「やるしかない! フルファイア!!」
「あ、そうだ竜兄。タリスマンが欲しい」
『は? ……タリスマンって、俺の奴か?』
「そうそう」
『やるわけねぇだろ!?』
ダウナーの元へ向かう前、竜兄と交わした会話だ。
ビートショットの参戦が確定して、いざ向かおうと準備している中で私はタリスマンを求めた。竜兄は何を言っているんだと驚愕した。ジャンシアヌの力の源の一つであるタリスマンは竜兄の生命線だ。絶対に渡せない。竜兄の驚愕は当然と言えば当然だ。
そんな竜兄に私は違う違うと首を横に振った。
「そうじゃなくて、いやくれるんなら有り難く頂くけど、一時的に貸して欲しいってだけだよ」
『はぁ?』
「この遺跡にいる間だけね」
『そんなの、何に使うんだ?』
竜兄が疑問の声を上げる。普通はそうだ。ヒーローの力と言えど、タリスマン単体では何の役にも立たない。アルラウネの加護を受けた竜兄が使って初めてジャンシアヌの鎧となる。
しかし、タリスマンに力が籠められているのも事実だ。
「ちょっとウチのに開発させた奴があってね。ジャンシアヌの力を使えるかも知れないんだ。見つかったときのことを考えて、持っておきたくてね」
私たちが関わっていることは知られてはいけない。できうる限り隠密して事を行うつもりだ。しかしそれはそれとして、見つかった場合に対する備えも必要だ。
「私の力じゃシンカーには対応できない。なので竜兄の力を借りたくてね」
『成程……だが、よくそんな装置が作れたな。実物も無しに』
「理論上は問題ない」
『……テストしてないのか』
通信機の向こうで頭を抱えている竜兄が想像出来る。だがこればかりは仕方ない。何せ肝心のタリスマンが無くては試験のしようもない。
『はぁ~……。分かった、一つだけ置いておく。通り道を指定してくれ』
「ありがと」
竜兄は盛大に溜息をついて了承した。
「そしてこれがジャンシアヌの力! ……なんだけど」
私は現れた十丁の銃を見て首を傾げた。
白いマスケット銃。それはジャンシアヌのリリィフォームが展開する固有武器だ。これによる圧倒的な火力制圧がリリィフォームの基本戦術。それは分かる。
しかし、想像ではもっと、軍隊もかくやと言うぐらい並ぶと思っていた。
何せこれが全力なのだ。
「やっぱり、本家じゃ無いと大した力は出せないってことか……」
ちょっと落胆する。だって竜兄と同じくらいのすごい力が得られると思っていたのだ。話によると竜兄は一度に百丁前後は展開できるという。要するに私に引き出せる力は十分の一程度。数字にするとより残念だ。
でもがっかりばかりもしてられない。触手はすぐ傍まで迫っている。
「やるしかない! フルファイア!!」
私の号令と共に、十丁のマスケットが一斉砲火する。赤い閃光は十発全て触手に命中し吹き飛ばす。だけど炭化して再生しなくなったのはその半分の五本だけだった。
「だぁ! 電撃ほど焦げない!」
どうやら確定で焼ける電気と違い、断面が焦げるかどうかは半々といったところらしい。
一発装填のマスケットを囮として触手に向けて投げ捨て、新たなマスケット銃を出現させる。これで再度発砲可能だ。
しかしその瞬間、私の身体が軋む。
「んぐっ! ……もしかして、生命力を吸われている?」
まるで身体に這った蔦に締め付けられるような、何かを吸われているかのような感触に私は嫌な予感を覚える。
……そうか。竜兄は浴びた太陽光をエネルギーにして銃を発生させるけど、私には当然光合成する機能なんて無い。ならどこからエネルギーを捻出するかというと、本人の命が手っ取り早い。
つまり、使いすぎると吸われ尽くして死ぬ。
「あーもー! そんなのばっかだなぁ!」
しかして使わない理由も無い。いくらジャンシアヌより弱いとしても、この連射は私の力じゃ替えが効かない能力だ。ギガ・ワイド・ブラストなら一度に多くの触手を巻き込めるが、その後が続かない。その点、この白いタリスマンの力は銃自体を再装填することで連射が可能で、弾幕によって面の制圧も出来る。例え命が削られても、頼るしか無かった。
「再度、フルファイア!」
再び白い銃口が火を吹き、迫り来る触手のいくらかを吹き飛ばす。威力は十分だけど、必ず触手を焦がすとは限らないのが難点だ。再生した触手にもう一度弾丸を撃ち込み、今度こそ黙らせる。
「くっ……」
何度も何度も続け、弾幕を維持し続ける。
銃を換装する度に身体の力が抜けていくが、躊躇っている暇は無い。撃って撃って、撃ち尽くす。なるべく二枚抜き以上を狙い、それでいて手間取らないよう動きを最適化する。必中かつ高速。それが最低限。
