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「――ありがと、はやて」




「終わり、だ!」


 竜兄が青い長刀を振り下ろす。触手を何本も同時に切り裂いた重く鋭い斬撃だ。しかしシンカーの周りの肋の檻は、それを容易く弾いた。


「ちっ、硬い! なら!」


 剣が通じなかった竜兄は今度は白と桃の融合大砲を作り出す。こっちの威力は斬撃以上だ。こっちならあの肋骨を砕けるかもしれない。

 しかしそれはシンカーもそう思ったようだ。


「シャアアァァッ!!」


 僅かに残った触手を伸ばした。触手は、そのまま発射寸前の銃口の中に突っ込んだ。って、ちょ!?


「な、ぐあっ!!」

「うぎゃっ!」

「ググッ!!」


 大砲は詰まったエネルギーの逆流によって暴発し、そのまま爆散した。爆風が至近の私たちを襲い、触手は焼け焦げ崩れ落ちる。

 シンカーももう手段を選ばない! 玉砕覚悟でこっちを倒そうとしてる。ここまで追い詰めたのに、まだ油断できない!


「くっ……」

「させるか……私はまだァ!!」


 魚類の瞳孔を剥いて吠えるシンカー。その表情には最早紳士めいた素振りは残されていない。そこにあったのは、こちらを殺す為に全霊を賭ける本気の怪人の姿だった。奴はもう躊躇しない。何度でも触手を大砲に特攻させるだろう。それじゃいつまで経っても肋を突破できない。

 往生際の悪いその様に私は苛つく。


「いい加減にっ!」

「活躍しないとなぁ!」


 私の言葉に割り込んだのは、ヘルガーの声だった。

 声のした方を振り返れば、そこには外壁を駆けシンカーの元へ向かう、ついに触手を捌ききったヘルガーの姿。ユナイト・ガードの親衛隊の協力もあって、殲滅し切ったようだ。

 疾駆したヘルガーはその勢いと脚力によって高く飛び上がった。


「お前が来てからは初披露だッ! いくぞ必殺!」


 ヘルガーの身体がぐるりと回転し、脚が槍のように伸ばされる。跳び蹴りの姿勢。


狼爪蹴脚(ヴォルフ・ナーゲル)!!」


 それはただの跳び蹴りだった。

 しかしローゼンクロイツ随一の身体能力と、長年の戦闘経験によって精錬されたフォームによって放たれるそれは、下手な戦車砲より高い破壊力を秘める!


「ドリャアアアァァァ!!!」

「グ、グゥ!!」


 ヘルガー最強の爪は肋の接合部に突き刺さり、その衝撃は檻全てに伝播した。堅固な肋の檻はまるで氷の彫像のようにバラバラに砕け散った。

 これでもう、奴を守るものはない!!


「竜兄!」

「おう!」


 下手な小手先はいらない。最早この一刀を振り下ろすまで。


「――紫緑(しりょく)斬鉄(ざんてつ)!!」


 スパン、と。

 あっけないほどに、シンカーの身体は真っ二つに両断された。







(――これで、終わりか?)


 左肩から股までを斬られたシンカーは、自分の身体が二つに別たれるのを感じた。いくら怪人と言えど、真っ二つにされれば生きてはいられない。それでもシンカーの能力による超再生ならまだ命を繋げたかもしれない。

 しかし、素材となるスライムはもう無い。全て使い切った。砕けて散ってゆく肋にも、ユナイト・ガードのヒートソードによって切断された触手にも手は届かない。

 そもそも、既に体力は限界だった。触手をスライムに変換するのにもシンカーの力を要する。仮に動かせたとしても、スライムに変えて傷を再生する……そこまでの工程を瞬時に行う力は残されていなかった。

 命が、消えてゆく。


(これで、私のバイオ怪人としての華々しい栄達が? いやそれより、人間如きに、バイオ怪人が負ける?)


 それは、シンカーにとって何よりも許せないことだった。

 バイオ怪人は人間より優れた存在だ。それは自分の命よりも思い矜持だった。故に敗北したダウナーの黒星を帳消しにする為に吸収し、バイオ怪人の圧倒的な優位を示そうとしたのに……。


(……許せぬ)


 敗北はどうしても許せない。せめて、せめて――相打ちに。

 バイオ怪人が負けるという結末は、自分の命で消し去らねば!


