「結構、天職かも」
「エリザ! しばらく見ない間におっきくなったわね~」
「まだ一年も経ってないけど」
「あら、じゃあ太ったのかしら~?」
「義手の分だけね……ほら、こっち座って」
新たな輸送機から降りてきたのは、私が生まれた時から知っている人だ。
顔にはほうれい線が刻まれているが、十分に美人なニコニコ笑顔。身に纏ったユナイト・ガードの制服は見慣れないが、その佇まいはいつも通りだ。
同じく降りてきた竜兄が背後で呆れてる。
「お袋、家じゃないんだから」
そう、この人は我ら紅葉兄妹の母。紅葉 桜子その人なのである。そして現在は……。
「それで、長官なんだっけ?」
「そうそう。一応ね?」
ユナイト・ガード日本支部長官。それが今のお母さんの肩書きだった。百合の総統紋が浮かんだ日に百合の為にユナイト・ガードに潜入するということは訊いたが、長官になるとは思ってなかった。
「まさかお母さんが長官とは。びっくりだよ」
「うふふ、コネよコネ」
パラソル付きのテーブルに着いたお母さんはニコニコ笑いながらヒラヒラと手を振った。
まあ、お母さんの言うとおりコネかと言えばそうとも言える。何故なら我らが父、紅葉 公輝は警察署の警視正なのだから。
「お父さんは悪の組織を取り締まる部署に着いたのよ。私の現役時代の知り合いも何人かいるみたい」
そしてお母さんも、かつては刑事だった。それも、署長クラスの。子育てと主婦業に専念するという理由で退職したが、そのコネでユナイト・ガードでも高い地位に就任した。それにしたって長官って、日本支部で一番偉いじゃん……それは間違いなくお母さんの立ち回りによるものだ。
「俺も驚いたよ。日本に帰ってヒーロー活動してたら、いきなりお袋から呼びつけられてさ」
「もう、竜胆。お袋は止めなさいって言ったでしょ?」
「いやエリとかならともかく、息子はそろそろお袋呼びでもおかしくないだろ……」
竜兄がユナイト・ガードに所属することになったのも、お母さんが誘ったかららしい。多分ユナイト・ガードの情報網で知ったんだろうなぁ。息子がヒーローやってるとなれば、まぁお母さんなら指揮下に置くだろう。
そんな訳で、これがユナイト・ガード親衛隊が私に協力してくれた理由。お母さんの支援ということだ。
「まぁ、今回は助かったよ。おかげで事態を収拾できた」
「もう、ホントに気をつけなさいよ? 貴女は昔っから、やり過ぎてすぐ失敗しちゃうんだから」
「ハハハ」
乾いた笑いが出る。いや実際、お母さんに尻拭いしてもらった事は今回が初めてでは無い。うっかり法に抵触してしまった時とかは、お母さんが昔の知り合いに声を掛けて見逃してもらった。懐かしい話だ。
ちなみにお父さんはその辺には割と厳しいので、助けてくれたことは少ない。「ま、少しぐらいは少年院で過ごしてこい」って言う感じの人だった。でも家族内で私の悪事が判明しても「バレないようにやれ」とか「こっちの方が効率がいい」とか言ってくれた人でもある。世間的には法の番人だが、竜兄と同じく身内に関してはダダ甘だ。こんな家族でよく百合みたいな清純派が育ったなぁ。
「それで、なんでわざわざ来たの?」
「顔を見に来ただけよ。ホントは百合の様子も見たかったけど……」
「あー、じゃあ今度会いに行くよ。家族で久しぶりにどっか行こう」
「あら、いいわねー」
別に変哲のない普通の会話だが、家族というワードが出た時点で紅葉家は異常性を発揮する。仕事があろうと無理矢理予定を空けるからね。お父さんが一週間の家族旅行の休みをもぎ取ってきたときはマジかよって思った。警視正ってそんな暇じゃないでしょ。
勿論私もその血を受け継いでいるので、ローゼンクロイツ側が何か言おうと百合を連れ出すつもりだ。機密? 安全? 知らんな。いや安全は考慮するけど。
