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ルドヴィが火に何かを投げ入れる。
合図の魔術だ。
紫の煙が一筋立ち上がる。
少し離れた所から淡い光とともに、3人の男が現れた。
「待ちくたびれたぞ。それが代わりか?」
深くフードをかぶった男たちの一人がアジュールを指さす。
「そうだ」
「よし。お前はもういい。去れ」
「悪いが、それはできない。結末を見届ける権利くらいはあるだろう?」
「ふん。自国が滅びるのを見たいなど悪趣味だな。まぁいい、用意は整っている」
この連中が隣国の人間という事なんだろう。
しかし胡散臭さがすごい。
なんだろう、悪いことしてますをアピールしているかのような。
確か、隣国は気候も悪くなく治安もよかったはずだ。
「帝国が滅びれば周辺の国も道連れじゃない?」
「なんだこのガキ。分かった風な口を効いて」
「まぁまぁ、子供の言うことに腹を立ててどうする」
「やけに綺麗な子供だな。もったいない気もするが」
各々アジュールをじろじろ見て言う。
「魔力はかなりのもんだ。封じているがな」
「そうか。代わりになるならなんでもいい」
「この間の巫女はかなりの魔力があったからな。それと思い込ませるのは同等以上の物をもっていないと」
「それで?巫女に見立てて殺すの?」
「分かっているのか」
「そうだ。古龍が帝国を滅ぼす。そうすればわが王が帝国跡地を含めすべてを統べることも可能だ」
「それ王様も知ってるの?」
「わざわざ手柄のように吹聴するなど愚か者のやること。いづれ我々の真意にも気づいてくださる」
つまり、王族の盲目的な信者だ。
そんなことのために村が一つ消えたのか。
ざわりと血がざわめくのを感じる。
そんなことのために、巫女を殺し罪のない人々を?
短絡的なそれに信じられない思いでルドヴィを見る。
こんなのに騙されたのかと。
「呆れていいぞ」
視線に気付き、小さな声で苦笑しながらルドヴィが言った。
「しかし、その子供やけに大人しいな」
「脅されてるから」
しれっと答えるアジュールの態度はどう見ても怯えてはいない。
微妙な空気が流れる。
「とりあえず、山頂へ移動するか」
「いや。外にはまだ魔術団らがいる可能性がある」
ルドヴィが転移を止める。
「この炎だぞ?」
「このお嬢ちゃんも信者が多くてな」
「?」
「アル。これを飲め」
ルドヴィから差し出された薬を一気に飲み干した。
「何をしている!?薬は古龍に…」
「振り掛けれる状態だと思うか?ここに入る前に1瓶は振り掛けておいた。あとはアルに飲ませたものにここに残っていた巫女の魔力も込めてある。今回はこの方法しかない」
「ぐ…そうか」
隣国の連中も仕方なさそうに納得する。
アジュールには特に変わったことはなかったが、しばらくするとそれまで聞こえていた振動が止んだ。
感覚が研ぎ澄まされていく感じがする。
古龍が呼んでる。
ふとそう思った。
ふらふらと洞窟を歩き出す。
外に出ると炎は収まり、立ち上がった古龍が首を垂れていた。
そっとその首を撫でてやる。
「絶対に動くなと命令しろ」
「…ごめん、動かないで」
古竜に告げる。
風が巻き起こった。
「アル!」
向こう側にクラウスがいた。
結界のようなものが張られているらしく、こちら側にはこられないようだ。
魔術団もパーティー面々もいる。
ヒヤリと冷たい鱗の感触。
魔力は使えないが、魔術の構築は出来る。
気付かれないように、そっと古竜の魔力に繋げた。
瞬間、古竜の感情が流れ込んでくる。
混乱。
アジュールを巫女と思い、しかしそれを本能で拒絶している己に戸惑っている。
そこで気付いた。
あの巫女は、本当に番だったのだと。
それを喪った時の古龍の絶望と、怒りと、哀しみ。
古龍は眠っていた。
二度と目を覚まさないようにと愛しい魂に追いつけるように、深く眠ろうとしていたのだ。
「起こしてごめんな」
同化の魔術でもって、アジュールは古竜と重なった。
アジュールの瞳が赤に染まる。
動かない古竜とアジュールの前に男達が進み出る。
「よし、やれ」
剣が届く直前で炎が舞った。
アジュールから放たれた炎は3人を絡めとる。
「なにを!魔力は封じていたはずじゃ!?」
「自分のはね。これはこの子の魔力」
「なにを!?そんなことが」
洞窟の入り口でルドヴィはその光景を眺めていた。
「出来ちゃうんだよ。アルなら」
「貴様!わかってて!!」
「当たり前じゃん?騙されたまんま黙っとくかっての」
「まさか、そんな術が!」
逆だ。そんなこともできないのか、お前らは。
炎を操り、赤い光を纏わせながら、アジュールは蔑むように3人を見た。
同化のためか、容姿も相まってアジュールが魔物と言われても不思議ではない姿だった。
愚かな奴ら。
見くびっていたのだ。
帝国というものを。
その実力を。
魔術団という組織があるその意味を、知らな過ぎた。
「ばかな…!」
何とか魔術で抜け出そうとする3人を、炎が離さないように包み込む。
「みくびりすぎなんだよ」
自分の魔力が扱えなくとも、古龍と同化することでその魔力を行使するのは可能だ。
もちろん炎の影響などまったくない。
閉じ込めた炎に被せるように、古龍が高温の渦を吐き出す。
熱さの中3人は叫びのたうち回っているが、殺すことはしない。
帝国に突き出し裁いてもらう。
それまで炎の煉獄で焼かれ続ければいい。
古龍を見上げる。
同化したことで、古竜も全てを悟っていた。
悲しみと、諦めの感情に揺さぶられる。
「ごめんな、もう彼女は居ないんだ」
古龍はアジュールを一瞬見下ろすが、すぐに関心を失ったように首を大きく空へ掲げる。
古龍が一際大きく啼いた。
炎が吹き上がる。
あぁ、これは弔いの炎だ。
自身をもこれで滅しようとしているのが分かった。
可哀想だとは不思議と感じない。
「お前は、見つけたんだな。唯一を」
羨ましいと思った。
赤く踊る炎の中、アジュールはただ立ち尽くしていた。
舞い上がる風に髪を弄られながら。
赤く染まりながら。
古龍が炎そのものとなる様を見続けていた。
「アル!」
クラウスが呼んでいる。
声の方へ首を巡らせる。
クラウスは炎に阻まれていた。
「アル!こっちへ!」
あんなに必死な顔、初めてだな。
クスリと笑って身を翻す。
「アル!?」
クラウスとは反対の方へ。
洞窟の中には、まだルドヴィがいる。