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「何で戻ってきた?」

噴き出す炎ギリギリの所にルドヴィは立っていた。

「ちゃんと合格か聞いとかないと?」

「クソ真面目かよ」

「死ぬつもりだろうから、今のうちに?」

「案外残酷なんだな」

うっすらとアジュールが嗤う。

古龍に引きずられてか、感情が抜け落ちたアジュールにルドヴィが少し怯む。

「合格だよ」

「なら、よかった。正直炎に飛び込むのかと思っていたけど」

「そのつもりだったけどな。タイミングを逃した」

噴き出す炎を見ながらルドヴィが微妙な顔で告げる。

「声が聞こえた。女の声で、ありがとうってな」

ささやくような声は古龍のもとへ向かったという。

「鱗…」

「ん?」

アジュールが触れた冷たい鱗を思い出す。

「ギルドの裏の鱗、多分古龍のものだ」

もしかしたら、導いていたのは神ではなく彼女だったのかもしれない。

「そうだとしたら、踊らされてたのもわるくないな」

「うん」

二人で炎で染まった洞窟の外を見つめる。

「シャルは魔物の巣で見つけたんだ…」

「え」

炎を見続けたまま、ルドヴィが言う。

「魔物も、人間も何もいないところで生きていた」

その意味を考える。

「どこからどう見ても、人間なんだがな」

「攫われてただけでは…」

「…そうだな。アル、シャルを頼むな」

アジュールの返事を待たずにルドヴィは踵を返す。

「とりあえず別の出口にいくぞ」

洞窟を話しながら奥へと歩く。

「炎、どれくらいで消えるのかな」

「さあな、3日か1週間か1か月か」

「魔力戻してくれたら出れるけど?」

転移が可能となれば帰還はたやすい。

「んー。そうだなぁ」

「まだ何か企んでんの?」

呆れたようにルドヴィを見上げる。

「もうすぐ。ほら、出口だ」

答えずルドヴィが指し示す先に確かに光が見えた。

確かに出口だった。

洞窟からでれたのはいいが…。

「どうすんの?これ」

そこは先が崖になっており、他に道などなかった。

「よし。アル、心中するか」

「嫌だ。断る」

そうかそうかとルドヴィが豪快に笑う。

「だから、魔力戻してって」

じっと茶色の瞳を睨みつける。

「アルは欲しいものがあるか?」

「は?」

「俺はな、昔あこがれた人がいたんだ。高見に居て到底届かなかったけどな。あの輝きに近づこうと努力してきた。欲しいものと聞かれたらいつも思い出すのはあの輝きだった」

空の彼方を見上げながらルドヴィが言う。

何かを伝えたいのだと気付き、口をつぐむ。

「一つだけ助言してやる。アル、誰かの傍に居たいなら、そうなれる人間になれ」

唐突な言葉だったが、何かを見透かされた気がした。

ルドヴィは固まったアジュールの頭を豪快にかき回し、いきなり抱き上げる。

「ということで…よっと」

「…っ」

ルドヴィは予告もなくアルを抱えたまま崖から、飛んだ。

かなりの高さにさすがに血の気が引く。

魔術はまだ使えない。

それでも、

届くはずだと、その名前を叫んだ。


「クラウス!」


叫んだ瞬間空間が歪んだのが分かった。

腕を引かれ、ルドヴィの腕から誰かの腕へと絡めとられる。

「本当に、あなたは…」

クラウスに抱えられていた。

「すまない」

ホッとし、素直に謝る。

クラウスはアジュールを抱えたまま、森の中へゆっくりと降りていく。

ルドヴィも同じ速度で降下してもらったらしく、同じタイミングで地面に着くと大人しく座り込んだ。

お互い無言の後、先に口を開いたのはルドヴィだった。

「頼みがある」

見たことのない真剣な顔で言う。

「ここで、処分してほしい。師団長ならその権限はあるはずだ」

帝国に戻り裁かれれば殺されるまではいかないかもしれないが、到底戻ることなどできないのだろう。

「お断りです」

「あんたじゃない」

「え?」

「俺が頼んでいるのはアルにだ。アーヴィ様と呼ぶべきか?」

「は?」

クラウスがアジュールを見るが、ぶんぶん首を振る。

違う、自分はばらしてない。

「俺には魔力の色が見える。質というのか?仕組みはよくわからんが。クラウス様は白銀だな。アーヴィ様は、澄んだ蒼だ。あの大戦で、俺はずっと見ていた。蒼い光とそれを彩る白銀と」

