ウィンブル戦決着
ウィンブルが大剣を俺に向けて、水平に振りかざす。俺はそれをしゃがんで避けて、バックステップでレイラの元まで下がる。
ウィンブルが荒い呼吸のまま言う。
「どういうことだ……我が魔法は間違いなく貴様を捉えた。なのに、何故っ!?」
「俺が知ったことかよ……」
事実、俺は何故魔法が消えたのか知らない。何故と聞かれれば知らんと返す。知らないのだから仕方が無い。
「……そういえば、貴様はリューゼの息子か?」
「っ!」
ここで父さんの名前が出てくるとは思わなかった。だが、出てきても当然だろう。父さんはそれなりに名の知れ渡った冒険者だし、結婚の前は魔族との交戦もあったはずだ。
「あいつの腕に、傷がついてるの、知ってるよな?」
確かに、父さんの右腕には、母さんの回復魔法でも痕が消えなかった傷がある。それが一体、なんだというのだろうか。
「あれは、我がつけたものだ……まさか、死んで尚、次の世代で返されるとは、思いもしなかったがな……」
目付きが鋭くなる。威圧感が増加するが、ここで引くわけにはいかない。そして、たまたまではあるが、ウィンブルの注意は俺に向いている。現在進行形で進んでいる作戦は──成功の確率が高いだろう。
「あいつの息子……まさか、そういうことか……なら、さっきの現象も納得がいくな……」
何やら、ウィンブルが一人で納得したようだ。少なくとも、俺にはなんの納得がいったのか、全然分からない。
ウィンブルが大剣を右手一本で構える。胸に受けた傷は、今も少しずつ血を垂れ流している。
そして、ウィンブルが足を踏み込む──その瞬間だった。
「──っ!」
ウィンブルが咄嗟に左半身を、右回転に動かした。理由は簡単だ。攻撃が飛んできたから。その証拠に──ウィンブルの左腕は二の腕から先がこちらへと吹き飛んできた。
「……ごめん、やりきれなかった」
「いや、これだけやれば、十分だろ」
声の主に答える。その主というのは──ミフィアだ。先程、俺はミフィアに隠密で背後に回るように指示をした。今の状況が、この作戦の最終結果だ。
“トルネードストライク”による攻撃により、ウィンブルはさらに深手を負った。このまま戦い続けることは可能だろう。しかし、片手しか使えなくなった今、攻撃手段は多少絞られる。俺らだけでも勝機は——まあ、それなりにあるだろう。
「……まさか、我がここまでの傷を受けるとはな……ククク……面白い、実に面白い! 次あった時には、貴様らは我が手により死へと導いてやろう! 首を洗って待っておくがいい」
獰猛な笑みを浮かべ、ウィンブルが翼を羽ばたかせて飛び上がる。エルが追いかけようとするが、「いいよ、もう」と制して、逃がすことにした。チャンスなのに逃がしてどうする、というやつもいるだろう。確かに、俺もここで逃がすのは冒険者としてバカだと思う。しかし、あいつがやっているのが演技なら、思う壺でしかない。まあ、どっちみち思う壺になりかねないが。
「レン、追いかけないの?」
「ああ。“バーニングネオ”で消し炭にしてもいいけど、やめておいた方がいい。あいつ、まだ何か隠してるような気がする」
「分かった」
レイラは納得してくれたらしい。
「最後に聞く。魔王軍は、本当に動き出したのか!?」
「勿論だ。我が主、魔王様の力をもってこの世界を作り替えるべく、我々は三十年間停滞していた進行を、再開することをここに宣言しようっ!」
声高らかに宣言する。これは、完全なる事実だ。
そして、ウィンブルは転移魔法でも使ったのか、一瞬で姿を消した。
「……レイラ、ギルドに報告して、早いとこ央都に向かおう。央都で領主に報告したほうがいいかもしれない」
俺らが住んでいるこの国は、対魔王戦線の最前線だ。魔王軍が動き出した以上、国の上層部への報告は必須だろう。
足元に落ちているウィンブルの腕を拾う。既に内部の血は抜け出ており、色は白くなっている。
「……行こう」
「な、なにこれ……っ!?」
聞き覚えのある声が聞こえた。声の方向を見ると、赤毛のツインテール、吊り上がった目を持った少女、武器屋レプラコーンの店主の、ウェルミンだった。
