オロチの弱点
私の詠唱はほとんど終わった。ヴィレルも大方終わったらしく、お互い残りは式句を唱えたら魔法が発動する。エミとミナは頬に汗を伝わらせている。攻撃が当たらない焦りは少ないだろうから、推測できる理由は魔力の枯渇だろうか。
「レイラよ、よいな」
「うん」
私が頷くと同時、ヴィレルの声が響き渡った。
「今じゃっ!」
エミとミナの攻撃が続く中、私は最後の式句を唱えた。
「《フレイムプリズン》!」
そして、私の中にある魔力の大半を注ぎ込んだ魔法は、厄介そうに二人の魔法を回避していたオロチを炎の牢獄へと閉じ込めた。
「よくやった。《バーニングネオ》!」
そして、再びヴィレルの声が響き渡り——
♢
オロチが炎の牢獄に閉じ込められたのを確認した俺は、ヴィレルの作戦を察した。気配からして、オロチはあの牢獄に閉じ込められているのは確実だ。しかし、何故か嫌な予感が俺を刺激している。
「《バーニングネオ》!」
ヴィレルの声が響き渡り、炎の牢獄が純白の爆発に呑まれた。これで耐えるものはいないだろう。そう思ったのも柄の間、俺は煙の尾を引きながら何かが爆発の中から落ちていくのを視認した。嫌な予感が更に強くなり、俺はエルの背中から飛び降りた。
落ちていくものに向けて飛び降りたが、崖までは十二メートル、落ちていくものまでにも八メートルはある。そこで俺は、飛距離が十メートルある“トルネードストライク”を発動させるべく、黒剣を大きく後ろに引く。剣を風が纏いだし、緑色に発光したところで、剣を前に突き出す。足場がなくとも、剣技の謎の力があれば勝手に前に進むのだから、おかしなものである。
俺が崖への距離残り七メートルになった時、煙の尾を引く何か——いや、もうあれはオロチで間違いないが——が崖へと直角に移動した。こちらの速度は秒速三十メートル、オロチは大体秒速十メートルくらいだろう。速さで見ればこちらが三倍だが、距離で見れば二倍ほどある。間に合わないことはないが、かなりギリギリになるだろう。
残り二メートルで剣技が終わり、剣技の流れで崖へと脚をつける。二本の剣を右側で合わせて構えると、二本の剣が白く発光した。かなり久しぶりに使う剣技、二刀流水平斬り“ツインクロー”だ。
崖を蹴って剣を振ると、剣と何か硬いものが衝突した。衝撃波で煙が吹き飛び、そこにいたのは——案の定オロチではあるが、何故か髪が短くなっていることを除けば、皮膚が炭化していることもなく、服も多少焦げてはいるが、先ほどまでとは変化がない。
「まさか、“バーニングネオ”を耐えたのか……!?」
両手に感じるしびれるような衝撃に耐えながら、オロチに向けて質問を向ける。
「確かに、さっきのは危なかったが、何ともないぜ」
両腕にかかる重量が増し、再び崖に足が付く。
「どうせお前はこのまま死ぬ。最後に教えてやるよ、どうやって今のを躱したのかな」
獰猛な笑みを浮かべ、更に右こぶしへと力をかける。俺も両腕に限界の力をかけているが、少しずつ押されている。崖に少しずつ足が食い込みだし、オロチの意図を察する。つまり、崖を崩してその上にいるメンバー全員を落とそうとしたのだ。脳筋っぽさのある雰囲気ではあるが、もしかしたら案外策士なのかもしれない。
「髪でヤマタノオロチを作って、強引に炎の牢獄を破り、即席の盾を作ったんだよ。おかげで髪はこのざまだが、ダメージはほとんどねえ」
オロチとヴィレルはコンビを組んでいた。なら、歳はほぼ同じだろう。つまり、五十年ほどの短い人生の中で──俺よりは三倍近く長いが──ここまでの応用力を身につけたというのか。それなら、かなりの鍛錬を積んだはずだろう。
そんなことを考えていたせいか、気付くのに一瞬遅れた。オロチの右腕が徐々に鱗に覆われていたのだ。つまり、このまま俺を捕食して、勢いを残したまま崖も破壊するつもりなのだろう。
そこまで分かったはいいが、対処法が思いつかない。仕方なく、俺は即座に詠唱を始め、式句を唱える
「──《フリーズミスト》ッ!」
今までで一番の高速詠唱なのではないかと思わせるほどの詠唱が終わった。この魔法を選んだ理由は特にないが、ただ一瞬頭を爬虫類は変温動物だということが過ぎったからだ。
