7
目が覚めると暗い洞窟の中で、身体を起こすと近くに焚火を熾しているルドヴィがいた。
「アル、気が付いたか」
「ここどこ?」
「古龍の巣の奥の洞窟だ」
そう言われて気を失う前の事が思い出される。
「みんなは?」
「古龍が目覚めて怒ってるからなぁ。退却したんじゃないか?」
「ルドヴィさんは何をしてるの?」
「んー?何をしたのの間違いじゃね?」
「…」
確かにその通りだが、何が起こっているか不明瞭なこの時点で何をどう言っていいのかわからなかった。
「ここはな、聖なる祠とよばれるものだ。古龍の世話を巫女が行うための」
回りを見ると、確かに生活の跡の様なものが見れた。
古龍が目覚めて被害が出ないよう代々巫女が選ばれ、鎮める役目を負っていたというのがルドヴィの話だった。
古龍の世話なんて想像もできないが、魔物を使役する薬があるという。
もちろん古龍などに効くはずもないが、宥める程度の効果はあるようだ。
それを魔力を込めて古龍に使うことで眠りへと誘っており、その役目を行っていたのが件の村だったということだ。
今回はその村が滅ぼされた。
「古龍を、巫女が怒らせてしまった?」
「いや。巫女が怒らせたんじゃない。巫女が殺された、からだ」
「え…」
殺された?
「誰に?」
「古竜は村に殺されたと思っているだろうが、実際は隣国に」
「なんでルドヴィさんがそれ知ってるの?」
「俺が、それに関わっているからだな」
「どういう意味で?」
「どういう意味だと思う?」
質問に質問で返されてちょっとイラつく。
ムッとしたアジュールに笑いながらルドヴィは言う。
「すぐ顔に出るのは気を付けたほうがいい。純粋なのはいいが、裏を返せば世間知らずということになる」
「…」
図星に言葉に詰まる。
世間知らず。それは最近自覚している。
仕方がないとは思わない。
知らないということは知ろうとしなかったという事でもあるのだ。
「まぁ、どのみち巻き込まれてここに居るのは確かだ。もうちっと付き合ってやってくれや」
「魔力取られたままで?」
起き上がった時から気付いていた。
魔力が封じられている。
そうでなければさっさと転移している所だ。
「そりゃ、そうだ。エンブルク家のアジュール令嬢とくれば、希代の魔術師アーヴィ様の生まれ変わりと噂されるほどの魔力と魔術使いって噂だし?」
ドキリとする。
そんな噂があったのか。
まさか本当に生まれ変わりとは思われてはないだろうが。
「魔力ならシャルも相当なものだと思うけど」
「あぁ、シャルは…まだ分からん」
「?」
「いろいろな、出来すぎてるんだよ」
火を見つめたまま、ルドヴィは深くため息をつく。
沈黙に躊躇いが見て取れた。
「話したいのに何故ためらう?」
それを見てアジュールは無意識に素の口調で聞いていた。
それに少し驚いたように目を見開いて、ルドヴィはそうだなと話し出した。
「最初はただ平和だったんだ。誰もがそれを喜んでいた」
大戦のあと、帝国から魔物が消えた。
魔王の脅威は消え去り、戦死者を悼みながらも人々は前を向いていた。
それが歪み始めたのはいつからだったか。
ギルドもあまり機能しなくなり、腕の立つ冒険者は他の国へと旅立って行った。
魔物がいなければ依頼もない。
採取などでは生活が成り立たないため、それは仕方のないことだった。
ルドヴィのギルドも同じく閑散として、前ギルドマスターはいい機会だと引退していった。
しかし行き場のないものもいる。
冒険者になる者の大半はそういった行き場がなく生活の手段として、その職に就いているものが多かったのだ。
ルドヴィも同じだったが、ギルドという居場所もそれまでの貯えもあったため危機感はなかった。
そんな中近年強盗が頻発しだした。
捕らえられた中には顔を見知ったものもいた。
もちろん全部が元冒険者ではなかったが。
家族がいて帝国から出ることが出来ない者や、その他事情がある者。
そんな人々が冒険者を辞めて生活していくのは困難だった。
強盗をとらえる依頼もあったが、そもそもどこもまともなパーティが残っていない。
しかも同業者を捕らえるかもしれないという事態に誰も依頼を受けることはなかった。
思ってもいなかったその状況に困惑していた矢先。
帝国内の取り締まりが厳しくなると、街道での強盗が頻発しだす。
いたちごっこのようなそれにルドヴィは討伐に名乗りを上げた。
毎日のように出かけていき、強盗を捕らえては軍に引き渡した。
偽善や同業者殺しとささやかれる中、ある時捕らえた中に昔の仲間を見つけた。
見逃してほしいというかつての仲間に首を振ると、酷く罵られた。
お前に何が分かると。
皆が平和に暮らせるわけではないと。
そんなに言うなら魔物を帝国に呼び戻せと。
どんなに言葉を尽くしても相手には届かず、罵られた言葉だけがいつまでも残っていた。
それから合間に魔物を探した。
大っぴらにできることではないため、一人でいろんなところを回った。
そして知ったのだ。魔物がどうやって集まるのかを。