「でも、本当に大丈夫? 今日も随分ボロボロだし、お母さん心配だわ……」
私の怪我を見て、お母さんは表情を曇らせる。はやての回復魔法のおかげでそこそこ動けるようにはなったが、怪我は完全に治りきってはいない。回復魔法は被術者本人の体力を消耗するため、かけ過ぎると衰弱で動けなくなってしまうのだ。それだと困るので、治癒は最低限にしてもらっている。なので怪我は結構残っている。
お母さんが心配するのも無理はない。けど、
「大丈夫だよ。これはこれで、やり甲斐はあるからね」
私は後ろに控える部下たちをちらりと振り返って言った。お母さんを物珍しげに見るヘルガー。夕日の日差しを翼で遮っているはやて。未だ酔いの覚めていない蝉時雨。
彼らと知り合えたのは、悪の組織の幹部となったおかげだ。
「結構、天職かも」
この立場になったことを、私は後悔したことがない。
悪には悪にしか分からない、情や義、そして救いがある。ローゼンクロイツに来て、それを知った。
罪を犯した彼らは決して現代社会では許されない。けど彼らにも事情があり、信念があり、そして生きている。そしてそんな彼らを助けることは、悪でなければ出来ないことだ。
私はどうやら、悪の方が水が合っているらしい。
「……そう、ならよかったわ」
ホッとした様子で頬を緩めるお母さん。思った以上に心労をかけていたようだ。
だけど、私も久しぶりにお母さんの顔を見れてよかった。
「ま、これからも悪事を見逃してよ」
「限度はあるからねー? 庇いきれるくらいにやりなさいね」
「はーい」
舌をペロッと出してお母さんに返事する。後ろでは竜兄が呆れていた。
ごめんね。でも癒着でも何でも使える物は使うんだ。
二機の輸送機が去って行く。大海原にぽつんと残ったのはローゼンクロイツ所有の駆逐艦、ランプラー級三番艦『ルッセリアーナ』だ。
夕日は水平線に半ば沈んで、空は紫がほとんどの割合を占めている。もうすっかり遅くなってしまった。
「よし、私たちも帰ろっか」
私は遠くの空の闇に消えた輸送機から目を離し、仲間たちへ振り返る。
頷いたヘルガーが通信機を起動し、ブリッジへ呼びかける。
「出航準備だ! 座標は記録したな! ……いや水深のデータまではいい。どうせ俺らが生きてる内に掘り返しは出来ん。大まかな位置だけで十分だ。一応後日ウィルスによる汚染が無いかどうか確認に来るだけだ。今無いなら多分大丈夫だが」
対応をヘルガーに任せ、私は船内に入ろうと一歩踏み出す。だけどその拍子に力が抜けた。
「おっと」
「エリザっ」
咄嗟に伸ばされたはやての翼に受け止められた。羽毛の柔らかな感触が私を包む。
「ふぅ……大丈夫?」
「おかげさまでね。ありがとう。……ただ、疲れたな」
それは当たり前か。今日は色々あり過ぎた。
遺跡を浮かして、バイドローンを裏切って、シンカーとの決戦に挑んで……。
今日得られた物は少なくはないが、同時に損害も大きい。大量のイチゴ怪人に、機材各種。消費した弾薬なども無視できない。
総合的に見て、流石にプラスとはいかない。
「帰ったら始末書かな……」
「それより先に、百合に怒られるんじゃない?」
「あー……」
でも今回ばかりは許して欲しい。私から喧嘩売らないと大惨事だったし。
……そう、考えたら私、世界救ったんだよな。
けど、あんまり達成感とかないな。どっちかと言うとどうでもいい。
こういうところが、心底正義の味方に向いていないと思う。
私の関心は、百合の怒りをどう回避するかだった。
「帰りにお土産でも買っていこうかな……」
「……ま、私も弁護するから」
私ははやての肩を借りて、船内に向かう。
紫色の空には稲穂色の月が浮かんでいた。




