、悪役令嬢だったけど特に断罪とかない結果になった。
……って、そういえば、このゲームの逆ハーエンドって、皆友達のノーマルエンドだったんだけど……好意が一定で友達以上にならないで終わるという……
ヒロインのレイラ様はそれを知らなかったのかしら?
乙女ゲームモノや悪役令嬢モノを読んでいたら、自分でも書きたくなったので短編を。
…なんか余り落ちなしで終わった気が。
書かなかったゲームの設定で、攻略されたクライヴ、バリー、ヘンリーにはそれぞれ婚約者がいます。
彼らのルートだと、彼らの婚約者がライバル令嬢として立ちはだかるのですが、ヒロインはなぜか主人公だけを敵対視。
でも、三人攻略しているので王太子ルートを狙っていたのかは不明。
逆ハーを望むと皆友達仲良しこよしにしかならない設定も知らなかった模様。
ヒロインはこの後どうなったか不明。
主人公は日本人気質?が抜けず、貴族令嬢としては腰が低くて変わり者でした。
でも頑張り屋なので、そこが認められたのかも。
7/9 誤字脱字等一部修正しました。