“腹切り病”の真実
“腹切り病”が流行ったのが、約十五年前。つまるところ、俺が生まれるちょっとばかし前のことだ。
ある日、一人の老人が倒れた。病名がはっきりせず、ずっとただただ見守ることしかできなかった。そして、その後も次々と人が倒れ、最終的には村の人口の四分の一に迫る人数が病に侵された。
病気の症状は、腹痛が主なもので、時期が経つと多くの者は血を吐き、最終的に死に至る。そして、死した者の病気にかかってからの生存期間は、ほぼ全員が半月だった。しかし、医師は寿命を一か月と偽り、半月経った頃から、症状は悪化しだす、と言った。患者はそれを信じ、そして半月が経って、多くの人が死んだ。
この病気の終わりは、二人の冒険者が見つけた、謎の花によるものだった。その冒険者は“庶民の英雄”と呼ばれる二人で、この病気が流行った“マレル村”の近くに位置する、カカリ山という山から採取してきたものだった。この花はそれ以来、治癒草と呼ばれるようになったが、残念ながら他の病気に効果はなかったらしい。
この病気が“腹切り病”と呼ばれるようになったのは理由があり、どうやら、死者の体内——つまるところ、内臓がぐちゃぐちゃになっているから、だそうだ。
「……とまあ、“腹切り病”の真実はこうだ。それで、俺が余命が一か月ではなく半月であることを知った理由なんだが……端的に言うと、父さんが教えてくれたんだ」
父さんが生きていたころ、書いていた日記があった。父さんは色々とマメに残していく性格だったらしく、魔物や植物、その他いろいろなものについてメモを残していたらしい。
「その日記に、多くの人が半月で死んでいった、って書かれてたんだ。それを読んだのは、まあ、父さんの死後だったんだけどな。塞ぎ込んでて、父さんのものが手放せなかった頃に読んだだけだ」
「でも、じゃあ、あと半月……十五日で何とかしないといけないの?」
「実際には二週間もない。エルに無理させるわけにはいかないからな。往復で二週間潰れるだろう」
「そんな……」
「なんとか、できない、の?」
エルを抱えたミフィアが聞いてくる。エルも今は、周囲の感情を察してか、心配そうな表情を作っている。
「……今思いついたことだけど、方法がないわけじゃない……かもしれない」
「あるのっ!?」
「ああ、あるにはある……と思う。レイラ、今魔法熟練度はいくつだ?」
「え? ……えっと、470くらい、かな」
「届いてないか……」
「あ、もしかして……」
「そう、“テレポート”だよ。俺も、まだ熟練度三百にすら入ってないからな。必要熟練度は六百……道のりが遠すぎる」
「……ごめん、役立てなくて」
「いや、仕方がないことだ。可能性があるとすれば……」
♢
昼食を終えた俺らは、王城へとやってきていた。クエストを受けるかどうかは、ここでの俺の信じた可能性が届いているかいないか、による。
「ミナに会わせてほしい」
城壁が直った王室で、王代理らしい王の息子に言ってみる。
「分かりました。おい、すぐに連れてこい」
深く礼をしたメイドが出ていき、王室内の王代理と向かい合う。
「して、何故そのようなことを申し出たのだ。我々は、あなた方に一切手を出さないつもりでいたのですが」
どうやら、王よりもこの人の方がしっかりしているらしい。少なくとも、俺の目にはそう見えた。
「クエストですよ。あんたの娘さんが持ってきた」
「……まさか、受けていただけるのですか?」
「報酬には期待しますよ」
「……分かりました」
入り口がノックされた。そして、今日は緩めの黒いローブを纏ったミナが姿を見せた。ついでに、ジュンも。
「……お前はセットなのか? それとも、ミナがお前のセットなのか?」
「気にするな」
相変わらず不愛想なジュンが答える。そして、
「私に用があるんですか?」
「ああ。一つ、聞きたいことがあるんだ。ミナはさ、“テレポート”って使えるのか?」
「ええ、一応使えますよ」
「そっか……それを踏まえて、頼みがある。俺らを、“マレル村”まで送ってほしい」
「いいですよ」
あっさり承諾された。実際、こういうことは承諾されにくいものなのだ。理由はというと、魔力を他人のために使い、いざというときに魔力が足りない、などということが起こりうるからだ。
「い、いいのか?」
「はい。どうせ、今日魔王軍が攻めてくる、なんてことはないでしょうし」
「……いや、まあ、攻めてきてないですけどね」
一瞬だけ集中力を強め、央都周囲の気配を探る。一か月間、長い間をかけてこの特訓をしていたおかげか、気配はスレーブ村辺りまで感じれるようになった。
「では、行きますか?」
「ああ。よろしく頼む」
そして、ミナが魔法を詠唱を始めた。
「ジュンはどうする?」
「今はいいだろ。何かあったら向かう」
「分かった」
「準備できたから、魔法陣から出ないでくださいね。場合によったら、体の一部が欠損する可能性がありますので」
「了解」
ミナが作り出した魔法陣に、三人と一匹揃って入る。
「よろしくお願いしますね。くれぐれも、気を付けてください」
王代理が言ってくる。
「分かってる。間に合うようにするから、心配するな」
そして、
「《テレポート》」
♢
浮遊感が消え、地面に足が着いた感覚がした瞬間、周囲を見回す。どうやら、北門の目の前に姿を現したらしい。
「……妙に静かだな。門番すらいないし」
「何かあったのかな……?」
「……まあいい。抵抗感はあるけど、入ろうか」
二人が頷く。
門を押してみると、僅かな抵抗感と共に、ゆっくりと開いた。一年間の間に、どうなったのかは気になる。特に、俺とレイラがどう思われているのか──知りたくないが、気になる。
「誰だっ!?」
鞘から剣を抜く音と共に、俺の目の前に剣先が突き付けられる。
「ちょ、ちょっと待った! 俺だよ俺、レンだよっ!」
「……なに?」
「お、お前、もしかして、ケイルか?」
「レン……なのか?」
「お前、どうしたんだよ。そんなボロボロで……」
一年ぶりに会ったケイルは、ボロボロの装備に、深い隈が入った目元、顔はすごく老けて見えた。
「……とりあえず領主宅に来てくれ。そこで、話がある」
「あ、ああ……分かった……」
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