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「遠征いつから?」
翌日さっそく王宮へ出向き、意気込んで聞いてみる。
「明後日からですね」
はぐらされるかと思ったが、あっさりクラウスは答えてくれた。
「どこで聞いたのか知りませんが、ちょうどいいですね。明日は準備に追われるので来ても相手できませんよ」
チラリとアジュールを見ただけで、クラウスは手元に視線をもどす。
「最近相手なんてしてくれてないじゃん」
ふてくされて言う。
「そうですか?まぁ、いい機会です。外聞もありますし、ここらでしばらく離れているのがいいと思いますよ」
ひどく冷たく聞こえて、一瞬息が詰まる。
「迷惑ってこと?」
突き放すような言葉が思いのほかショックだった。
「だから、毎日ではなく…」
「もういい!」
「アル?」
少し驚いたような顔のクラウスから顔を背ける。
何故か苦しくなって、クラウスの言葉も最後まで聞かず転移して逃げた。
なんで、泣きそうになるんだ。
馬鹿みたいだ。
懐かしかったのも、会いたいと思っていたのも自分だけだったんだ。
最初は嬉しそうだったのに。
最近は…少し避けている。
分かっていた。
気が付かないふりしていただけだ。
見放されたような気分だった。
別に何でもない。
何を思う必要がある?
どうせ自分は…
多くの視線が突き刺さる。
気が付くと街中にいた。
あぁ、今はアジュールだった。
目くらましの魔術をかけていないため注目されているのだろう。
キラキラと愛されるためだけに生まれてきたような天使のような容姿。
死ぬ運命のない自分。
俯いて小さな白い手を他人の物のように見る。
外見が変わっても変わらない。
前世も今も何も持っていない。
「アル?どうした」
顔を上げるとギルドの扉からルドヴィさんが顔をのぞかせていた。
いつのまにか癖でギルドまで来ていたようだ。
「なんて顔してんだ。ほら、入れ」
手を引かれてギルドに入る。
俯いていつもの元気がないアジュールに誰も話しかけてこようとはせず、奥の部屋へと連れていかれた。
そこにはダラスさんのパーティがいて、何かの打ち合せをしているらしかった。
「アル!どうしたの?」
アジュールの様子を見たシャルが駆け寄ってくる。
手を繋がれて、その温かさに少し救われた気がした。
「なんでもないよ」
「あの人にいじめられたの!?」
いじめられ…
言い方に笑ってしまった。
「ううん、大丈夫」
「シャル、まだ話が途中だ」
ダラスさんがシャルを呼び戻す。
何やら真面目な話らしい。
「ごめんなさい。邪魔して」
「いや、いいんだ。最初に抜けたのはルドヴィだしな」
そういえばルドヴィさんはなんで自分がいたのが分かったのだろう。
そう思ってルドヴィさんを見上げると、苦笑して頭を軽く撫でられた。
「ここは俺のテリトリーだからな。問題がないか管理するのは当然だ。目眩ましもかけないまんまあんなとこに居たら攫われるだろうが」
確かにあれでは人攫いにあっていた可能性は十分だ。
そんなものに捕まるほどまぬけでもないが。
というかここのメンバーに驚いた様子がないということは、目眩ましはここでは効いてなかったと気づく。
冒険者なのだからそれくらいの適正は当然か。
「アルも聞いてていいぞ。魔術団との合同の仕事だからな。関係あるだろ?」
「え…」
ルドヴィさんの言葉に驚く。
もしかしてクラウスとの?