それでも触手は減らし切れない。
「……っ! 駄目だ、もう限界だ!」
ついに触手は私に迫り、浮かせた銃を絡め取った。バキリと音を立ててへし折られるマスケット銃。そして私を逃す手も無い。
「うっ、離せよ!」
足に触手が絡まる。引き抜こうとしても、万力のように絞められてピクリとも動かない。そしてその力は段々と強まる。
『……捕らえましたよ』
くぐもってはいるが、聞き覚えのある声だ。触手の側面に亀裂が入り、弧を描いた口となる。
「ぐっ……!」
このまま足が折り潰されて引き千切られる事を覚悟する。
しかし触手は、ニタリと笑った口ごと灰燼と帰した。
『よく持った方だが、本命の弾幕はこちらだ』
そのまま迫った触手たちが殲滅されていく。下手人は雷光だ。しかしこれまでビートショットが撃っていた雷よりも、細く、鋭い。まるで針のようだ。
振り返ったビートショットの姿は先程とは違っていた。
両腕が幾つもの筒を束ねた銃口、所謂ガトリングガンに置き換わっている。その一本一本が帯電しており、触れただけで黒焦げになりそうだ。
「それが……」
『あぁ、ドクトルの用意した一対多数用の新兵装、『ガトリングレールガン』だ!!』
銃身が回り、収束された雷光が撃ち出される。銃口は十を超えていて、まるで嵐のような連射だ。そしてその一射一射が触手を五本は吹き飛ばす。
「すげっ……」
細くなった雷はピンポイントになった分、貫通力と威力が増しているようでより効率的に触手を焼き焦がす。
レールガンと言っても本来のように金属弾を電気で加速させて撃ち出している訳では無く、収束させた雷を弾丸に見立ててそれを更に電気で加速させているようだ。それって本当に地球の物理法則に則ってるの? どういう原理かはまるで見当がつかないが、とにかくその威力は絶大。たちまちに触手はその数を減らしていく。
『オオォオォ……』
流石のシンカーも、いきなりの痛烈に悶え苦しんでいるようだ。触手の壁の向こうで巨体を揺らしている。
「よし、これならこのままいけそうだ……」
凄まじい威力に安心した私。しかしその隙を狙うかのように、シンカーの触手の内の一本が、弾幕をくぐり抜けて私に迫った。
「おっと、楽はさせてくれないか」
だが所詮一本。たったそれだけに命を減らすのも勿体ないので、腰のサーベルを抜いて斬り捨てようとする。
先程と何の違いも無い触手。その一部にギザギザの亀裂が入り、口となって開いた。それもさっき見た。変わりない。
しかし、その口から発された言葉は今までと違った。
『……【動くな】』
「は……あっ!?」
ビキリと身体が固まった。覚えのある、全身雁字搦めにされたような感覚。
そして先程聞こえた、やはり覚えのある声!
「ダウ、ナ……」
しまった。ダウナーを忘れていた。能力以外特徴の無いダウナーをわざわざ取り込んだのだから、その力を使えることは予想しておくべきだったのに!
固まった私に、スルリと巻き付く触手。辛うじて動く機械の義手で抵抗しようと試みるが、それを見越して触手は腕を巻き込むようにして絡みついた。私は簡単に拘束されてしまう。
『!! エリザベート・ブリッツ!!』
ビートショットが気付くが、もう遅い。まるで引き延ばされたゴムが縮むかのような勢いで、触手はシンカーの元へ戻っていく。その先に、私という獲物を確保して。
(お……これは、まずいな)
身体は動かない。ビートショットのレールガンからは、あっという間に射程外。ヘルガーは飛べない。そしてシンカーは巨大な口を開いて私を待っている。
久々の絶体絶命。しかも助かりそうも無い。
ちょっとこれは……死んだかも。
『グハハ……まずは忌まわしい雑魚を躍り食いといきましょうか』
為す術無く口元へ運ばれる私。いよいよ覚悟を決める。
その瞬間、私に更に巻き付くものがあった。
『グッ?』
触手の上に巻き付いた物を見て、シンカーが首を傾げる。触手よりも細い、緑色の紐。
それに私は希望を見い出した。
(この……蔦は!)
細い紐の正体は植物の蔦だった。見覚えは、ある。そしてその蔦は変化した。棘だ、茨だ。表面に無数の棘が突き出して、シンカーの触手はズタズタに引き裂かれる。
『ググッ?』
触手が千々にばらけたことによって解放された私に、新たな触手が巻き付く。そして先程と同じように、思い切り引っ張られる。
ただし、今度収まったのは外壁部に立った、植物の戦士の腕の中だった。
「りゅ……ジャンシアヌ!」
「……流石に食われかけたのは初か?」
「そんな死にかけ網羅ばっかしてないよ」
緑の花を咲かせたジャンシアヌが、ようやく到着した。




