謎の旅人
俺はひたすら"ヒール"をかけながら走った。そして、再びブオオォォォ……と音がする。第二発目が来るらしい。俺は小さく舌打ちをし、走るルートを二メートルほど左にずらす。直後、さっきと同じ触手が地面を叩いた。
それに目もくれず、俺はそのまま回復しつつ、走り続ける。とにかく、あの巨大ネペントから距離を取らなければいけない。それに、俺の魔力もそう多くはない。やがて尽きるし、そうなればレイラの体内に入った粘液が、体の内側からレイラを殺していく。それだけはなんとしても、防がなければならない。
「死ぬな……! 《ヒール》!」
そして、走るのに必死になりすぎて、
「──うわっ!?」
木の根につまずいた。そして、レイラが飛んでいき、バシャンと音を立てて、着陸した。──バシャン?
レイラは、俺らが昨晩や今朝、水の調達に使った小川の、上流部に放り出されたのだ。そして、皮膚を溶かして、体に侵食しようとしていた粘液が、流れ落ちる。
「レイラ!」
俺は急いでレイラを抱き上げる。巻いていたローブを捲って、傷を確認する。なんとか、侵食は止まったようだった。しかし、まだ一刻を有する状況だ。油断はできない。
「《ヒール》!」
再び、俺は回復魔法の連発を始める。しかし、どうやら僅かに体内に粘液が入ってしまったらしい。"ヒール"でなんとか侵攻を防ぐが、このままじゃ回復もままならない。それに、あまり時間をかけると、ネペントがこっちに来る可能性もある。
──一体どうすれば?
「どうやら、お困りのようだね」
突如聞こえた響くアルトに、回復の手を止めてしまった。
「だ、誰……?」
「ボクかい? そうだね。しがない旅人、とでも呼んでくれ。ふむ……これは、ネペントの粘液か」
「あ……《ヒ──」
「待った」
「で、でも!」
「落ち着きな。ボクに任せなよ」
しがない旅人と名乗ったその人物が、レイラを挟んだ俺の対面にしゃがみこむ。そして、コートの中から青色の液体の入った瓶を取り出す。その表情は、目深に被った帽子のせいで、よく見えない。ちらっと茶色の瞳は見えたのだが。
「そ、それは……?」
「回復薬。ネペントの粘液に効果が高い」
そんなものが、あるのか……?
そして、旅人が回復薬をレイラの口に入れる。レイラは意識を失っているが、ごくんと飲み込む。そして、目には見えないが、ネペントの粘液による侵攻は止まった。
「さて、次は──《ヒール・ハイ》」
そして、レイラの皮膚が一度の魔法で治った。俺は目を見張って見守るしかなかった。
「……レイラは?」
「無事だよ。それでは、ボクはお暇するよ」
「あ……あの、ありがとうございます。あと! 向こうにでかいネペントがいるので、気を付けてください」
「分かっているよ。君たちとは、またどこかで会えるよ」
そっと微笑む。俺は何故か、懐かしいような気がした。そして、旅人は姿を消した。一体、誰だったんだ……?
俺は、そのままレイラをどうするか迷った挙句、レイラのポーチの中にある布を使って、服を作っていようと思い、ポーチを探った。
♢
レイラの服は出来上がり──剣で形を切り出し、投擲用に持っていたピックで縫い合わせた──、寝ている間に着せた。
「うぅ……」
どうやら、レイラが目を覚ましたらしい。さっきまで俺も取り乱していたが、既に冷静さは取り戻している。
「大丈夫か?」
「……レン? あれ、私……」
「無事ならいいんだよ。それでさ、レイラ……」
「な、なに?」
俺は、レイラが寝ている間に考えておいたことを言う。
「逃げよう。この戦いから」
「……え?」
「あのサイズは無理だ。外からの火属性魔法で燃やしても、樹皮のせいで中までは燃えない。それに、森に火がついたら、俺らもただじゃ済まない。あのサイズだ。村からも見えるだろうし、しばらくすれば冒険者の討伐隊が──」
「やだ」
「……は?」
レイラの言葉に、耳を疑った。
「やだ。だって、これ、私たちが受けたクエストなんだもん。私たちだけで、勝ちたいもん……」
「死んだら元も子もないんだぞ! それを分かって言ってんのか!?」
「分かってる! けど……私とレンの、初めてのクエストだもん……最後まで、一緒に戦いたいよ……」
子供の言い分だ。聞く必要は無い。そう思った。しかし、レイラの顔は悲しそうだった。ここで逃げたら、後悔する、とでも思っているのだろうか。
「俺たちが逃げても大丈夫だ。さっきも言ったけど、討伐隊が既に編成されてるはず。時間が経てば倒しに来るよ。俺はレベル一で、お前だって二十に満たない。このまま挑んでも、すぐに殺される。あのネペントは、例外中も例外だ」
「……そうかも、しれないけど……」
まったく、子供っていうやつは、どうしてこうも諦めが悪いのだろうか。状況判断をすれば、逃げるのが最前のはずだ。
「レン。何か、方法ない? 樹皮を貫いて、燃やす方法。私の"バーニングネオ"を使えば一発だけど……」
「ダメだ。負担がでかすぎる。それに、sし倒せなかったら、二人とも終わりだ。あいつの体内から燃やしでもしない限り……体内、から……?」
俺は思い付いた。しかし、あまりにも無謀だった。この作戦は。
「何か、思い付いたの?」




