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出発の朝、街の門の陰に隠れてシャルを待った。
家には遠征に付いていくと書き置きを残して、こっそり出掛けた。
帰ったらまた怒られるだろうが、クラウスが一緒なので追いかけられることもない…と思いたい。
朝早くの出発だから、まだ気付かれてはいないはずだ。
何の任務か周知されないままだったが、魔術団の遠征の話は広まっているらしく、門の前は人だかりが出来ていた。
遠征の時は大勢で激励するのが習わしだ。
シャルの一行もいたがどうするつもりなのだろう。
そう思っていたが、シャルはリーダーが他に挨拶をしている間に堂々とこちらへ来る。
ちょっと焦ったが、シャルに手を引かれて柱の陰に隠れた。
「え。ちょっと、バレバレじゃあ…」
「大丈夫!お別れの挨拶するって言ったから」
そんなんで大丈夫なのかと思ったが、シャルに言われるままダミーを作り出す。
シャルに術をかけられ、一瞬の眩暈の後気が付くと小さくなってシャルの掌の上にいた。
身体を作り替えた?
え。こんな術、知らない。
「シャル、これ…」
「しーっ。急いで戻らないと不審がられるから後で説明するね」
そういうや否やひょいとつままれ、シャルが付けているマントのブローチの中に入れられた。
綺麗な緑の半透明な石の中にするりと収まる。
知らない術ばかりで戸惑ってしまう。
(どうなってるんだ??しかしこれは…)
今やるべきことは振動を緩衝させる術を拡げるのが最優先だった。
石の中は水中のような感覚で、シャルが走るとかなり揺れる。
酔う…
(ええと、空間を安定させればいいのか)
足元がないので手の先から魔力を流すイメージで、空間を固定した。
淡い光が一瞬広がる。
「アル、挨拶すんだ?あれ?今なんか光らなかった?」
マティルさんが石を覗き込もうとして焦る。
「太陽に反射したんじゃないかなぁ」
落ち着いた返しにそっかーとマティルさんが離れてほっとした。
慌てるアジュールとは対照的にシャルは全く動じていない。
マントの留め石を大事に掴んで鼻歌歌っている様は十分怪しいが。
ルドヴィさんがこっちを見てふと目が合った気がした。
が、すぐに逸れる。
ほーっと安堵の息を吐く。
これ、心臓に悪い…。
ドキドキしながら魔術団のほうを見る。
少しの距離の先にクラウスがいた。
その目線は自分が作ったダミーのほうにある気がした。
そんなわけないな。
術で隠れているとはいえ、落ち着かなくなってこちらからも見えないように石自体に幕を下ろした。
手紙、無視して来てしまった。
怒られるだろうか。
それとも呆れられるだろうか。
クラウスの様子を見たいが、気付かれそうで結局なにも出来なかった。
行程は徒歩で行われる。
座標が定まれば転移することもできるが、訪れたことのない場所へは出来ない。
さらに帰還は転移で行う予定のため乗り物は使わない。
転移するにも多くの魔力を使うため、少しでも帰るときの負担を減らすためだ。
アルは日常的に転移を使うが通常は魔力の量を考えれば一流の魔術師でも一日に1度行えるかどうかというところだった。
単調な歩きは3日ほど行われる予定で、暇なアジュールはひたすら眠って過ごした。
魔術団とパーティの交流はあまりなく、クラウスの姿を見ることもほぼなかった。
そのうちにシャルは魔術で話すということを習得してひたすらしゃべっていたが。
シャルの魔力はかなりと言っていたが、これは魔力がどうのという話ではない。
ぽんぽん新しい魔術を法則も何もなく創り出す。
そんな存在を初めてみた。
これは十分調べる価値があると思うが、帝国が保護せず冒険者になっているのはどうしてなんだろう。
魔術には通常術式と魔力が必要だ。
術式には法則のようなものがあり、もともと開発された術同士を組み合わせて新しい術を開発していく。
シャルはそれらを考えることなく創り出しているようにも見える。
そんなことが出来る人間を見たことがアジュールにはなかった。
どうやってこれが出来るようになったか聞いてみたが、アルと話せるように考えてたら出来たらしい。
ぜんぜんわからない。
術で話す間はシャルの声は他には聞こえていない。
石を通してアジュールにだけ聞こえているようだ。
アジュールも同様に話してはいるが、どういう仕組みか外には聞こえていないらしい。
話す声だけを切り取って、共通の空間で流しているような感じだろうか?
シャルは景色を見ては、でひたすら話している。
(あのね、俺ほんとうはアルと同じ歳なんだ)
(え。本当?)
そういえば背は10歳にしては低いなと思っていた。
同じくらいの身長でギルドの周りであちこち連れまわされてる時にはよく兄妹と間違われたっけ。
(うん。大人の事情?とかなんとかで、10歳ってなってるんだ)
(シャルの家族はどうしてるの?)
(わからないんだ。8年前に孤児院に捨てられてたんだって)
(そっか…ごめん、余計なこと聞いて)
(大丈夫だよ!ルドヴィさんが引き取ってくれて、それから冒険者になれるようにずっと教えてくれたから。ギルドが家族みたいなんだ)
明るく言うシャルのそれは本心なんだろう。
(そう。シャルは強いね)
(そんなことないよ?まだまだ強くならないと。アルを守れるくらい)
(…そんな価値のある人間でもないけどね)
自嘲気味に言う。
(アルは時々大人びてるよね)
(そうかな)
(うん。時々置いていかれそうで焦るんだ)
(置いてかないよ)
そう言うと、シャルは嬉しそうに笑っていた。
前世も兄弟はいなかったが、弟が出来たようでシャルと居ると楽しい。
旅の途中、シャルといつか一緒に魔術団で仕事できたらいいのになと、呑気に考えていた。