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恐怖の先

俺の心の中は、未だに恐怖に支配されていた。隣にいるエルは眠っているが、俺はただベッドで丸くなっている。この状況で眠れるエルは、かなり肝が据わっているのだろう。見習いたいものだ。


しかし、あの見た目は間違いなくヤマタノオロチだった。父さんのノートで何度も見たし、説明の載っていないページのイラストは、細部まで思い出せるくらいに見たのだから、間違いない。


かといって、敵の正体が分かったところでどうにもならない。寧ろ、退行したとも言える。何故なら、ヤマタノオロチの姿が見えるのは、俺とエルだけだ。この状態で戦っても、みんなは神隠し同様、気付かないうちに食べられるだけで、俺とエルも対抗できずに同じ道を歩むだろう。


今回の戦いは、極力避ける──言ってしまえば、戦わないで逃げる方がいいのかもしれない。今回逃げれば、これから先も被害は出るだろう。しかし、ことあるごとに逃げてしまえば、もしかしたら被害者は減るかもしれない。


そうヴィレルに提案したいが、頭はクリアになってきて回転させることは出来るが、やはりあの恐怖が心に刻まれているのか、動かそうにも震えるだけで、今出来る最大の行動が布団を握るくらいだ。こんな状態ではダメなのは分かっているし、この国に入った以上、俺らもヤマタノオロチのターゲットにされる可能性もあるのだ。


少し前に気配を察知出来るほどには落ち着いたから、レイラ達の気配を探ったところ、どうやら全員が同じ部屋にいるらしい。会議でもしているのだろうか。でも、被害者がこれ以上出る前に逃げるのが最善の策だと思う。


 そんなことを考えていると、俺の目の前に白金の羽毛が降り立った。


「……エルか。起きてたんだな」


 今は小さい姿の、エルだった。寝ていたと思っていたのだが、どうやら起きていたらしい。


「……お前は強いな。あの姿を見ても、追い返そうとするんだから」


 エルが強い敵を察知して暴れるのは、俺らに危険を知らせて、更に敵を追い返そうと戦おうとする意志を見せるためにやっている——のだと俺は予想している。


「お前が羨ましいよ。強いし、一人でも戦える力があって、勇気もある。俺なんか、ヤマタノオロチを見た瞬間、脚が竦んで立っているのも辛かったくらいだってのによ」


 エルの顎下を掻きながら呟くと、


『そんなことない』


「……えっ?」


 ミユリス……いや、それよりも幼く、舌ったらずな声が頭に響いた。直接耳から聞こえてきているわけではなさそうなので、恐らくテレパシーかその類だろう。そして、この場で俺以外にこんなことができるのは——


「エル、の、声……?」


 レイラ達が使えるとは思えないし、そもそも声が違う。ヴィレルで経験しているから分かるのだが、テレパシーで聞こえてくる声は本人の地声とほぼ同じなのだ。俺の仲間は今聞こえた声よりは、間違いなくもう少し大人じみている。そして、ヴィレルの声は特徴的だから、除外できる。そこから考えると、言葉の意味も含めて、可能性として残るのはエルが一番高い。


『エルだって、怖いものは怖い。でも、仲間がいるから、守ってくれるって分かってるから戦える。ご主人様にレイラにミフィア、エミがいる。他にも、色んな人が守ってくれる。だから、戦える。ご主人様も、そうでしょ』


 確かに、俺は一人じゃ何も……まあ、少しくらいはできても、大方何もできない。それこそ、俺のパーティー内じゃあ、俺が恐らく最弱だろう。でも、これまで何度も強敵とやりあったうえでまだこうして生きているのだから、それは間違いなく仲間のお蔭だ。エルと二人——実質一人と一匹だが——で何体も強力な敵と戦った時だって、エルの協力なしでは勝てなかっただろう。


「ああ、そうだ……みんながいるから、俺は戦えた……でも、今回は別だ。ヤマタノオロチと戦えるのは、姿の見れる俺とお前だけだ。言い方は悪いけど、仲間は、正直期待できない……」


『でも、何か方法はあるかもしれないよ。情報がないなら、集めたらいい』


「……集めに行って死んじまったら、元も子もない」


『大丈夫。ご主人様は、生命力だけは人一倍強いから』


「それは褒めてるのか?」


 エルがクルルと喉を鳴らした。そして、声は聞こえなくなった。夢を見ていたのかと思ったが、どうやら現実らしい。上位の魔物は会話ができるなどと聞いたことはあるが、実際に話したのは初めてかもしれない。


