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魔法陣の強化

痛い、痛い、熱い、熱い、苦しい、苦しい。息が出来ない、吐き気がする、涙が流れる、このまま死んでしまう。


誰かに呼び掛けられている気がするけど、それに気を向けることすらままならない。内臓が焼かれている。この痛み、いつまで続くんだ。ジュンに刺された時よりも痛い。


コートが汚れることも気にならず、俺は地面をのたうち回る。ヴィレルは何が目的でこんな苦しみを俺に与えるのか。なんでこんな思いをしなければならないのか。つくづく俺は不運な男だ。


「《ヒール》」


僅かに鼻声っぽさのある声が響いた瞬間、痛みが引いた。しばらくの間蹲り荒い息を繰り返していると、少しずつ落ち着いていった。


「レン坊よ、落ち着いたか?」


「……何を、したんだ」


ヴィレルの血を飲んだ瞬間、俺は先ほどの苦しみを味わった。涙を浮かべた目を細めてヴィレルに睨みを向ける。バツの悪そうな顔をしてはいるが、こうなることの説明もなしに飲まされたのだから、信用ならない。


「すまなんだ……これをするのは何度目かのことじゃが、今まではそんな風にならなんだのじゃ。叱責はのちに受ける故、今は許してはくれんか?」


許せと言われても、ここまでの苦しみを受けて許す方がおかしい。それに、身体に変わったところはないし、強くなったような気もしない。


「……妾はこの二人の目覚めを待ってから行く故、動けるものでヤマタノオロチと戦ってはくれんか? 今のレン坊がおれば、妾なしでも対抗は余裕なはずじゃ」


どこからその余裕が来るのか、まったくもって分からないが、今はその対抗する力というものを信じるしかなさそうだ。ヤマタノオロチの気配は動いてはいないが、もう長くは持たないかもしれない。


「……ヴィレル、あんたを恨むかどうかは、その力で判断する。エミはここに残って、エルのことを頼む」


エミが頷き、ヴィレルは安堵の表情を見せる。レイラがエルと干し肉を渡すのを確認し、立ち上がってコートについた土を落とす。


「……レイラ、ミフィア、行くぞ」


「うん」


「……ん、了解」


黒剣を鞘から抜き、右手に装備する。白剣はポーチにしまったままにして、今は一本装備で挑む。理由は、動きやすさだ。


ヴィレル達に背を向けて、滝のある方へと歩みを進めた。



陽の光も浴びることが難しい鬱蒼とした森を抜け、先程までヤマタノオロチと戦っていた空間に戻る。案の定、目の前に八つの首がうねうねと動きながら存在していた。


やはりまだ恐怖は抜けきらないが、最初に比べればマシになっただろう。冷や汗が背中を伝うだけになった。


「……とにかく、ヴィレルの言う効果がどんなものか試す必要があるな。あいつは魔術師だ。魔法に関連するもの……もしくは、バフだろうな」


小さく呟きながらそう確認する。レイラとミフィアは敵の姿が見えないために、俺の指示を待っている。


黒剣を目の前の赤い眼の首に向けて、火の玉をイメージする。使うのは、中級魔法の"フレイムショット"だ。


「《フレイムショット》!」


赤い魔方陣が剣先に現れ、そこから三つの火焔玉が飛び出す。ヤマタノオロチはその威力はたかが知れていると思ったのか、回避する素振りは見せず、その隣にいた青の目と白の目の首が後ろに助走のように引く。しかし、その火焔玉が赤目の首に触れた瞬間──


ズオオォォォ──────ンッッ!


という猛烈な音が響き渡り、赤目の首だけでなく、隣の助走をつけていた青目と白目の首も先の三角の頭が吹き飛んだ。


「……な、なんだ、今の威力」


威力だけで見れば、"バーニングネオ"に負けず劣らずの威力だった。赤目の首は鼻先から長さ数メートルほどまで失われている。そこから血が流れ落ちているのは、言うまでもない。ほかの損失した二つの首からも、当然血は流れ落ちている。


数秒間空中に静止していたが、ゆっくりと崖の下へと消えていった。


「待って、首が三つ減ったよ……今のって、"フレイムショット"だよね……?」


「あ、ああ……ん? お前、見えるのか?」


「うん……いまの爆発した瞬間から、ずっと見えてるよ」


「……ミフィアは?」


「同じ、見えてる」


ヤマタノオロチに怖気付いたのか、俺の魔法の威力に度肝を抜かれたのかは分からないが、二人は目を見開いて汗を頬に伝わせている。


しかし、これでヴィレルの言っていた能力について把握した。魔法の威力向上──なのだろうが、消費した魔力量は元の威力の時と変わっていないように思える。レベルの確認も行ったが、相変わらずの一である。


「……まさか、あれほどまでの威力になるとはな」


「ヴィレル……」


いつの間にか髪は整えられ、服は解れて破れたままではあるが、多少佇まいがさっきよりマシになったヴィレルが俺の後ろに立っていた。


「しかも、一発で見えるようになるとはのう。期待以上じゃ」


その頬に僅かに自慢げを感じさせる笑みを浮かべ、ヴィレルが言う。


「……レン坊、このまま奴は押し切るぞ」


「奴は……なんだよ、そのまだ戦いは終わらないみたいな言い方」


「その通り、ヤマタノオロチを倒したところで、戦いは終わらん……じゃが、それは後じゃ。こ奴だけでも十分に強い。なんとしてでも倒すんじゃ」


「……分かった」


 煮え切らない気持ちを心の奥底にしまい、正面の五つまで減った蛇の首集団を見やる。赤目、青目、白目が消滅した今、かなり勝率は上がったし、ヴィレルたちにも姿が見え、その上自動治癒も今は発動していない。今のうちにごり押せば勝ちはほぼ確定だろう。


