ヴィレルの秘策
「エル、白眼の首だ!」
俺の合図のコンマ数秒後、エルの口から純白の光線が白色の眼をしたヤマタノオロチの首のひとつを襲う。鱗が僅かに剥げるが、それも数秒後には元に戻ってしまう。
ヤマタノオロチから飛んでくる青い光線を避け、その後も三連続で突進を避ける。エルの反応速度のおかげでなんとかなっているが、ヴィレル達にタゲを行かせないために熱線を何度も酷使している。エルの消費体力を考えると、残り飛行時間は十五分、熱線は二発が限界か。
飛ばされた勢いが強かったから、当たった木が倒れていて三人を探すのは難しくはないだろうが、回復に時間がかかる可能性がある。もし間に合わなかったら、俺もエルも万事休すだ。
「エル、もう少し頑張ってくれ……!」
俺の噛み殺すような呟きを聞いたエルが、低く唸った。
♢
ヴィレルにジュン、ミナを一箇所に集めて、私とエミの二人で円陣魔法にて回復をし続けている。最初は三人とも至る所の骨が折れ、飛ぶ際の木との衝突で至る所に無数の傷を作り、出血も酷かったのだが、今のところは少しずつ収まってきている。しかし、あの出血量だと戦線離脱を考えるべきだろう。ジュンと戦った時のレンと同じく、貧血症状で戦いに支障が出るかもしれない。
「「《サークルヒール》!」」
私とエミの声が重なり、川の字に寝かせた三人をぎりぎり範囲に入れる私の創り出した黄緑の魔法陣と、その一際大きなエミの魔法陣が輝く。もう少しで回復は終わるはずだが、レンとエルが無事なのかが気掛かりではある。既に二十分近く回復を続けているから、エルが全神経を使って回避、それに熱線でのタゲ集めを今までずっとしてきていたのなら、限界も近い。
「う……くっ……!」
ヴィレルが僅かに開いた口元から、小さなうめき声を漏らした。
「ヴィレルっ!」
ヴィレルの横に駆け寄って、屈みこんでヴィレルの顔を覗く。
「おぉ、妾はまだ、生きておるのか……」
「うん、生きてる……無事でよかった」
「そうじゃな、お主らのおかげじゃ……じゃが、レン坊はあのドラゴンと残って戦っておるんじゃろうな……」
流石多くの戦場を生き残っただけはある。この場にレンとエルがいないだけで、何をしているのかを悟ったらしい。私もただ探せと指示を受けただけで、レンが残った理由はついさっきまで分からなかった。
「うん、そうだよ……でも、ヴィレル達はもう戦うのはやめた方が……」
「む、終わったか……」
「お、終わった……?」
ヴィレルの呟きの意味がわからず、私はそのままリピートした。エミはまだ目を覚ましていないジュンとミナの回復に勤しんでいる。
「この辺に瓶がある。取り出してくれんか?」
ヴィレルが右手を震わせながら──まだ痛いらしい──左胸の辺りを指さした。確かによく見ると、右胸に比べて少し膨らんでいる。
頷いてそっと懐に手を忍ばせると、ひんやりとしたガラス製の瓶に指先が触れる。何に使うかの用途は分かりかねるが、これが何かこの戦いに勝機を見出してくれるのだと信じて、瓶を取り出す。円柱で縦長、捻って開けるタイプの小瓶だった。
「蓋を開けてくれ」
思ったよりきつく閉まっている蓋を握力全開で開ける。
「よし。では、レン坊を呼んできてくれんか?」
「で、でも、タゲがこっちに向いたら……」
「安心せい。レン坊に物を渡すだけじゃ」
ヴィレルが顔を顰めながらゆっくりと上半身を起こす。
「ほれ、それを渡さんか」
「は、はい……」
ヴィレルの命令口調に押されて、おずおずと瓶を渡し、蓋をヴィレルの隣に置く。
「これがこの戦いを終末に導く、鍵になる。そして、この効果はレン坊にしか効かぬ上に、レン坊の能力でなければ奴は倒せんのじゃ。今にもあのドラゴンは命を削っておるのじゃ、早く行ってやらんか」
私はもう、信じる事しか出来ない。戦うことも出来ないし、回復においてもまだ下手だ。なら、歴戦の英雄と言ってもいいであろうヴィレルの指示に従う方が、得策かもしれない。
「分かった……すぐ、戻る」
「うむ、任せたぞ」
私はヴィレルの指示に従い、レンを呼びに行くことにした。この行動がどう作用するのかは、全く分からないけど。
♢
更に五分が経った。エルは速度が少しずつ落ち始め、さっき一度突進が翼に掠った。熱線も一度使ったから、そろそろ休ませないと本気でやばいかもしれない,
右に飛行方向を変えて、正面からの突進を避ける。今度はダメージはないものの、エルが耐えれるのはもう十分をきった。一度逃げて大勢を整えるべきだとは思うが、ヴィレル達の回復がまだ終わっていないだろう今、俺はこのままタゲをこちらに向け続けることしか出来ない。