 そして、恐怖を共有しているエルと話したからか、身体の強張りは弱まり、さっきと比べても間違いなく軽くなった。


「……ありがとうな、エル」


 テレパシーで疲れたのか、すぐに眠ってしまったエルの頭を撫でると、クルっと一度喉を鳴らして、背中を上下し始めた。


 そして顔を引き締めて、部屋を出るべくベッドから立ち上がり、ベッドわきの近くにある机の上に畳まれているコートを身にまとい——今はチェストプレートは必要ないからつけないが、ポーチにも入らないのでそのままにしておく——、扉に近付いてノブを捻る。


 レイラ達はまだ同じ部屋にいるらしく、取り敢えずそこで逃げることを提案してみるつもりでいる。でも、ヴィレルは間違いなく拒否するだろう。そんな気がする。拒否前提での提案であるから、その先のことも考えている。これはエルに提案されたことであるが——かなりの危険を伴うから、連れていく人員は考えておかないとな。


 部屋を出るのを一瞬躊躇ったが、頬を一度叩いて、気合を入れなおして一歩踏み出し、レイラ達が集まっている部屋へと向かった。



 レンを元気づけるのが先——と決まったはいいが、どうするかは一向に決まっていない。あの状態だ。それに、私たちはレンの味わった恐怖がどれほどのものか知らない。


「レン……」


 私が小さく呟いても、状況がよくなるわけではない。しかし、心配なのだから呟かずにはいられない。私にもっと力があればよかったのだが、私にはレンを喜ばせることも、元気づけることも、言ってしまえば今回は何もできない。


 現状は膠着状態だ。ヤマタノオロチの対策も、全く出ていない。全員がそれぞれの姿勢で思い悩んでいるが、レンの元気づける方法も、ヤマタノオロチ対策法も、一切出てこない。それこそ、既に数十分は経っているだろう。


「……私、ちょっとレンの様子見てくる」


 椅子から立ち上がりそう言ったが、全員が視線を向けて小さく頷いただけだった。付き合いの長い私やエミ、ミフィアでも、気が合うらしいジュンでも、この前共にクエストをしたミナでも何も思いつかないのだ。ヴィレルとて、小さい頃のレンを知っているようだが、例外ではない。


 私が入り口の大きな扉に歩みを進めようとした、その瞬間だった——


 扉が勢いよく開かれ、コートを翻しながらレンが姿を見せた。



 レイラ達が集まっている部屋に入った俺は、まず全員の顔を見回す。みんなどうやら驚いたらしく、目を見開いている。そして、何故か立てっているレイラに微笑みを向けてから、ヴィレルに近付いていく。


「ヴィレル、提案がある」


「……申してみよ」


 驚きがまだ抜けきっていないようだが、そう切り返してくるあたり、やはりこういう急激な展開への対処能力も高いらしい。


「この国の人たちを、俺らの国に短期間移動させよう。ヤマタノオロチは近くの国を狙うんだろ? 俺らの国に滝はないし、ヤマタノオロチも攻めてはこないはずだ。それに、これから先もヤマタノオロチに被害が出された国が俺らの国に移動すれば、被害は減るかもしれない。どうだ?」


「……確かに、被害を減らす手とはいいやもしれん。じゃが、それでは根本的な解決には至らん。妾は、奴を倒しておきたいのじゃ。奴を……災厄として扱われる生活から、解放してやりたいんじゃ」


 最後の方は小さくて聞き取りにくかったが、何とか聞き取れた。


「なんだよ、その言い方。あんた、ヤマタノオロチと知り合いなのか?」


「……今は関係ない。じゃが、妾はその提案には乗るつもりはない」


 案の定ではある。ヴィレルの言葉に違和感が残ったままだが、今は気にしないでおこう。


「……分かった」


 俺は踵を返し、レイラの横に来たところで、立ち止まる。


「レイラ、今熟練度は?」


「え? ……ええと、620くらい……なんで?」


 どうやら、フェニックス戦を終えて、一気に熟練度が上昇したらしい。そして、六百を突破したということは——


「少し話がしたい」


「う、うん」


 レイラが頷くのを見て、俺は部屋の外に向かった。その後ろをレイラが追いかけてくる。


 ——今回は、レイラを頼らせてもらおう。

レイラのテレポートでヤマタノオロチの元に向かったレンたち。そこで姿を見ることの出来ないレイラの攻撃が当たるのかを確かめるが、詠唱中のレイラが攻撃のターゲットにされ──次回、「ヤマタノオロチ情報集め」

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