「うるさい。それで、結局どっちだと思う?」
最早私たちを遮る触手は無かった。マスケットも、射程内だ。
「フルファイア!!」
躊躇無く全弾発射する。お試しにしても、中途半端な攻撃では意味が無い。最初から私の全力を出す。
結果は、半ば予想していたが絶望的なものだった。
『フン……』
銃弾は全て巨体に命中した。しかし、傷一つ無い。あの巨体、大きいだけじゃ無く硬い。
だが攻撃できるのは私だけじゃ無い。
「シッ!!」
裂帛の呼気と共に、竜兄が蔦の鞭を振るう。今度は最初から棘を出した、殺傷力の高い一撃だ。まるでクライミングロープのように長い蔦は、ヒーローの膂力によって過不足無く振るわれシンカーの顔面を過たず打った。
しかしそれも、表面に軽い引っ掻き傷が出来ただけだった。猫の爪痕のように細い傷だ。
「……分かっていたけど、火力がいるな」
触手をくぐり抜け、核である本体を大火力で吹き飛ばす。
それが最初に打ち立てたプランであり、私では不足だから竜兄を連れてきた訳だ。
問題は、竜兄ならシンカーを倒せるのかどうかということだ。
「どうだ、アレを一撃でどうにか出来そうか?」
「……そういうことか。しかし、どうかな……」
竜兄は鞭を何度か振るいながら答えた。
「メガブラスト……連装だとしても殺しきれるかは……」
苦々しい竜兄の声に私は内心で舌打ちをした。
竜兄とビートショットの火力は同等だと考えている。かなりの破壊力だ。戦艦程度なら、一撃で沈められる。
それで難しいというのは、流石に常識の範疇を超えている。
「なら、どうす――」
次善の策を相談しようと口を開くが、すぐにそれを閉じた。
シンカーが塔のように太いその腕をこちらへ伸ばしたからだ。
「うおっ……」
その質量、巨大さはそれ自体が凶器だ。当たればぺしゃんこ。それはヒーローである竜兄でも免れないだろう。
幸い、スピードは無い。しかしその大きさ自体が避けきるのも苦労する程のものだ。うっかりしていれば容易く巻き込まれる。悠々としていられる余裕は無かった。
そして縮尺も狂う。余裕を持って避けきったと思っていたが、腕の起こした風を感じてヒヤッとする。
「あっぶなー……」
「もう少し気をつけろ。俺ならともかく、お前は一発でアウトだろ」
「え、耐える自信がお有りで?」
恐ろしい。あんな、ビルが丸ごと落っこちてくるようなものだろうに。これだからヒーローは。
だがまぁ、竜兄の言う通りだ。当たったら私は木っ端微塵。細心の注意を払って避けなくては。
巨人の動向に注意しながら、策を練る。
「弱点になりそうなところはどこか見えないか?」
「……やはり頭か心臓か」
「同じ考えだが、それは向こうもだろう」
私たちで思いつくことだ。本人はとっくに思い至っている筈だ。
であるなら、どちらかはダミーかもしれない。
「外したら痛いぞ。……多分、物理的に」
というか、痛いじゃ済まない。物言えない体になる。
「そもそも、俺の火力でぶっ飛ばせるかも怪しいんだ。何か別の手はないのか」
「と言われても……っと」
また腕が振るわれたので、スピードを上げて回避する。今度は余裕を持って見積もったので、危うげなく避けられた。
腕を見て思いつく。
「先に攻撃手段である腕を削るのは……いや、本末転倒か」
無限に再生するシンカーを一発で沈める手段を探してこの作戦を思いついたんだ。腕をどうにかしても、やはり再生されてしまうだろう。
「ったく、もう少しよく作戦を練れよ。行き当たりばったりが多いのはエリの悪癖だぞ」
「うるさい。それで、結局どっちだと思う?」
やはり、頭か心臓をぶち抜くしかない。問題は、どちらか。
やや間を空けて竜兄は返答した。
「……頭、だな。素直に考えれば」
私も同じ考えだ。何故動物の脳が頭にあるのかと言えば、それが一番都合がいいからだ。脳がある動物のほとんどが同じであると思えば、いくら大きくなってもそれは変わらない。
「それに、ダウナーとやらの頭らしきものもくっついている」
「あぁ、そうだね」
チラリとシンカーを見れば、蛸頭の額に蜘蛛の顔が鎮座しているのが見える。素直に考えれば、あれが拘束能力の源だが……?
