「精々守っておくれよ。……お兄ちゃん」
『オオオォォオォォ……』
「……随分デカくなったな」
私を取り逃がした怒りに吠えるシンカーを見やって、竜兄は呟いた。あの広間を脱出したときより、シンカーは肥大化している。そんな感想が出てくるのも無理はないだろう。
竜兄の腕の中から抜け出しつつ私は問うた。
「他は?」
「まずは俺だ。足は速いからな」
ヒーローは大抵健脚だ。身体能力が常人と隔絶しているためだ。スタミナもあるため、ヒーローが本気を出せばアスリートだって追いつくのは困難である。それにジャンシアヌなら、ジェンシャンフォームを使えば更に速くなる。
一刻も早く駆けつけるために一人先行してきてくれたのか。
「心配性だな」
「そのなりでよく言えたもんだ」
……確かに、危ないところだった。
バツの悪くなった私は咳払いして再び電磁スラスターで浮かび上がる。
「よし……飛行手段に支障は無いな」
「そうか、なら俺はあそこの狼男と合流して捌くか」
竜兄の視線の先には触手相手に奮闘するヘルガーの姿があった。やはり今でも防戦でいっぱいだが、触手の内の何割かがヘルガーに向かっているからこそ飛行組も無事でいられた。だから向こうも大事ではあるが……。
「いや、そうだな……ジャンシアヌ、体重は人間時と比べて重いか?」
「ん? そんなことは無いが。所詮植物だしな。ライラックフォームの時は盾槍が重いが」
「それなら」
私はジャンシアヌの背後に回り込んで、胴に手を回して抱き抱えた。
「おい?」
「んぐ……待ってろ……」
力を篭める。抱きつくようにしてしっかり抱えて、私は背中の電磁スラスターの出力を上げた。
ふわり、と竜兄の足が外壁部から離れた。
「おお?」
「む、ぐ……やっぱり人一人抱えるだけで限界だな」
私は、いや私とジャンシアヌは宙に浮いていた。言うまでも無く、電磁スラスターの力だ。
それを見たヘルガーが触手を迎撃しながら叫ぶ。
「おま、それが出来るなら最初からやれよ! 俺に!」
「馬鹿言うな。お前を抱え上げたら腕が外れるわ」
ヘルガーは竜兄よりも背が高く、そして重い。怪人としての怪力を発するために、凝縮された筋繊維が詰まっているのだ。
一方で私は普通の人を一人抱え上げるだけで精一杯。しかもそれですら、出力のほとんどを使ってしまっている。
「諦めてそこで頑張ってろ! もうすぐユナイト・ガードが来るんだから!」
私はそう言い捨てて、竜兄を抱えながら浮上した。何やらヘルガーの恨み声が聞こえる気もするが、それよりも戦いに集中せねば。
再び空中の戦場に舞い戻る。私と違いスラスターを起動しながら余裕で別兵装を展開できるビートショットは、未だに触手を焼き続けている。ビートショットのガトリングレールガンはシンカーの触手をほとんど寄せ付けないが、しかし本体に雷の銃弾が届いている訳では無かった。
なので、私たちがシンカー本体にトドメを刺す必要がある。
「ってことだ、ジャンシアヌ。私たちで特攻するぞ」
「まぁ俺はいいけどよ。お前が大丈夫か」
竜兄が不安げに問うてくる。もう既に手傷を負って満身創痍の私を気遣っているのだろう。だけど心配無用だ。
「何を言う。ヒーローの背中ほど、安心できる場所も無いだろう」
両腕が開いていれば肩を竦めただろう。
今まで私たちに散々立ちはだかってきたヒーロー共。その強さも、不屈さも私は良く知っている。とても困り、そして絶望してきた。故に、この場所がどれほど安心できるかよく知っていた。
「精々守っておくれよ。……お兄ちゃん」
最後の部分だけ小声で囁き、私は電磁スラスターで急加速をつけた。
「お前……はぁ、お転婆な妹を持つのも兄の宿命か」
溜息交じりにそう呟いた竜兄。そのフェイスガードの下は見えない。だが、笑っている気がした。
「よし! ビートショットはそのまま触手を迎撃し続けてくれ! 突っ込んでくる!」
すれ違いざまにビートショットにそう伝え、私はまっしぐらに触手の壁に向かった。触手は私たち目掛け蠢き、その先端を伸ばしてくる。そのままぶち当たればすぐに絡め取られてしまうが。