「エル、光線くるぞ!」
首の右側を叩いて、右から黒の光線が放たれようとしていることを知らせる。しかし、
「お、おい……エル?」
エルは一度首を曲げて視線を俺に向けた瞬間、降下しだした。そして、光線は俺の頭の上を通り過ぎて行ったはいいが、エルとエルに乗った俺は、真っ逆さまに地面へと突っ込んで行った。
「ぬわあぁっ!?」
エルが首から地面に突撃し、俺はその勢いで背中から放り出される。したたか背中を打ったが、一瞬顔を顰めるだけに留め、エルの様子を気にする。
「エル、大丈夫か……!?」
エルの息は弱く、そして荒かった。やはり体力を使いすぎたらしい。エルが生まれてから既に半年近くが経過しているが、それでもドラゴンの中では子供なのだ。やはり体力的には少ないのだろう。
そして俺の目の前で、エルがみるみる縮小していった。
「おつかれ、エル……」
そっと"ヒール"をかけて、両腕で抱き上げる。ヤマタノオロチが攻撃態勢に入っていないのを確認し、エルを邪魔にならず、タゲにもされない場所に移動させるべく周囲を見回す。
「……レイラ?」
その時、かなりの速度で気配が近付いているのを感じ、その気配が俺の仲間であるレイラと同じものだと認識する。
「レン、無事っ!?」
森の中から姿を見せたレイラは、ローブの至る所を枝や葉を付け、枝に引っ掛けたのか解れているところもあり、息は荒々しく肩で息をしている状態だった。
「俺は無事だけど……ヴィレル達はどうなった?」
「ヴィレルが、レンを、呼んでこいって……」
何度か大きく呼吸をした後、
「すぐに来て。話があるみたいだから……なんか、戦いの鍵になるって言ってた」
「戦いの鍵……なるほどな」
遂にヴィレルの言っていたやつが終わったらしい。効果は俺も知らないが、もう今はこれに頼るしかない。
「分かった」
レイラに頷いてから、ヤマタノオロチを確認。突進をする様子も、光線を放つ様子もない。妙に落ち着いているのが気になるが、今はそれを活用させてもらおう。
「エルはもう限界だ。回復して、これを食わせておいてくれ」
レイラにエルを預け、ポーチから干し肉を取り出す。「分かった」と頷き返すのを確認し、二人で森の中に姿を消した。意味があるかは分からないが、俺はコートの"隠蔽付与スキル"を発動させておいた。
♢
ヴィレル達がいるという場所に案内され、その場所で見たものは、服の至る所が破れたヴィレル、ジュン、ミナと、回復で疲れたのであろう座り込んだエミ、周囲を第六感で監視するミフィアだった。
「……来おったか」
「出来たってことで、いいんだよな」
まだ目を閉じている隊長兄妹を一瞥してから、話しかけてきたヴィレルに視線を向ける。
「うむ……これを飲むのじゃ」
ヴィレルが差し出してきたのは、赤黒い液体の入った小さな瓶だった。分量的には百ミリリットルほどだろうか。
「……血?」
「そうじゃ、妾の血じゃ」
若干不快感を覚えてしまうが、でもこれが鍵なのだと言うのだ。それにヴィレルは吸血鬼だ。血に関係した何かがあってもおかしくはないだろう。
「飲むのじゃ」
「……分かった」
ヴィレルから瓶を受け取る。抵抗がないわけではない。女性の血を飲むなど、一生経験しないであろうことをしようとしている上に、何が起こるのか分からないのだ。
「説明の暇はない。飲んだ後はその効果を自分の目で確かめてくれ」
確かに、時間はないのだろう。なんせヤマタノオロチは静止してはいたが、恐らくあれも一時的なものだし、いつ攻撃を再開するか分からないのだ。
緩く閉められた蓋を開けると、人間の血と全く同じ臭いが鼻を刺激する。血の臭いは何度も嗅いだが、やはり慣れることは難しい代物ではある。
数秒躊躇って、覚悟を決めて瓶をそっと口元に近付ける。瓶の縁が唇に軽く触れたところで、目を閉じて一気に飲み干した。口の中を鉄とよく似た味が広がっていく。そして、喉、食道、胃へと流れていき──
「がぁっ!?」
内臓を焼かれるような痛みに、蹲り悶えた。
ヴィレルの血を飲んだレンは、しばらくの間強烈な痛みにのたうち回った。そして再びヤマタノオロチが活動を再開し始め、レンはヴィレルが「鍵」だという能力を使おうとする──次回、「魔法陣の強化」
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