『見つけたあぁぁぁぁ……』
シンカーは遺跡の一角で肥大化した身体を揺らしていた。
その大きさは上半身だけで7メートル近い。一方で下半身は幾つもの触手に細分化している為に正確な大きさは知れなかった。
額に蜘蛛の顔をつけたシンカーは唸る。
『ちょこまかと……』
彼は目玉をつけた触手を伸ばし、標的を追跡していた。狙うのは当然、この惨状を呼び寄せた元凶だ。
『目をかけてやれば、つけ上がる……本当に、人間というのは度しがたい……』
シンカーはバイオ怪人以外を見下している。彼以外のバイオ怪人も同じだ。
例外ははやてを始めとする無理矢理バイオ怪人にされた人間だけだった。
それは自分たちバイオ怪人こそが進化した人類であると心底信じているからだ。
過酷なウィルスの選別を生き残り、複数の生物の特徴を持ち優れた能力を持つ自分たちこそが、地球の支配者になるべきだと常々考えている。それこそがバイドローンの行動理念だった。
しかしその野望は遅々として進まない。
バイオ怪人として適応できる可能性が低く、怪人の数が一向に増えないからだ。
そしてそのバイオ怪人自身の身体の維持にも費用が掛かる。薬物を用いて細胞を制御しなければ、すぐさま命に関わる。
そんな状況を打開する作戦こそ、今回の全人類バイオ怪人化計画だった。
『邪魔をするなど許せん』
シンカーからすれば、何故拒否するのか理解に苦しむ話だ。折角より上位の存在のに昇華するチャンスをやろうという親切心だと、心底思っていた。
その過程で適応できず命を落とす者たちは、最初から勘定に無い。
彼はそういった存在を、それこそ数千と己の手で作ってきたからだ。
しかし人間が不合理な忌避感を抱くのは分かっていたことだ。
その為に計画を中止できないところまでいって初めて作戦の最終目的を教えてやった。止めるには戦力は足りず、逆らえば自分たちが滅ぼされるといつところまで追い詰めて。
悪の組織なら、世界より自分たちの方を優先するだろうと考えてだ。自分たちを範囲外に置けという要求ぐらいは呑んでやる心構えもしていた。
『その心意気を無碍にした挙げ句、まさかヒーロー共に心を売るとは……』
予想外だった。ヒーロー、ユナイト・ガード共に与するとは。
何故なら奴らは命がけの戦いを繰り広げていた。廃工場で、シルヴァーエクスプレスで。
奴は、エリザベート・ブリッツはその度に何度も死にかけたはずだ。なのに何故、平気な顔で助けを求められる?
シンカーには理解不能だった。
触手の目玉を通じた視界を見れば、今もまたビートショットと併走している。追いかける触手の内何本かが超電磁ソードで切り落とされるが、また別の触手を用意して増援させる。
『逃がしませんよ。こちらの再生力を甘く見ない方がいい』
シンカーの能力はキメラのスライム化だ。スライムは地面や水中に潜ませることが可能で、彼はこの能力によって大軍を常に率いている。
そしてスライムは、自分の身体にも染み渡らせることが可能だ。
『いくら斬られても、すぐに蘇る……』
そして自分の身体とした場合、自由に変化させることが出来た。
目玉の付いた触手だろうが、柱のように太い剛腕だろうが思いのままだ。
切り裂かれた触手を回収し、すぐにスライムに戻して再生することも簡単だった。
流石に炭化させられた断面は破棄せざるを得ないが……それでも無限に近い再生能力を持つ。
負けるとは思っていない。唯一苦手とする相手は、はやてだけ。
この重量級の身体を叩きつけられれば、大ダメージは必至だ。
だからこそアッパーやダウナーと協力して手篭めにした。
『奴は逆らえない……問題ない』
はやての命を握るスイッチはまだ保持している。その気になればいつでも押せる。
