道中
「はぁ、暇だなぁ……」
エルに繋がった縄を右手に保持し、竜車の操縦席に深く座り、左肘を左太腿に乗せて左手を顎置きにしている。
「……そういや、レイラ達静かだなぁ」
そう呟いた時、肩に小さな衝撃が加わった。横目で確認してみると、操縦席の俺の右側に座っていたレイラが、寝落ちして俺の方に倒れてきたらしい。レイラを起こさないよう、左向きに首を捻って竜車の中を覗くと、ミフィアとエミが、エミがミフィアの肩を、ミフィアがエミの頭を枕がわりに、眠っていた。
たしかに、竜車の揺れというのはなぜか眠気を誘うものではあるが、こうも全員寝落ちしてしまっては、俺が寝るわけにはいかなかった。移動に関してはエルが自分でしてくれるからいいのだが、もし敵が現れた時にはエル一匹では少し厳しさがあるかもしれない。
「ったく……」
ほとんど変わらない平原に続く道を眺めているが、それも余計眠くなってしまう。
ひとつ、大きな欠伸をした。既に央都を出てから四時間は経ったはずだ。しかしまあ、この速度では三日はかかるだろうから、あと三日、このなんの変化もない風景を見続けなければならないということになる。
「何か起きてくれたら、少しは目も覚めるんだけどな……」
そう呟くと同時、エルが大きく低い唸り声をあげ、体を小さくして竜車との結合を外し、空中に浮かんで再度大きくなったかと思うと、それを驚き顔で眺めていた俺の──実質竜車の左の今まで見てきたなかでは、少し高い草から、白い何かが飛び出してきた。
レイラが倒れかかってきているのも忘れて、操縦席から立ち上がり、背中の剣の持ち手を掴むが、その時既に遅し、その白い何かは、竜車を破壊しようと、鋭い爪を突き出していた。
しかし、それよりも僅かに速く行動していたエルが勝り、そいつの一定の太さが先まで続き、先が細くなっている尻尾を前両足で掴み、上空へと飛び上がり、後ろに回転する勢いを利用して、竜車から少し離れた位置目掛けて叩き付けた。
エルの投げる勢いもさながら、そいつもかなりの重量があったらしく、地面との衝突の瞬間、かなり地面が揺れた。俺は竜車の入り口を左手で掴んで、なんとかその揺れに耐える。
エルが降りてきて、そいつを押さえ込んで、動きを封じたところで、やっとのことでこの闖入者の正体を確認する。
「短い毛に、黒い模様。それに剣みたいに鋭い爪、か……。確か名前が、……そうだ、“クロータイガー”だ! ……にしては、白すぎないか?」
普通、“クロータイガー”は、俺が挙げた特徴に加えて、白い毛並みではなく、黄色の毛並みを持つのだ。だが、こいつは白。
『変異種だと思う』
エルがクロータイガーを押さえながら、テレパシーで伝えてくる。
変異種は、文字通り本来の姿とは異なる──つまり変異した存在だ。例を挙げるとすれば、ミフィアの種族である“アマツキツネ”改め“白狐人”は、大本となる“狐人”の間に生まれた変異種なのだ。そして変異種の共通点として、能力や技において、普通よりも上昇したステータスを持っているのだ。
「エル、そのまま押さえててくれ! すぐに刺してしまうから!」
しかし、こうして動きを封じてさえいれば、能力の違いなど誤差のうちにもならない。鞘から抜いた黒剣を、竜車から降りてクロータイガーに剣先を向けて構える。そして、そこから更に後ろに引き、俺がいつも使う剣技、“トルネードストライク”の構えを取る。
剣に風が纏い、前に進む謎の力がかかり始めた瞬間、
「シッ」
小さく息を吐き、同時に地面を蹴る。加速した体は、狙い違わずエルの腹の下をくぐり抜け、クロータイガーの脇腹から斜めに刺さり、恐らく心臓を捉えた。吹き飛ばなかったのは、突き刺さったからであり、傷を確認すれば、剣の刀身の幅や厚さに比べて、少し大きめの傷がついているはずだ。
「ふぅ、よし」
心臓を捉えたのは確実で、クロータイガーは剣を抜いた傷から血を溢れさせ、もう息もしていない。間違いなく絶命したはずだ。
「ありがとな、エル」