じっとアジュールを見ながら、ルドヴィはアジュールではない遠くを見ていた。

「ずっと、魅せられていたんだ。忘れられない光景だった。あんな澄んだ色の魂でいたいと、そうありたいと思っていた」

自嘲するように、泣きそうな顔でルドヴィが言う。

「それなのに、間違えちまった。なんでだろうなぁ」

何かを守りたいと思っていたのは同じなのに。

「アルに裁いてほしいんだ。図々しいのは分かっている」

「無理ですね」

クラウスにしては珍しく怒りを押し殺している声だと分かった。

「そうか。まぁそうだわな」

アジュールはただ無言でそのやりとりを見ていた。

どこから気づいていたのだろうか。

偶然にもあのギルドへ行った時から?

「あぁ。これ返すわ」

ルドヴィが投げてよこしたのをとっさに受け取る。

自分の紋章だった。

受け取った瞬間、呪術が解けた。

同時に目の端でルドヴィが動くのが見えた。

短剣を構えて。

クラウスはとっさに身を捩るが、アジュールを抱えているので避けきれない。

考えるよりも、先に身体が動いていた。

魔力を流し、術が放たれる。

「アル!やめなさい!」

「ほんと、甘いんだよ」

重なった声の後一瞬揺らめき、術を受けたルドヴィの身体は掻き消すように消えた。

「…どうして」

クラウスが呟く。

「わからない」

ルドヴィが消えた地面を見たままアジュールは答えた。

どうして。

あの大戦で、あれだけの犠牲を出して。

魔王は斃したじゃないか。

それなのに。

世界は救われたんじゃないのか?

それなのに。

意味を壊さないでくれ。

笑っていたじゃないか。

それなのに。

自分が、やったことの意味を…。

「ちょっとの怪我くらいなら治せるのに。わざわざ望みを叶えてやらなくても」

「そうだけど…クラウスが怪我をするのも、ルドヴィがクラウスを傷つけるのも見たくなかったんだ」

淡々と答えるアジュールに、クラウスはため息をつく。

「怒る対象がいないので、泣かれると困ります」

でも溢れるものは仕方ない。

「何でクラウスが怒るんだよ」

「そりゃぁ、自分の大事なものを泣かされたら面白くないでしょう」

本気で怒っている風体に分からなくなる。

「お前分かんないよ。ずっと冷たいし、離れてるのがいいって言ってたじゃん」

「言いましたねぇ。貴方私の傍にいたら甘えが出るので。ちゃんと令嬢らしくしてくれないと、家族から反対が出てきそうな雰囲気なんですよ」

「別に、クラウスに相応しくないと言われれば、何時でも解消して構わない」

「そしたら貴方貰い手ないですよ?」

「平民になって、冒険者になるから大丈夫だ」

「私に会えなくなっても?」

「そりゃぁ、ちょっと寂しいけど」

「ちょっとじゃないでしょう」

「…」

「なので、お勉強真面目にお願いしますね」

顔を覗き込まれて黙り混む。

人はめんどくさいし、怖い。

クラウスだけだったんだ。

理解してくれるのも、ほしいものをくれるのも。

甘えているのは自覚している。

自分は何かをクラウスに求めている。

そしてクラウスも多分同じ物を欲しがっている。

ルドヴィの言葉が聞こえる。

傍にありたいなら、そうなれる人間になれ。と

「アル?」

「…努力する」

ぼそりと呟いた言葉に、クラウスは優しい笑みをくれた。

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