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「だから、恩返し……ううん、違う。貴女と一緒にいたいの」




『3、2、1……着水』


 巨大な質量が、ザバンと夕暮れの海に落ちた。

 さっきまで空中に浮かんでいた巨大遺跡は、動くためのエネルギーを緩やかに使い果たし、日本の領海にその身を沈めていく。

 それを竜兄たちと親衛隊は乗ってきた輸送機で、私とヘルガーはローゼンクロイツの所有する駆逐艦の甲板で眺めていた。


「壮観だなー。あんな質量の物が沈んでいくの」

「いいのか? ありゃ相当なオーバーテクノロジーだろ」

「確かにウチならイチゴ怪人を燃料にして自由に運用出来るだろうけど、流石にユナイト・ガードが黙ってないかな」


 チラリと上空を見上げれば輸送機の腹が見えた。その中にいるはずの竜兄の姿は残念ながら見えない。


「もういないけど、ビートショットもね」


 ビートショットは帰還した。来た時と同じようにワープして。

 去り際に『次会った時は容赦しない』と言っていたが、多分本当だろうな。精々会わないことを祈るしかない。あんなガトリング見せられたらそりゃそうなる。イチゴ怪人の物量で敵う気がしない。


「ま、ウィルスは除染したし、環境に害はないでしょ」


 精々が魚の住処が増えたぐらいだ。海洋学者は発狂するかもしれないけど、そこまでは責任は持てない。


 ぶくぶくと泡立てながら没していく遺跡を眺めていたら、こちらへと飛翔してくる影が見えた。影は二つ。翼を広げたはやてと、軽くされて運ばれる蝉時雨だ。


「おつかれー」

「うん」

「うぇっぷ!」


 スタリと甲板に降り立つはやてと、床に足がつくなり倒れ込んだ蝉時雨を私は労った。


「いやー、悪いね。元気なの二人しかいないからさ」


 二人には最後まで遺跡内に残って遺跡の飛行を制御してもらっていた。この海上までナビゲートしてもらう為だ。私とヘルガーは、ちょっと消耗しすぎた。

 はやての魔法で運ばれた所為でグロッキーになっている蝉時雨が、欄干に背を預けながら海を見た。


「あー……一応古代人工知能は停止させてきた。といっても、またあの遺跡が動けば目覚めるんだろうけど」

「イザナ、か。あの子には悪いことをしたな。勝手に目覚めさせられて沈められて……」

「なら謝ってくるか?」

「数千年後、またあの遺跡が見つかったらそうしよう」


 命を増やすあの遺跡は使いようによっては世界を終わらせる力を秘めている。というより、実際そうなりかけた。迂闊に人間が触れていいものではないだろう。

 かといってユナイト・ガードの管理下に置かせるほど私も甘くはない。向こうもそうだ。だから折衷案として、誰にも手の届かない深海に沈めることにした。

 深海用の装備を作れば無理ではないだろうけど、それには費用も危険性も割に合わない。少なくとも、現代ではもうあの遺跡は掘り返されない筈だ。


「………」


 はやてがたなびく髪を押さえながら沈む遺跡を見つめている。夕日に照らされたその顔には安堵、憐憫、困惑……いろいろな表情が浮かんでいた。


「さて、じゃあはやて」

「……なに?」


 振り返ったはやての前で、抱えていたガラクタを放る。ガチャガチャと甲板に散らばったそれに、はやては見覚えがあるようだった。


「これ……私のウィルスのスイッチ?」

「ピンポーン」


 正確にはその残骸、だ。三人の怪人が持っていた、はやての首輪に籠められた致死性のウィルスを起動するスイッチ。しかしアッパーとシンカーの所持していた分は爆発時に粉々に砕けて機能を果たしていない。

 だけど、ダウナーの分は……私は懐から取り出した最後の一台をはやてに見せた。


「で、これ。ダウナーのは合体した際に零れ落ちて無傷のまま残ってた」

「……そう」


 はやてはしばし見つめた後、私に目を合わせて問うた。


「それ、どうするの?」

「うーん、どうしたい?」


 私は逆にはやてに訊いてみた。指で摘まんで、プラプラとスイッチを玩ぶ。

 ニヤリと、からかうような笑みを浮かべる。


「なんなら今押してもいいよ?」

「……おい」


 ヘルガーの非難の声を、私は手で制した。はやては私の目をじっと見ている。


「……君がもうこの世界が嫌だって言うなら、これを押して楽にしてあげてもいい」


 それも選択肢の一つだ。はやてはもう一生分の酷い目に遭った。戦わせられて、捕まって、堕とされて……その手を汚すことを強いられた。

 その経験は、もう世界が嫌になったってちっとも不思議じゃないものだ。


「………」


 はやては揺れるスイッチを見つめ……ふいと、顔を逸らした。


「貴女の手にあるなら、どうでもいい」

「そっか」


 それは、私に全ての選択を委ねるということだ。このスイッチを押して殺されても、このスイッチを盾に隷属されてもいいということである。自分の全ての自由を他人に託す。それは並大抵の覚悟では出来ないことだ。