「お嬢様だとは思ってたけど、アルってあのアジュール令嬢だったんだな」
頬杖付きながらダラスさんが言う。
「うん…」
ばれてた。
「アルは冒険者なりたいんだよね!?あんな意地悪そうな人と婚約が嫌でここにきたんでしょ!?」
「それは…」
何故か上手く答えれなかった。
シャルはひとしきり騒いでいたが、ダラスさんに怒られてしぶしぶ話に戻った。
「アルだから話すが、今回の依頼は他言無用だ」
やはり大きな事件が起こっているらしい。
しかし、アジュールだから話してもいいというのは軽率ではないだろうか。
いくらクラウスの婚約者だとしても。
かすかな違和感を感じるが、情報をもらえるチャンスを逃すわけにはいかず違和感は意識外に押しやった。
ルドヴィさんの話によると、1か月前突然南方の村が1晩で全滅したということだった。
そこは古の古龍の住む山の麓であったことと、遠目からわかるほどの炎で焼き尽くされたのが全滅の原因であり、目撃から古竜に滅ぼされたと推測された。
古龍と呼ばれる類の魔物はめったなことでは動かない。
長く生きていくうちに知性も生まれると言われており、魔王に本能のまま動かされていた魔物達とは違って大戦でもその大半はテリトリーを動くことはなかった。
強大な力でもって、小さな国一つをも滅ぼすこともあると言われている。
それが何らかの理由で動き、攻撃してきたのだ。
それがなぜか村一つを滅ぼした後は寝床である山へ帰っていったという。
村の全滅も十分な惨劇である。
立ち入り禁止となった村の調査を行う必要があった。
古竜も今は沈黙をしているが、それも十分に脅威となっている。
そこで、村と古龍の調査を魔術団とギルドで同時に調査をすることとなったのだ。
万が一戦闘となった場合、魔術団の実力であれば古龍と戦うことも不可能ではないが、厳しい。
古竜という魔力の大きな相手に軍隊で挑むのも効果が薄く、かといって他国に弱みを晒すわけにはいかない。
その結果、自国の優秀なパーティに依頼が来たようだ。
「シャルも行くの?」
「うん」
子供が行くところではないと思うが。
「シャルの魔力はかなりのもんなんだ。狙われやすいから、ギルドからうちが預かっているようなもんなんだよ」
疑問が顔に出ていたようでダラスさんが説明してくれる。
「術の未熟なところは俺が補助しているから、知識と魔力供給の合わせ技みたいなもんだね」
クラレンスさんが付け加える。
魔力が切れかけた時の同化と似たようなものなんだなと理解するが、かなり高度な技術だ。
それにそれほどの魔力の持ち主などそうそういない。
シャルを見ると照れたようにえへへと笑っている。
「俺、絶対すごい魔術師になるよ。そしたらアルを守ってあげる」
守られるほど弱くはないけどなと曖昧に笑って返す。
何だか知らなかったことばかりだ。
「でも、皆居なくなるんだ」
つい、本音がこぼれた。
「すぐ帰って来るから、心配しなくていい」
ダラスさんに頭を撫でられうんと答えたが、結局おいてけぼりなのかと落ち込む。
「アルちゃん、帰ったらお菓子作ってあげるから、ね?」
優しいマティルさんが慰めてくれる。
それからは準備物や行程など細かい打合せが行われ、近くのソファーでシャルとならんで聞いているだけだった。
「ね。アル」
「?」
ひそひそと小さい声でシャルに話しかけられた。
「アルもこっそり行く?」
「え」
「俺、隠伏の魔術覚えたんだ。今回は危なくない旅って言ってたし、アル寂しそうだから、隠して連れてったげる」
「ばれるよ」
行きたいのはやまやまだが。
「大丈夫。誰にも破られたことないんだ」
本当だろうか。
うきうきとちょっと遊びに行く感覚で誘っているシャルに普通は友達を誘うものじゃないと言いたがったが、飲み込んだ。
「行く」
隠れたりする系は苦手で、連れて行ってくれるというなら乗らない手はない。
危なくとも自分の身は自分で守れる。
出発の直前、街の門のところに隠れて待つと約束してギルドを後にした。
そこなら誰かに見られてもクラウスの見送りと思われて不自然ではない。
出発の前日王宮へは行かなかった。
母親の講義にも素直に従った。
かなり不審がられたが、知らないふりで大人しくしておいた。
静かな一日となった。
夜更けに目が覚めて、窓の外を見る。
あの丘に行けばクラウスに会えるような気がした。
でも会ってどうなるのか。
何がしたいのかなんてとっくに見失っている。
前生はあいつを生かすことを誓って。
以前はあいつが上手く生きていることを願って。
今は?
わからない。
ため息をついて上掛けをかぶって目を閉じた。
朝目が覚めると、枕元に手紙が置いてあった。
(クラウスからだ)
《すぐに帰るので、ちゃんと大人しく待っていてください》
短い手紙だった。
(来たのかな、ここに)
ぼんやりと窓の外を眺める。
外にはただ平和な朝が広がっていた。