『当たるようなヘマはするなよ!』
ビートショットの怒濤の、しかして正確な射撃が触手の束を吹き飛ばした。触手の中に間隙が生まれる。その穴を悠々とくぐり抜け、私たちはシンカーに迫っていく。
「ッ! おい来るぞ!」
「あぁ、見えているさ」
当然、シンカーもただやられるだけじゃ無い。焼かれた触手の残った部分を回収し、再編した触手群が私たちに伸ばされる。ビートショットの援護射撃は先までの触手を迎撃中で間に合わない。
「迎撃するぞ! 準備はいいか女幹部!」
「分かってるさ! そっちこそ下手を打つなよ!」
私は白いマスケット銃を、竜兄は緑の蔦を自身の体から伸ばし触手を迎え撃った。
銃口が火を噴き、幾本かの触手を弾いた。しかしその成果は芳しくない。さっきと同じように十丁で狙い撃っているのだが、触手を避けるために高速移動している所為で、狙いは上手くつけられない。撃ち抜かれるのを逃れた触手が私たちへ巻き付こうと伸びる。
だけど、カバーするように竜兄の蔦が鞭のようにしなり触手を打ち据えた。
「ナイス!」
「だったら外すなよ! 折角貸しているんだから!」
「弾の請求はいらないでしょ!」
私と竜兄の息はぴったりだ。親衛隊の連携にも勝る。それは兄妹ならではというのもあるが、私たち二人の武術の師が同じというのもある。戦闘経験の基底が同じなので、なんとなく感覚が掴めるのだ。
私が銃で迎撃し、撃ち漏らしを竜兄が打ち払う。蔦では触手を一時的にしか退かせられないが、背後からの援護射撃が追いついて触手を過たず貫き焦がす。
「やっぱりヒーローはいいなぁ!」
思わず本音が出た。いや本当に強い。
共に戦う二人もそうだが、預かっている白いタリスマンもいい。私の強力な攻撃はそのほとんどが発電機関を利用した物だが、こうやって電磁スラスターで空を飛んでいる間は出力が割かれて使えない欠点がある。
しかし、電気を使わないこのマスケット銃なら使える。そして強力だ。
『ガアァッ!! 【動くなァ!】』
「むっ!」
触手の一本が裂け、口となって叫ぶ。そこに篭められた拘束の能力が、竜兄を縛り付けた。
しかし、それで止まりはしない。当たり前だ。飛んでいるのはあくまで私。竜兄を止めたところで撃ち落とせはしない。
マスケットで触手を撃ち抜けば、竜兄の身体の自由は簡単に戻ってきた。
「ふぅっ! 確かにこれは固まるな」
「でしょ? 一対一だと強いんだけど……」
『【動くなァ!!】』
竜兄に話しかけようとした瞬間、またもや触手が口を開き、今度は私を拘束する。だが、それも無意味だ。
電磁スラスターを起動しているのは発電機関という、あくまで機械。それならばダウナーの能力で止まることは無く、私たちはかっ飛び続ける。
ダウナーの能力は、一人では対処出来ない。
しかし、二人なら戦える。
竜兄の伸ばした蔦が口のついた触手を縛り上げ、棘によってバラバラに引き裂く。すると、あっさりと拘束は解除された。
「おっと……口を破壊すれば拘束は解けるんだな」
いい発見だ。すぐに解除できる。
そのまま私たちは快進撃を続けた。何度も触手が追いすがり、裂けた口が制止させてきたがその都度私たちは撃ち、叩き落とす。
そうしている内に新たな発見もある。
「拘束できるのは一人だけみたいだね」
「確かにな。可能なら、俺たち二人をいっぺんにやっちまえばすぐ落とせる」
私たちはどちらかが止まっても容易く突破可能だが、一度に二人纏めて拘束されればその限りでは無い。それを警戒していたが、その気配は無い。
ダウナーは可能だった。しかしシンカーは、違うのか。
「そうか、意外と盲点だったな」
私はジャンシアヌの力を完全には使いこなせなかった。所詮は他人の能力だ。
そしてそれは、シンカーにも言える。
私と同じように、ダウナーの能力を上手く使えないのか。
「ふっ……やはり、身の丈に合わないことはお互いするものじゃないな?」
そして私たちは、触手の妨害をついに突破した。
「なぁ、シンカー?」
『エリザベートォ……!』
怒りの形相を剥くシンカーの顔が、何の妨害も無くはっきりと見えた。