 そしてそれは別の形に言い換えられる。

 信頼と。


「……じゃ、こうだ」


 私はスイッチを握り込んで、電流を流した。

 たちまち紫電がスイッチを焼き、ショートして爆発した。パラパラと焦げた破片が甲板のガラクタの仲間入りする。

 それを見て目を丸くするはやてと、呆れるヘルガー。


「誤作動したらどうすんだよ」

「これ機械部だけだよ。連動ウィルスの入ったシリンダーは先んじて抜いてある」


 つまりこのスイッチを押したところで何も起きなかったということである。ま、茶番だ。


「……いいの?」


 はやてが問うてくる。自分をローゼンクロイツの配下に加えなくていいのかという問いである。

 私はひらひらと手を振って答えた。


「お生憎様、私は健康優良児だから、ウィルスなんて見たくもないのさ」

「どの口が」

「ヘルガーは黙ってて」


 ツッコミをいれるヘルガーを睨み付けると、奴は「へえへえ」と肩を竦めた。帰ったら給料査定にペケつけたろか。

 私は残骸を足で集めて海に不法投棄しながらはやてに言った。


「そのまま元の生活に戻るのもヨシ。上にいる連中に保護を求めるのもヨシ。どちらにせよ、その翼の改善に全力を尽くすつもりだ」


 願ってやまなかった元の生活。バイドローンに捕らえられた彼女が何よりも求めて止まなかったものの筈だ。例え手が血に汚れていようと、それでもなお帰りたくなるのは人として当然のことだ。

 だがユナイト・ガード所属のヒーローとなるのも悪くない。はやての事情を考えれば情状酌量の余地もあるし、悪の組織と戦うヒーローはいくらいても足りないだろう。それもありな選択肢だ。

 でも選択肢はもう一つある。


「……ま、後はあまりオススメ出来ないが……私の部下というポストも空いている。そこのヘルガーと同じ召使いってことだな」

「おま、召使いって」

「それで」


 抗議するヘルガーの声に割り込むように、はやては答えた。

 私はまた問いかける。


「いいの? 悪の組織であることは変わらないけど」


 折角シャバに戻れるチャンスだ。しかも私視点だとローゼンクロイツは滅びさせる訳にいかないから、もう普通の生活に戻るチャンスはない。

 それでもはやては頷いた。


「うん。貴女は助けてくれた」

「こっちの都合優先でね」

「でも、おかげで私は身体だけじゃない。心も救われた。貴女のおかげで、私はまた、自分の意志を取り戻せた」


 夕凪が私たちの髪を揺らす。でもはやての心は、もう揺れない。


「だから、恩返し……ううん、違う。貴女と一緒にいたいの」


 稲穂色の瞳は、真っ直ぐ私を見つめて言い切った。

 ……なんだこりゃ、まるでプロポーズだな。

 私は気恥ずかしくなって顔を逸らした。


「……まぁ、好きにすればいいさ。おかげでまともな魔法戦力が手に入った」

「僕はノーカンかー?」

「お前みたいな雑魚は勘定に入ってない」

「ひでぇな……」


 ヘロヘロとした蝉時雨の声をバッサリ切る。どうやら甲板の上も揺れる所為で、気持ち悪いのが直らないらしい。酔い止めの魔術とかないのか。

 そんな私たちのやり取りを、はやてはニコニコと笑って見ている。パタパタと機嫌良さそうに揺れている翼は、まだしばらくはついていそうだ。


 ……ま、気持ちいい人が周りに増えるのは嫌いじゃない。




 遺跡が沈みきり、もう帰ろうかと思った時、駆逐艦の船員から連絡が入った。


『六時方向より機影接近』

「数と機種は?」

『数は一。機種は……直近の機影とよく似ています』

「あぁ、じゃあ……」


 私は真上にある輸送機を見上げて言った。


「よく知ってる相手だ。多分竜兄も降りてくるから、甲板にパラソル付きテーブルでも持ってきてくれ」

『お知り合いで?』

「流石に口が裂けてもそうとは言えないな……」


 知り合いだなんて言ったら、次帰ったときの夕飯が地獄になる。

 南の空よりやってきたのは、桜のマークが貼られたユナイト・ガードの輸送機だった。






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