「……高火力、それこそ“バーニングネオ”で蹴りをつけるのはだめなのか?」


「時間の短縮にはもってこいじゃが、この後もまだ一戦残っておる。戦力の消費は控えた方がよいじゃろう。妾はまだしも、レイラとミナは一発撃てば魔力は残らんじゃろうからな」


 ヴィレルが魔力を与えればいいものだとは思うが、それこそそれでヴィレルの魔力が尽きては元も子もない。


「安心せい。お主の今の魔法の威力をもってすれば、“バーニングネオ”以上の威力を出せるじゃろうよ」


 確かに、さっきの“フレイムショット”は“バーニングネオ”に負けず劣らず強かった。しかし、さっきは魔力の消費量がいつもと変わらないとは思ったが、それは感覚の問題で実際はもっと消費している可能性もある。


「妾の血の効果じゃがな……簡単に言うと、魔方陣の強化をするんじゃ」


「魔方陣の強化……?」


 魔法の強化ではなく、魔方陣の強化——どういう違いがあるのかは理解できない。


「魔法の強化というのは、威力上昇のために魔力の消費量を底上げするんじゃ。レベルが上がった時に起きるのは、この魔法の強化じゃな。魔力量の上昇に伴うから、別に問題はないんじゃが。そして、魔方陣の強化というのは、──魔法というのは魔方陣を通して具現化するんじゃが──少ない魔力量で強い魔法を使えるようになる……端的に言えばこうなるの」


 かなり端的だが、むしろ切迫しているこの状況では、ざっくりした説明の方がありがたい。


「なるほどな……詳しくは今度聞かせてくれ。今は、あの残り五つを消滅させればいいんだな」


「そういうことじゃ。お主の魔法の火力は、今までの数十倍にまで上がっておる故、簡単に倒せるじゃろうな」


 俺は小さく頷いて、剣を引いて腰を落として構える。そして、詠唱を始める。


「燃え尽くす炎の魔力よ、我が剣に纏いつき、全てを焼き切れ。《フレイムソード》」


 手首のあたりに赤い魔方陣が現れ、回転を始める。すると、黒剣が炎に包まれだした。そのタイミングで地面を蹴ると、いつの間に準備をしていたのか、ヤマタノオロチのすべての首が、タイミングをずらしながら俺へと突進してきた。一度光線は塞がれているから、無意味なことは悟っているのだろう。


「りやぁぁ——っ!」


 雄たけびを上げながら突っ込む。正面から複数のシャ——! という鳴き声を聞きながら、蛇の集団へと突っ込んでいき、——感覚的に一体化した剣を振り回し、順番に突進してきた首を斬り落としていった。同時に多方向から来れば、向こうにもまだやりようはあったかもしれないが。


 剣を一度勢いよく薙ぐと、炎が消滅し、俺の手首にあった魔方陣も消滅した。


「……まだ終わりじゃないんだよな」


 周囲に倒れ伏しているヤマタノオロチを見回し、そう呟く。ここからさらに巨大化するのか、もしくは新たな敵が存在するのか——そんなことを考えていた時、この場にいる誰のものでもない声が響いた。


『まさか、この俺のヤマタノオロチがやぶられるとはな……』


 男にしては高く、女にしては低い——言ってしまえば、中性的な声が聞こえてきた。そして、首を失くしたはずの五つの蛇の体が、ズルズルと地面を、崖の下へと向かって動き出した。


「な、なんだ……?」


死体が動くという奇妙な現象に驚きながらも、安全の確認をすべく、周囲を見回す。ヴィレル以外は驚きの表情で今起きている現象を見守っているが、等のヴィレルはこの先に何が起きるのか知っているのか、険しい表情で崖を見つめている。


『でも……調子に乗るのはここまでだ。久しぶりに戦うが、お前ら程度なら問題はないな』


そして、声の主が姿を見せた。


身長は155センチほどある、ミフィアと同じくらいで、逆立った髪はヤマタノオロチの鱗を思い起こさせる鈍く光る黒。赤い瞳は、殺意が込められていて、ヤマタノオロチと同等──いや、それ以上と言っていいほどの恐怖を俺らに与えた。


紫がかった黒の衣類に身を固め、装飾品や防具の類は見当たらない。しかし、たったそれだけの装備から、尋常じゃないレベルの付与エンチャント補正が付けられているのがヒシヒシと伝わってくる。


「さぁ、今からが本戦だ」


目をギラリと光らせ、瞳孔を縦に細める。口元に獰猛な笑みを浮かべたその表情は、腹を空かせた獣そのものだった。

ヤマタノオロチを倒したと思った瞬間、謎の少年が姿を見せた。レン達は新たな敵に驚く中、ヴィレルはまるで知り合いだったかのようにその少年と会話を始め、そこでヴィレルの過去が暴かれる──次回、「ヴィレル・ヴァンパリウスの過去」

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