だがまだ押さない。呼べば自分の戦力になるし、万が一の場合は遺跡の中心部を命がけで守らせることも出来る。今は必要ないだけだ。問題ない。絶対に逆らえない。
シンカーはエリザとはやてに芽生えた絆を察知してはいなかった。
『!! これは……!』
触手の視界に変化が起こった。
今までは通路を逃げてたまに触手を撃退するだけだった標的たちが、通路以外の場所に出た。
それは外だ。古代遺跡の外に飛び出し、青空の下に躍り出る。
しめた、とシンカーは思った。
入り組んだ通路ならともかく、空けた空中では逃げ場は無い。
そのまま空に逃げれば話は別だが、計画を止めることが目的ならばそれはそれで勝ちだ。
『では、仕留めに参りますか……』
巨体を震わせ、シンカーは壁を破壊しながら敵の元へ向かった。
破壊した破片が額に当たると、蜘蛛の顔がまるでむずがるように揺れた。
それを感じたシンカーは異形の貌に微かに笑みを浮かべる。
『ええ、分かってますよ。私たちの方が優れていると、示してみせましょう……』
ダウナーの答えは無かった。
◇ ◇ ◇
「いてて……」
「動けるか?」
「足を使わなくていい空中でならな」
頭に巻いた包帯の位置を確かめながら、外壁に立ったヘルガーに返答する。
私とビートショットは、電磁スラスターで空中に浮かんでいた。私たちならば空中戦をこなせる。それに負傷した足を使わないこともありがたい。
『……来るだろうか?』
ビートショットが首を傾げる。私は自信を持って答えた。
「来るさ。見逃しはしない」
外に飛び出したのはシンカーをおびき寄せるためだ。私の所業に怒り心頭のシンカーはまず私を仕留めに来る。更に言えば、通路内部でも触手を躱されて鬱屈していそうだ。そんな奴らが開けた場所に出たのなら喜び勇んで狩りに出かけるだろう。
何しろ、シンカーの巨体を存分に生かせる。
「奴としても遺跡内部は力を発揮しづらい場所だ。狭いし、何より壊しすぎるとそもそもの計画に差し支える。だから戦場が外なのはシンカーにとっても最良だ」
『なら、まずいのでは? 敵が全力を発揮するのは好ましくない』
ビートショットの言うとおり、敵の能力を削ぐ方向に考えるのが地の利の兵法というものだ。しかし、そうもいかない時もある。
「いやまかり間違って中心部を破壊され、墜落というパターンが一番まずい。もうこの遺跡では、ウィルスの培養が始まっているからな」
『そうか、墜落すれば広まってしまう可能性が……』
そう、ウィルスを万が一浴びてしまえば被害者が出る。感染しない機械であるビートショットは思いつかなかったようだ。
その為にも、中心部には触らせてはならない。
「今この遺跡はゆっくりと移動中だ。そういう風に指示してある。人気の無いところへ運ぶまで、私たちは破壊をなんとしても避けなくてはならない」
蝉時雨に頼んであるが、門外漢ゆえ手間取るだろう。その時間を稼ぎ、なおかつシンカー撃破を目指す。
「親衛隊やジャンシアヌもここに来るよう連絡してある。だが、それよりも先に……」
言いかけた瞬間、轟音が響いた。
何事と問うまでもない。外壁を破壊しシンカーの巨体が現れた音だった。
八つと二つの瞳が私たちを捕捉する。
『見つけたあぁぁぁぁ……』
睥睨するシンカーは逃げ出したときよりも巨大で、異形化していた。下半身は数多の触手に分かれ、腕は一対増えている。ビートショットならともかく、私とヘルガーは真正面からぶつかっては勝てそうも無い。
だが、やらねばならぬ。
『逃がす……ものかあああああぁ!!』
「逃げはしないさ」
サーベルを抜き放ち、まだ遠いシンカーの鼻っ面に突きつけるようにして宣誓する。
「ここで決着をつける」
紫電が、雷電が、疾駆する影が迸り、巨人へと立ち向かう。
絶望的な差を物ともせずに向かってきた小物たちを前に、シンカーは怒りを以てただ叩き潰しにかかってきた。