別に期待はしていなかった。効果はなく、このまま押し潰されるのだろうと思っていた。だから、魔法陣が現れた瞬間にオロチが目を見開いたことと、俺の周りが霧に包まれて気温が下がった瞬間、オロチの力が圧倒的に弱くなった時は、かなり驚愕した。
これは勝機だと感じ、即座にオロチを押し飛ばした。ヴィレルの血のおかげで、この霧はかなりの時間残り続けるだろう。
剣を振り抜いた勢いで崖に食い込んだ足が抜け、落ちたところでエルの背中に着地する。霧は濃いが、俺は索敵で相手の位置がわかる。だから、オロチが空中で静止しているのも把握済みだ。
「エル、一度上に戻ってくれ」
グルルと鳴き声が聞こえると、上からの衝撃が襲う。エルに跨って、周囲を確認するが、やはり何も見えない。気配で全員無事なことは分かっているが。
エルが着地したのを感じ、俺も背中から飛び降りる。
「レン坊よ、オロチはどうなった?」
「まだ生きてる。俺はエルに乗ってオロチの背後に移動するけど、その後すぐに霧を消滅させるから、魔法の詠唱をしておいてくれ」
「了解じゃ。他の者も、よいな?」
「うん、大丈夫」「もちろん」「大丈夫です」諸々の返事が返ってきたところで、ジュンとミフィアの行動をどうするか模索する。
「……ジュン、ミフィア。俺が背後に回った後は、あいつはまたヤマタノオロチで攻撃をしてくると思う。魔術師組を守ってくれ」
「今回は脇役ばっかだが、任せろ」
「ん、了解」
二人の返事が返ってきたので、俺はもう一度エルに飛び乗る。少し霧は晴れてきて、元は二メートル程の見渡しだったが、現在は五メートルは見渡せる。
「よし、じゃあ、頼んだぞ」
エルの首を軽く叩き、浮かび上がったのを確認し、オロチの位置を探る。ヴィレルの“バーニングネオ”で髪は短くなっていたが、それはヤマタノオロチ作成には影響しないだろう。
さっきの現象で、オロチは気温が下がると動きの速度、力の入れ具合まで弱くなることが分かった。だから、俺は即座に詠唱を始める。
「──《カバードカモフラージュ》」
白い魔法陣が前に突き出した俺の右手の先に現れる。そして、俺とエルの姿を隠すようにイメージしながら、魔力を注ぎ込む。これでおそらく、俺とエルは完全に姿が見えなくなったはずだ。
そして、オロチの背後へと回り込んで、霧が消滅するイメージをする。すると、さっきまで空間を包み込んでいた霧が消滅した。目前数メートル先には、オロチの背中が見えている。背中ではあるが、そこからはとてつもない怒りが垣間見える。
「……全員、ぶっ殺してやる。お前らみたいな外道供、一人残らず、この世から消し去ってやるっ‼︎」
オロチが叫ぶと同時、俺の予想通り髪が八匹の蛇へと姿を変え、崖の上のメンバーへと突き進む。
「《スピニングカット》!」
ヴィレルの魔法、風属性上級魔法の“スピニングカット”が三匹の首を斬り落とす。そして、その風の刃は消えることなくオロチへと飛んで行くが、オロチはそれを難なく躱す。そして、斬り落とされたところから、再び首が生えてくる。
残った五つの首はジュンとミフィアの剣により軌道が変えられたり、斬り落とされたりして攻撃は止められた。しかし、これも再び首が生えて、同じように攻撃が再開される。
レイラ、ミナ、エミの魔法がオロチに向けて飛び交うが、それを全て完全に回避する。あの怒りの中でこの動きが出来るのだ。やはり手練れだと実感させられる。
このまま見ていても勝負は決しそうにも見えるが、そうにもいかないだろう。もしあの四人の魔力が尽きればそこからは一方的になる。
「《フリーズミスト》」
今度はゆっくりと唱える。威力はさっきより抑え気味で、気温の減少度は同じ、濃さは薄めだ。だから、視界はさっきに比べだいぶ効くだろう。
そして、エルの背中の上で突き出した右手の先にできた青い魔法陣から、薄い霧が噴き出して、周囲を白く染めていった。
レンの魔法で追い込まれたオロチは、人間に対する文句を言い始める。それを聞いたレンはオロチを殺すことに躊躇いを持ち始め──次回、「魔王軍が攻める理由」
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