グルルルと低く鳴き返され、竜車に戻ろうと剣を鞘に納め──ようとした瞬間、
「グルラァッ‼︎」
今まで聞いたこともないようなエルの鳴き声が聞こえると共に、翼の付け根から血が噴き出した。その要因は──未だ傷から血が滴り落ちている、クロータイガーだった。
即座に剣を持ち直し、エルが身を呈して動きを封じているうちに、エルの背中に乗り、そこからクロータイガーの頭を、頭蓋骨ごと脳まで貫いた。これで絶命しないはずがない……いや、さっき再び動いた時点で、おかしい。心臓を刺したのだから、即死とは行かずとも動きに多少の支障が出てもおかしくないのに、むしろさっきよりも機敏になっていた気がする。
「どうなってんだ、こいつ……」
剣を持ったままの右手と何も持っていない左手を使って、エルの体からクロータイガーの頭を外す。かなり食い込んだようで、そこから血がポコポコと泡を作りながら出て来ている。
「まずいな……エル、小さい姿になれるか?」
グルルと掠れた声で鳴いたエルが、ゆっくりと小さくなり始める。俺はエルの背中から飛び降り、いつもの姿になるのを待つ。これは、傷の大きさを小さくするための判断だ。
そして、エルの体がいつものミニサイズに戻った。体に比例して傷も小さくなっている。だが、変わらず血は弾ける泡と共に出続けている。
「お兄ちゃん、どうかした?」
「エミ、治療を頼む!」
タイミング良くはないが、エルがまだ無事なうちに目を覚ましてくれたことに安堵しながら、エミに治療の依頼をする。
竜車から降りたエミが駆け寄ってきて、俺の腕の中で荒い息を繰り返しているエルを覗く。
「これ、どうしたの⁉︎」
「魔獣にやられた。そいつの始末をしておくから、治療、頼めるか?」
「う、うん、分かった」
エミが頷くのを見て、俺はクロータイガーへと近付く。
絶命したにも関わらず、こいつは動いた。つまり、まだ動く可能性があるのだ。なので、俺は剣を上段に構えて、単発剣技“レングス”を発動させて、振り下ろす。そして、クロータイガーの首と身体を分離させた。ここまですれば、流石に動けまい。
「……ゾンビ化、だろうか」
たまに変異種のみに起こる現象なのだが、その頻度は極めて低いのだ。言ってしまえば、一パーセントにも及ばない。
「……まあ、偶然か」
身体を動かすには、脳からの指令、そしてエネルギーが必要となるのだが、ゾンビ化した変異種は、指令を送る脳も、エネルギーを作るミトコンドリアもその時点で死んでいるはずなのだ。
「難しいことは分からないか。そのうち、原因も分かるだろ……」
そして、その死体をそこに放置して、俺は治療中のエミの下に歩いて近寄った。
♢
そんな事件があったが、エルはエミの回復魔法で大方回復し、一晩経ったらまた元気に竜車を引き始めた。そして、戦闘が終わっても寝ていた二人には、隣でエルが眠る中、しっかりと説教をしておいた。
普通に考えれば、あれだけの強さの魔獣がいた時点で、今回の原因はあいつだと思うだろう。
しかし、俺はあのクロータイガーが犯人だとは思わなかった。
理由は、もしクロータイガーがあの場所で移送用の馬車を襲ったのであれば、抵抗した冒険者や騎士団がつけた傷痕があってもいいものだが、俺が見たところ何もなかった。
更に、もし抵抗もせずにやられたのだとしても、人や馬が斬られた時に出る、血の跡が残るものだ。しかし、昨日そこで野宿したついでに確認したが、やはりそんなものはなかった。
それらの理由から、俺はクロータイガーが襲ったことによって、央都に運ぶための馬車を、人及び馬諸共やられたという説を排除した。
そして二日後──日も暮れ出した頃に、俺たちは今回の旅先である、ベリル村に到着した。
ベリル村に着いたレンは、今起きている謎の現象について話を受けた。しかし、その原因は全く分からずじまいで──次回、「現状」
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