不作現象
現王からの頼みでベリル村へと向かうレン達。しかし、道中何も起きないほどレンの運は良くなく──次回、「道中」
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マリオネットとの戦いが終わり、三日が経った。ミユリス誘拐の犯人として扱われていた──現王にはそのことは伝えられていない──二人は、無事に容疑が晴れて、釈放された。
ヴィレルは、あまり国を空けるのも今代理をしている人に迷惑をかけるから、ということで、一度ラキュールへと戻った。隊長兄妹に関しては、再び指南を始め、俺たちパーティーは、使者の討伐を終えて、ヴィレルに頼んで竜車を回収してから、何故か王城にてのんびりしていた。たまにあの現王と会うものだから、気が気ではない。
そして、今日も王城でのんびりしていた俺は、トイレのために部屋を出て、現在その部屋に戻るところだ。
そして今、酷く嫌な予感が俺を襲う。ここで襲う嫌な予感は、大抵あいつだ。
俯き気味に目の前のT字の通路を過ぎる。ちらっと確認したが、やはり現王がこちらへと歩いて来ていた。なんか悩んでいるような表情だったが、まあ、気にしないでおこう。……と、したのに、
「小僧、良いところにいたな」
「……ゲームの相手なら、あんたの息子か孫にでも頼めよ」
この三日間、一度だけこいつとオセロをしたのだが、あまりにも弱すぎてバカにしそうになったのだ。したら殺されるから、しなかったけど。
「そうではない。ワシは今、悩んでおるのだ」
「見りゃわかるよ……んで、なんだ」
この王は、既に俺がタメ口で話そうが気にしなくなった。俺が騎士団よりも強いと判断したのか、はたまた、俺が一番魔王軍に対抗するのに大きな戦力だと判断したのかは知らないが、まあ、楽で助かる。
「部屋で話す。付いて来い」
えー、やだ。などと言うわけにもいかず、仕方なく付いていくことにした。
♢
連れてこられたのは、尋問室だった。何故ここなのかは、全く理解不明だ。もしや、遂に堪忍袋の尾が切れて、俺を殺すのだろうか。
「貴様の腕が立つことは認める。そこで話があるのだ」
「クエストとかなら、ギルドで出せばいいだろ。それに、騎士団だっているんだからよ」
「冒険者も騎士団も、魔王軍騒ぎでそれどころではないのだ……そこで、一番魔王軍への耐性が強そうな貴様に頼んでいるのだ、癪だがな」
癪なら頼むな。
「貴様、ベリル村という村があるのは知っているな?」
「あぁ、ここに来る途中で世話になったしな」
二日ほどしか滞在しなかったが、かなりの量の野菜をいただいた。お陰で、かなり食費が浮いたのだ。
「央都では、二週間に一度、ベリル村から野菜を、ミール村からは肉を取り寄せているのだ」
それは初耳だった。しかし、この央都で農業だの酪農だのはなかなかに厳しいだろうからな。
「それで、それがどうしたんだ?」
嫌そうな態度を取りながら、現王に聞く。実際、こんな奴と二人きりでこんな尋問室に入っている時点で嫌なのだが。
「先週が送られてくる予定の日だったのだが、ミール村は来たものの、ベリル村からは一週間が経っても来ないのだ」
「急に不作になったとか、凶暴な魔物に襲われた……とかじゃないのか?」
「可能性としてはあるのだが……」
しかし、後者は恐らく確率は低いだろう。央都に送られてくる食料なのだから、その移動の際にはクエストで募った冒険者や、騎士団が付いているはずだ。その護衛が簡単に破られるような魔獣が出れば、既にレイドクエストが出ているはずなのだ。しかし、今のところ、大規模なレイドは出ていない。せいぜいスライムくらいだ。
そして、前者もなかなかにないだろう。最近降水量が少ないのは否めないが、俺たち冒険者に頼めば、魔法で無限に水なら作れるのだ。虫にやられた可能性もあるだろうが、そんな簡単にあの大規模な畑が荒らされるとは思わない。
「……いや、可能性は低いな。だとすると、やっぱり何か予想外の事態が起きたのか……?」