「……も、もしかして、周辺の家も、あなたたちが……?」
「いや、これをやったのは魔族だよ……これ」
持っていた腕を見せる。元の肌の色が人間とは多少違ったので、なんとなく分かるだろう。
「……それが本物か、私じゃ分からないから、ギルドで調べてもらった方がよさそうですね。あなたたちを疑うつもりはありませんが、その腕の持ち主が分からない限り、あなたたちは大量殺人犯だと思われるでしょう」
「分かってる……」
正直、この周辺の人を守れなかったのは俺のせいだ、と思っている。エルが暴れていたのは、俺よりも鋭い索敵でウィンブルの気配に気付いていたからかもしれない。つまり、エルが暴れた理由を俺が探っていれば、こんなことにはならなかった……のかもしれない。あの時はまだ武器を替えていなかったから、もしかしたらさっきみたいに、深手を負わせることはできなかったかもしれない。
「……全ては後回しだな。ギルドに向かうのが一番だ」
そして、俺達はギルドに向かった。
♢
ウィンブルの腕をギルドに渡し、数分後。結果待ちをしている。俺らの周りには警団がおり、結果次第でいつでも捕らえることができるようになっている。
「しかし……魔族を引き帰させるなんてこと、できるものなんですね……」
「いや、俺らもぎりぎりだった。連係プレーと、ウェルミンの武器がなきゃ、きつかったと思う……」
「ウェルでいいですよ、みんなそう呼びますし……しかし、あなたの言ってた通りだとすると、そのウィンブルって魔族は、その剣の攻撃——更に“ルミナスカリバー”を発動した状態のものを、容易く弾いた……ってことですよね?」
「ああ……俺がレベル一ってのもあると思うけど……いくらなんでも、あそこまで簡単に弾かれるものなのか……?」
「それは私にもわかりませんが……その剣、少し見せてくれませんか?」
「ああ、いいけど……怪我するなよ?」
「大丈夫ですよ、私一応鍛冶師なんですから」
ホーセス村でのことを思い出してしまい、こんなことを言ったが……まあ、それもそうだろう。
ウェルミンが剣を天井の光にかざす。
「……確かに、この剣は“転生者”の使う、神器と呼ばれる武器に匹敵します。でも、何と言えばいいんでしょうか……何かが足りない、そんな気がします」
「何かってなんだよ……」
「私にも、何が足りないかは分かりません……」
鍛冶師である、しかも(自称とはいえ)レプラコーンである彼女の言葉は、かなり信憑性がある。
「この剣は、“覚醒する者”——”アウェイカー”って呼ばれてるらしいんです。だから……」
「それが、何らかの条件で覚醒する……とでも言いたいのか? そもそも、なんで名前なんか……」
「昔一度だけ、この剣の材料表を見たことがあるんです……ただ、この剣は間違いなく“アウェイカー”ですが、何か足りない、気がするんです。だから、魔族にも簡単に弾かれたんだと思います。その何か、見つけることができるのは、あなただけだと思いますよ」
覚醒……おとぎ話や英雄譚でよくある、あれだろうか。だとしても、この剣が覚醒……とはいえ、どうすればこれが覚醒するっていうんだよ。
ウェルミンが剣を返してくる。
「失礼します」
そこで、ギルドの受付嬢のお姉さんが話しかけてきた。
「はい」
「あの腕なんですが……魔族、ウィンブルのものだと確定しました」
俺は分かりきっていたことだが、他の人からすれば認めたくはないだろう。なんせ、魔王軍が動き出した——そう物語っているのだから。
「そうですか。まあ、俺達の疑いが晴れたなら、それで結構です」
「ありがとうございます……あの、魔族を追い払っていただいた報酬金なんですが……」
「被害があった場所の修繕費にでもしてくれ……俺らは、早いとこ央都に向かいます。このこと、報告したほうが良さそうなので」
「はい、感謝します……」
そして、その翌日。俺らは村を発った。
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