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炎が辺りを焼き尽くす。

何処かで魔物が吼える声がした。

酷く悲しげで、哭いているような声で。

闇の中、それは炎が消えるまで聞こえていた。


「クラウス忙しい?」

机に身を乗り出して、じっと目を見つめてアジュールが問う。

クラウスはチラリとこちらを見るが、咳払いの後視線は逸らされた。

「忙しいですね」

「…ちっ」

習得したおねだりスキルが効かない。

父親ならこれでだいたいオッケーなのに。

再会した当初はいろいろ話も聞いてくれてたし遊んでくれたのに、最近は事件が起こっているらしく全く構ってくれない。

「アル、舌打ち聞こえてますよ?」

「…」

外聞を考えて愛称で呼ばれる事にも慣れた。

「何か大きい事件?」

「そうでもありません」

忙しいくせに教えてくれない。

つまらなくなってソファーへ行き、お菓子を食べてだらんと寝転がる。

レモン色のドレスがふわりと広がる。

比較的動きやすいドレスを選んではいるが、やっぱり快適には動けない。

「お菓子ばっかりだと大きくなれませんよ?」

見てないようで見てるよな。

「うるさい、ヘンタイ」

完全にふてくされて、ふて寝の体制だ。

「勉強はどうしたんですか?」

「さぁ…」

「毎日サボってますよね」

そりゃあ毎日ここにいるしな。

勉強とは行儀見習いの事で、当初は社交界デビューに向けて行われていたそれは、クラウスと婚約した事によってさらに項目が増えつつある。

アジュールには知らされないまま、婚約したと聞かされた時には何の冗談かと思ったが。

クラウス曰く、毎日のように夜中に子供とはいえ女子が師団長室に入り浸るのはまずいだろうと、堂々と昼間訪問出来るように手段を講じた、らしい。

他にもいろいろ理由があるようだが、自分にも都合がいいため反対も何もしなかった。

アジュールを一番溺愛している父親が難関であったろうが、規格外れの令嬢らしからぬ性格を見抜いた母親が恐らく丸め込んだと思われる。

売れ残り必至を感じて、婚約の申し出に逃すものかと執念を燃やす母親は容易に想像出来た。

アジュールが病弱な折にはあんなに優しかったのに。

元気になって魔術でもって屋敷の二階から飛び降りたり、散歩といいながら森まで飛行したのを見られたのがまずかったらしい。

散々怒られ、淑女の何たるかを講義され、貴族としての振る舞い方や人としての行動を諭された。

前世では親がおらず、神殿の保護の下好き放題生きていた。

まともに怒ってきたのはクラウスくらいか。

一般的な生活をしたことがないため、母親との接し方も通常の令嬢がどんなのかも知らない。

人の行動としては、そんなにおかしくはないはずだ。

現に飛行は父親にも目撃されたが、妖精のようだとべた褒めだった。

「いつでも遊びに来ていいって言ったくせに」

確かに毎日仕事が終わって仮眠した程度で起こし、夜通し昔話やら夜の外出に連れ回したのは悪かったとは思うよ?

でもずっと心配してたから、嬉しかったのとかそこらへんを酌んでくれてもいいんじゃないだろうか。

クラウスの仕事部屋は師団長というだけあり、個室でいろいろ揃っている。

王宮の中、有事に備えて居住も出来るようになっており、王族と別区画のそこは他に騎士や魔術師が生活出来る環境がととのっていた。

部屋こそちがうものの、以前住んでいた環境は酷く落ち着く。

王宮の人たちも優しいし、気が付いたら毎日ここにいた。

普段は一般人は立ち入りには許可が必要だ。

アジュールはクラウスの婚約者及び桁外れの魔力の保有者としていつの間にか周知されており、その扱いの指導を兼ねて自由に出入り出来るようになっている。

実際指導など必要ではなく、ただただ入り浸っているだけだが。

入り浸りも令嬢らしからぬ行動ではあるが、クラウスに懐いていると思われているらしく、からかわれて大変そうなのはクラウスなので問題ない。

師団長室でも自由きままに過ごしているが、アジュールの年齢により微笑ましく見守られていた。

昼寝していて突然誰か来ても可愛いと言われて怒られたりしない。

子供ばんざい。

「暇。仕事手伝おうか?」

「暇なら帰ってお勉強をどうぞ」

「…」

全くつまらない。帰っても怒られるだけだし。

アジュールが毎日逃げ出す為、教師は諦めて母親が教師代わりになっている。

鬼教師だ。

ため息をついて立ち上がる。

問題が起こっている様だが、教える気がさらさらないクラウスの傍にいても何もならない。

せっかく前世で救った(全部が自分の手柄だとは思っていないが)魔王を斃した世界が、帝国が気にかかるのか。

クラウスの抱えているものが単に気にかかるのか。

大事なことはいつも言わないからそれが知りたいのか。

理由は分からないけど気になって仕方ない。

言わないならこっちも勝手にしてやる。

「じゃあ、帰る」

行き場所を決めて、立ち上がる。

「追跡つけますからね、まっすぐ帰って下さい」

「ハイハイ」

追跡魔術が身体のまわりにキラキラ舞う。

こんなの、ダミーで誤魔化してやる。

転移。

魔術を展開する。

淡い光が足元から身体を包み込んだ。

魔術の使い方も勘も完全に戻った。

仕事もこなせると思うが、いかんせんこの身体ではそれもままならない。

将来なんて考えたことなかったから、何をしたらいいのかわからない。

普通の令嬢のように結婚をし、家を守るなんてことは到底考えられない。

こんなのではまともな生活を送ることなんてできやしないだろう。

クラウスが婚約を言い出した理由の一つはそれなんだろうなと思う。

あいつは優しいからとりあえず居場所を確保してくれたのだろう。

暗転する視界の中、自分の影を作り出す。

そっちを屋敷へ飛ばし、自分は異空間に留まり追跡がダミーを追いかけるのを確認していた。

付きまとう不安を考えまいと、異空間を抜け出す。

明るい陽が眼を射した。

その光に眼を眇めながら、自分には明るい世界より暗闇が合っている気がしていた。

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