「心臓に賭けるには、ちと弱いか」
頭だと推測できる理由がこれだけ揃っている中で、一方心臓部が急所だと思える材料は少ない。勿論心臓も生物にとって重要な器官であることは言うまでも無いが、シンカーの本体がいる可能性はやはり頭の方が高い。
「裏をかかれている可能性もあるけど……」
「そこにオールベットするのも怖い」
「そう」
あえて裏をかいて外れたらそれはそれで間抜けだ。そもそも、あの巨体を運用する上で急所を変えられる余裕があるかどうかも怪しい。
「頭にしよう。竜兄頼む」
「おう」
三度振るわれた巨腕を回避し、余裕が生まれたところで射撃体勢に入った。私は空中で静止し、竜兄はフォームを変えた。
薄緑のタリスマンを外し、青紫へ換装。そして生み出したレイピアに、青紫と桃色のタリスマンを装着する。
「ハァ……!」
二色の花弁が生じ、凄まじい力が渦巻き始める。密着しているだけで体に震えが伝わる程だ。
それに畏怖を覚えながら、軽口を叩く。
「蛸の頭は額だぞ」
「分かってるよ!」
レイピアがピンと真っ直ぐ巨人へと向けられ、それを中心として花弁が舞う。竜巻となってわだかまり、解放の時を待つ。
そして、その瞬間はすぐに訪れた。
「――ダブル・ブーケ・メガブラスト!!!」
竜兄の裂帛の気合いと共に、旋風が巻き起こった。青紫と桃色の美しい花吹雪が、巨人へ向けて轟々と吹き荒れた。
アルラウネの加護が全て破壊の力として収束されたメガブラスト。その連装。かつてはやてと一緒に辛うじて受け止めたメガブラストとは数段も威力が違い、私はまだ手加減されていたということを知った。
本物の竜巻は街一つを壊滅的な被害に追いやる。この花の轟風も、それくらい平らげるのは容易いだろう。
二色に彩られる美しいタイフーンは、過たず巨人の蛸頭を巻き込んだ。
『グ……オオオォオォ!!』
ザクリ、ザクリと蛸の頭が花弁に切り刻まれていく。銃弾で傷一つつかなかったあの硬い皮膚が。まるでまな板の上の切り身を捌くかのように裂かれて、そして。
『ガアァ!! グ、ガアアアァァ!!!』
叫ぶ、雄叫ぶ。蜘蛛頭が。花弁が突き刺さったことにより、蜘蛛の鋏のような口を開き悲鳴を上げる。
だが唐突に途切れる。蜘蛛頭の根元に花弁が食い込んだことにより、ポロリと、あっけなく首が落ちたからだ。額から転げ落ちた蜘蛛頭が竜巻に巻き上げられ消えていく。
残った蛸頭も、変わらぬ運命を辿った。
『グ、ギガアァァアァ……!』
そのまんまだが、蛸のぶつ切りだ。
竜巻が消え去ったと同時に、シンカーの巨大な頭部だったそれは、ハラハラと寸断された身を首の上から溢していく。
首の上には、白い断面だけが残っていた。ジャンシアヌのメガブラストは、巨人の頭部をもぎ取った。
だが。
「――違う」
切り刻まれた蛸の切り身。その断面に視神経やら血管らしき器官は見て取れても、目当ての存在は欠片も見当たらない。
「いない! ハズレだ!!」
失敗を悟った私は電磁の翼をはためかせ、その場から離脱しようと試みる。だが、それを阻むために首を失ったシンカーの身体に変化が起こった。
首の断面がうねり、そして分かれ、細く伸びる。それは伸縮し、こちらへ伸びてくる。
何か分からないわけが無い。散々苦労した、触手だ。
「くっ!」
にゅるりと伸びてくる触手を躱し、銃で撃ち消す。しかし新たな触手はすぐに膨大な数となり、きりが無い。
その内の一本が裂け、口となり嘲った。
『ハハハ……あなたたちが吹き飛ばしたのはダウナーの残滓。つまりあなた方の成果はあの蜘蛛の首一つです。ハハハ! 見当違いも甚だしい!!』
「くっそ、それを見越して裏をかいたんだろう……!」
見抜けなかった。この分だと本体は心臓部だ。もう一度撃たなければ。
「竜兄! ……竜兄!?」
返事が無い。竜兄に目を受けると、そこにはぐったりと項垂れるヒーローの姿が。
「竜兄!!」
『余所見……していていいのカァァアアアアァァ!!』
迫った触手が、私たちの胴に絡みついた。