「ワシはそうだと考えておる」
「……で、俺たちにその調査を依頼、か」
「うむ。しばらくは騎士団の隊長の二人を央都から出すわけにはいかぬが、貴様のパーティーのレベルなら、多少のことは問題なかろう」
「レベル一にそれを言うかよ……まあいい。あそこは俺も世話になったからな。報酬は期待するぜ」
「考えておこう」
俺は席を立ち、尋問室の扉のノブに手を掛ける。
「……あんた、ちょっと性格丸くなったんじゃないか?」
「たわけが。ふざけたことを言うでない。貴様もバチに当たりたいのか」
理解した。現王が優しくなった理由は、この前の“腹切り病”のせいだ。
「まあ、クエストはやるよ。あんたはのんびりしてろ」
そう残して、尋問室の扉を開ける。何故ここだったのかは、結局最後まで分からなかった。
♢
「と、言うわけだ」
「んー……確かに、可能性としてはその二つは低いよね。これは調査するの、必要かな」
レイラ達に現王の話を伝えたのだが、調査に関しては賛成らしい。
「じゃあ、今から出発だね。移動はどうするの? 魔王軍の動きが確実になっちゃったから、ミナに転移魔法は頼めないよね? 私も後五か六くらい届いてないし」
「そうだな……久しぶりに、エルに竜車を引いてもらうか? その方が道中の危険魔獣に関しても調査が出来るし、最悪討伐も出来る」
「竜車引けるの?」
エルが聞いてくる。
「ああ、頼めるか?」
「おう、任せろ! 竜車引くのは、結構楽しいからね」
楽しい……んだろうか。まあ、感じ方は人それぞれか。人じゃないけど。
「ミフィアとエミも、行くのでいいんだな?」
「ん。馬車の旅、久しぶり」
「竜車だよ。私は地上の竜車の移動は初めてだから、ちょっと楽しみかな」
「楽しめる状況かは、その時次第だけどな……よし、それじゃあ行くか。このメンバーだけでの、はじめてのクエストだ」
この前はこのメンバーでマリオネットと戦ったのだが、ダンジョンの外ではヴィレル達が戦っていたのだから、俺らだけのクエストとは言えなかっただろう。
そして、央都の馬車置き場から俺らの竜車を回収し、エルにそれを繋いで移動の準備を完了する。
「よし、出発だ」
「「おーっ!」」「ん」「グルルル!」
レイラとエミ、ミフィア、エルのそれぞれの返事を受けて、俺はエルに移動開始の合図を送った。
♢
「あら、今度はマリオネット。そのレンという冒険者は、そこまで強いのかしら?」
「少なくとも、あいつとその仲間が揃ってたら、場合によりゃあ我よりも強いかもしれないな」
「ウィンがそんなこと言うなんて、珍しいじゃないの。なぁに、因縁の相手の息子だから、また戦いたくて、うずうずしてるのかしら?」
「そうだな、そりゃ戦いたい。でも、万全の状態じゃねえと、我では奴は倒せないからな。もしくは、あいつ一人の時にやるか」
背中に蝙蝠のような翼を生やした魔王軍の使者──かつて一度、レンとの戦いを行い、その場で腕を斬り落とされたウィンブルは、現在はその腕の治療にあたっているため、本気で戦うことが出来ないのだ。
そして、その話し相手をしているのは、
「そうねぇ。また、誰か死んじゃったら、魔王様が精神崩壊しちゃうかもしれないしね。無茶は禁物よ」
「わーってるよ、クロ」
クロと呼ばれた女性だ。しかし、普通の人とは違う。ここは魔王城、マリオネットのような、死んでここに加入した者を除けば、人など存在しない。
つまりその女性も魔族の一人であり、緑の長い、ゆるいウェーブのかかった髪を持っている。そして、肌に人やウィンブルに比べて、僅かな緑が入っているのだ。
「私は万全だから、次は私が行こうかしらね。ナグマズはずっと寝たまま起きないし、魔王様も奥に篭っちゃったし。手始めに、ちょっとした意地悪でもしちゃおうかしら」
「飢え死にはさせないでくれよ、我が楽しみがなくなってしまうからな」
「大丈夫よ、多分」
クロはそう言って、ウィンブルに笑顔を残して魔王城を去った。三人──ウィンブルも含めば四人目の、魔王軍使者が動き出した。