 スローモーションで最期に映る視界に、勢い余り、姿勢を崩すジャンシアヌの姿が見えた。その背後のエリザベートの姿も。

 両断された肺に微かに残った空気で、喀血しながら叫ぶ。


「お前たちはァ! 道連れだアァァァ!!」


 命を振り絞った、最後の力が細い触手を、一本突き動かした。






「がっ!?」


 ガツンと、頭が揺さぶられる。殴られた強い衝撃が、一瞬私の意識を飛ばした。

 小さな、小さな触手の一発だ。その力は、子どもの拳骨といい勝負だ。

 しかし、全力の一撃を放った直後の私たちは、それを防ぎきることが出来なかった。

 意識が一瞬途切れることによって、背中の電磁スラスターが消える。


「エリ!?」


 力が失せて、竜兄を抱えていた腕も解ける。二人バラバラになって落ちていく。


「うっ……ぐっ……」


 すぐに意識は戻るけど、頭は回らない。力も入らない。ここまでに蓄積されたダメージが限界を迎えた。頭の傷が開き、血が空に飛び散る。発電機関も、酷使した所為で停止した。


「ハハハハ!! アッハハハハハハッ!!!」


 上空で、爆発四散するシンカーの姿が見えた。高らかな笑い声が爆発音に消えていくその光景を見上げて、私は妙に感心してしまった。


(やるなぁ、最期に相打ちとは)


 怪人としては最高の結末だ。羨ましくも感じる。

 弱く、細い最期の力。しかしそれが、同じく限界だった私たちへのトドメになった。

 空が流れていく。


「――!! ――!!」


 竜兄が何か叫んでいる。しかしそれは落ちていく轟風と、遠くなった私の耳の所為で掠れて届かない。

 大方、手を取れと言っているのだろう。それはもう一度自分を抱えて飛んで欲しいという意味ではない。私の朦朧とした様子を見れば、もう無理なのは竜兄なら分かる。

 私は思わず笑みを浮かべてしまった。

 竜兄はきっと、自分が下敷きになることで私の助かる確率を少しでも上げるつもりなのだ。


「――!!」


(ほんと、お兄ちゃんでヒーローだね)


 どこまでいっても竜兄は変わらない。誰かを、そして家族を守る。その力もある。

 私とは、大違いだ。


(――結局、誰も守れなかったな)


 目を閉じて今までを思い返す。自主的な走馬灯だ。

 百合を守りたかった。百合の世界も守りたかった。でも、こんな中途半端なところで投げ出してしまえば、苦難の道を百合に残すことにしかならない。


「――!!」


 ローゼンクロイツを、ヘルガーたちを死の危険に駆り出して、行き着いたのはこんな結末か。何もかも無力で、無意味なものしか残せない。

 怪人未満の私に相応しい、哀れなエンディングだ。


「――!!」


 ……竜兄は生き残れるかな。ここは海上の筈だから、もしかすると竜兄なら助かるかもしれない。何せ列車の上から落ちても無傷だったんだし。私というお荷物がなければ、きっと大丈夫だろう。


「――ぁ!!」


 私がいなくなったらヘルガーたちと親衛隊で戦闘が勃発するかも。その時の為にも竜兄は生きていて欲しいな。止めてくれるかな。


「――ざぁ!!」


 ……いい加減五月蠅いな。最期の瞬間くらい、後悔させて欲しいのに。


「えりざぁ!!!」


 ハッキリ耳に届いた声は、竜兄の物ではなかった。

 目を見開けば、そこにいたのは――稲穂色の翼を羽ばたかせ、必死に私へ手を伸ばす黒い魔法少女。


「はやてぇ!?」

「早く、掴んで!」


 懸命に伸ばされた手に私は慌てて手を伸ばす。柔らかな少女の手に、ボロボロの義手が触れた。

 その瞬間、ふわりと落下速度が一瞬にして落ちる。


「おわっと!」

「お兄さんも!!」


 はやては竜兄にも手を伸ばし、軽くタッチした。同じように竜兄も落下のスピードが格段に落ちる。

 ウィンド†はやての得意魔法。触れた物を軽くする魔法。

 羽毛のように軽くなった私たちは、ふわりふわりと非常にゆっくり落ちていく。


「エリザっ!」


 涙を流しながらはやてがぎゅっと抱きついてきた。私は訳が分からずに問う。


「な、なんではやてちゃん、ここに?」


 中央部で待っているはずじゃ?

 目尻の涙を拭いながら、はやては言った。


「必ず連れて帰るって、約束したから」

「……ははっ」


 思わず笑ってしまった。

 言っている言葉は意味が分からない。いや、いつか聞いた言葉かもしれないが、どの道ここにいる意味を説明していない。

 でも、それでいいのかもしれない。はやての顔を見たら安心してしまった。

 そしてふと気付いた。


 この子は、守れたんだ。


「――ありがと、はやて」


 微笑んで礼を言うと、彼女ははにかんだ。

 もうこの子が虐げられることはない。

 それだけで、さっきまで考えていたことは全部吹き飛んだ。






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