「アル、聞いてきたことがあったよな。魔物はどこからくるかって」
「うん」
「どこからは分からないが、どうやったら集まるかは分かっているんだ。力の強い魔物に魔物は集まる。大戦の魔王のときのように」
しかし魔物を集める手段など知ったところでどうにもならない。
そう思っていた時に、接触してきたのが隣国の者という男達だった。
「俺も可笑しくなっていたのかもな」
パチパチと木が爆ぜる炎を見つめながら、ルドヴィが自嘲気味に笑う。
ある薬を調合してほしいとの依頼だった。
それは数少ない定期的なギルドへの依頼にある、魔物を使役する薬だった。
帝国でしか手にいれられない特殊な魔術を使った薬で、今は大事な収入源にもなっている。
それを濃くしたものに魔力を込めてほしいと。
何に使うのか訝ったが、南の古龍を起こしたいという話で。
南の山向こうすぐに隣国との境目がある。
普通ならすぐに断る胡散臭い依頼だったが、古龍が起きれば魔物が集まるのかもしれないとの考えが頭をよぎった。
隣国は地熱をエネルギーとしており、古龍が近年深い眠りについているため地脈が弱っているので一時的に活性化させたいという話だった。
おかしな点はいくつもあった。
そういう依頼であれば通常国同士で話が行われるとか。
依頼であれば魔術団からくるとか。
分かっていたけども飲み込んだ。
魔物が増えれば被害が発生して、人が犠牲になるかもしれないのも分かっていた。
それらすべてわかっていて、分からないふりをした。
平和になったけども。
平和になったがために、歪んだものを戻せると思って。
しかし薬ををどう使うかは疑問であった。
今の巫女は酷く古龍に気に入られているがために、古龍は深く眠っている。
なのでさらに濃くした薬に媚薬を混ぜ込み、巫女の魔力を込めて振り掛ければ古龍は眼を覚ますであろうと。
竜族には番と呼ばれるものがある。
種族も関係なく魂の番を見つければ共に生き、共に死ぬと。
巫女を番と一時的に認識させれば目を覚ますのだと。
地脈が廻れば再び眠らせるのだという話だった。
「乗っちまたんだよな」
「…」
明らかに胡散臭い話だった。
成り行きを見届けるつもりだったが、薬を渡した後その人間は転移してしまっため、現地に行ったことのないルドヴィは馬でもってその山へ向かった。
2日目の夕刻、遠くに黒煙が見えた。
嫌な予感がした。
山へは向かわず、煙の方角へ走る。
そこは火の海だった。
村1つが巨大な炎の渦に呑まれていた。
炎の中に古龍がいた。
ルドヴィは朝までずっと、燃え上がる炎と古龍の啼き声をただ茫然と聞いていた。
気が付くと古龍の姿はなく、村には焼け跡がわずかに残るだけだった。
おそらく自分がやった結果なのだ。
どうやってギルドに帰ったのかも記憶になかった。
しばらくして、そこに再びあの男たちが現れた。
もう一度と。
帝国を狙わせるために古龍の前で巫女を殺し、転移で村に向かい村の者の仕業に見せたらしい。
単純な、稚拙なそれに古龍は騙された。
しかしその後帝国全体をも標的に暴れるだろうと思われた古龍は再び眠りについてしまった。
なので魔力の大きな都の娘を使って再度同じことを行うとのことだった。
断ると罪をさらけ出すと、すでに同罪なのだと脅された。
ばかなのかと思った。
そんな手の内を晒して脅して、捕まえてくれと言っているものではないか。
しかも自国を滅ぼす手助けをしろと?
ふざけるなと一蹴しかけたが、条件がそろっていることに気が付いた。
都に縁の深い魔力の大きな娘。
魔術団からの合同調査の依頼。
そしてシャル。
本当は帝国へ出頭するつもりだった。
そのために、ギルドの仕事を引き継ぎ片付けていた。
間接的でもかかわって知らなかったと罪を逃れるつもりはない。
しかし、自分の手でけじめをつけれるならと乗ったふりをした。
すべてが上手くいけばの話だが。
鍵は突然同時期にギルドに現れたアル。
アルの魔力であれば相手の条件に合う。
そしてアルを連れ出すのに必要な魔術団との合同遠征。
シャルに教えたばかりの隂伏の魔術。
皆が思った通りに動いた。
「まるでみんな操られてるみたいだった」
「誰に?」
「さあな。神様とか?」
「神様なんてろくなものじゃない」
前世を思い出し、吐き捨てるように言う。
「アルは信じてないのか?まぁ、確かに神様だとしても悪趣味だがな」
「思い通りになんてさせない」
「筋書きが神様のものとしても?何のためかなんて分らんがな」
「逆らえるよ」
逆らったし。現に。
強気で言うアジュールに可笑しそうに笑った。
「そういうとこだな。アルなら多分大丈夫だと思って巻き込んだ。悪かったな」
全然悪いと思っていない顔でルドヴィが言う。
どうせ魔力も取られたまま。
これで終わりではないのは分かっていた。
聞かざるを得ない状況にアジュールはため息をついて聞くしかなかった。
「何をすればいい?」
にやりと笑うルドヴィにアジュールは少し自分の言葉を後悔した。