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番外:大狼の眺める小さな背中





「実際イチゴ怪人って、ヘルガー君、お前が指揮するとしたらどうだ?」

「肉壁、いや果肉壁だな」

「それしかないよなぁ……」


 廊下を往く、少女の背中。

 背は低く、俺の胸の半ばまでしかない。まぁ俺がでかいと言えばそうなんだが。実際には多分160cmはあるようだから、年齢の割には背丈はある方だろう。

 歩く度に左右に揺れる黒髪は、一応歳相応の洒落っ気が出ているのか、背中にかかるぐらいの長さだ。

 しかしその足取りはきびきびと。少女らしさを感じさせない軍人の風格だった。


(これで数日前までは女子高生だって言うのだから、驚きだ)


 そんな少女の後ろを拝する立場にある情けない男の名はヘルガー。

 俺はこの少女に惨敗を喫し、配下に成り下がった。

 しかも、救われる形で。




 かつて俺は武闘派と呼ばれるローゼンクロイツの中でも最強の名を欲しいままにする怪人だった。

 獣型怪人の中でも戦闘能力、指揮能力に優れた狼型。それにふさわしい才能。

 ヒーローを何体も返り討ちにし、仇敵であるユニコルオンとは何度も競り合ったローゼンクロイツ一の怪人。それが俺だった。


 栄光を欲しいままにする俺だったが、それは偽物の栄光だった。

 近年、他の悪の組織では怪人のパワーインフレが激しく、それに追いつこうとして迷走してしまった我が改造室は怪人開発競争に大きく出遅れた。

 結果一対一ではまず勝ち目は無くなり、仕方なく団体で運用するように体制を変更したが、それはつまり活動の幅を狭めるということ。

 ローゼンクロイツの勢いは完全に止まってしまった。

 挙句の果てに、総統閣下の死亡。

 それ事態はこれまでにも何度もあったが、落ち目に入りつつある現在には泣きっ面に蜂の出来事だ。

 歴史あるローゼンクロイツの失墜。

 幹部の誰もが脳裏に浮かべた予感であった。


 そして現れた摂政、エリザ。

 新たな総統の姉であるという小娘は、あろうことか幹部会議にて戦闘部門の縮小をするとのたまいやがった。

 挙句の果てには武闘派を辞めて経済、政治的な活動を主にするだと? そんな事をすれば怪人の立場が狭くなっちまう。

 俺は当然抗議を申し立てた。改造室の予算増額も、どうせまた徒労に終わると考えていたからだ。ならば現状維持の体制を続けた方がいい。

 そんな俺の意義をお見通しと言わんばかりに――実際、予想済みで俺はまんまと罠にかかったのだが――奴は決闘の場を用意させ、俺に決闘を挑んだ。

 とんだ無謀だと嗤い、そして余裕綽々に構え、そして、


 無様に負けた。


 それはもう、見事な完敗だった。一切の弁解の余地が無い敗北。

 俺の油断、奴の策略。俺の戦術、奴の予知。全てが俺の上を行き、そして俺は何も出来ず地を舐めた。

 敗北なんて、何年振りだ。ガイアフロート戦線以来だ。

 その瞬間、俺は悟ったのさ。もう俺の時代は終わったとね。


 潔く死のうとした。ヴィオドレッドの野郎に頭を下げて、同期や若い連中に見届け人になってもらって……。自分自身の幕を引こうとした。

 だがそれでも奴は再び立ち塞がった。

 奇妙な奴だ……。そう思った。自分を負かした相手を助けようとするなど、悪の組織に向いていないとすら思わせる。

 しかし今になって分かる。あの時はまだ組織に慣れていなかっただけなのだと。思えば数日前は女子高生なのだ。悪の組織の空気に完全適合するのには時間が足りない。

 まぁ今ではすっかり馴染んでいる気がするが。


 ヤクトとエリザの説得で俺は切腹を取りやめ、ケジメに収まった。地位を剥奪されて、負かした人間の傘下に入る。屈辱的な筈の顛末だが、何故か俺は清々しかった。

 そんな事を思いながら、目の前の少女の背中に声をかける。


「そろそろ飯にした方がいいんじゃないか?」

「ん? そうか?」

「もういい時間だと思うが」


 懐から取り出した懐中時計をチェックすると時針は七時を指していた。地下ゆえに感覚が狂いそうだが、今外は夜の筈。

 夕飯にはいい時間だろう。


「食堂に行くか?」

「……別に無理に食べる必要は無いんじゃないか?」

「駄目だろ。ほら行くぞ。総統閣下に言い含められているんだから」

「むぅ……百合の言うことじゃ仕方無い……」


 渋々ながら進路を士官食堂に取るエリザ。

 コイツはたびたび食事を抜こうとする癖があった。自身にとって食事は栄養補給の手段でしか無く、なんなら携帯食料や栄養ゼリーだけで済ましてもよいと考える人間だ。

 当然、激務の中でそんなことをすれば栄養失調で倒れるのは目に見えているので、俺は引き摺ってでも食堂に連れていく任を総統閣下から仰せつかっていた。

 なんでも、この悪癖はローゼンクロイツに来る前からの物らしい。家ではご飯時の家族団欒の時間は大切だと母親に言い含められていたから守ってはいたものの、一人で外出した時は外食などは一切しなかったという。

 ローゼンクロイツにおいても当然のようにその悪癖を発動しかけた為、総統閣下は副官のような任を任せられている俺に無理やりにでも食事をさせるようにと厳命した。

 実際、俺が連れていかなければコイツはまともな物を食おうとしない。


「……あ、そうだ。ヴィオドレッド君に装甲車の改装についての相談があった」

「後でな」

「いや、飯よりも大事だろ。私たちの足だぞ?」

「それでも、後だ。……しゃあねぇ、ほい」

「うわっ!?」


 用事を思い出して食堂に向かう足を反転させようとしたエリザを逃がさない為に、俺はその華奢な肉体を脇に抱え上げた。

 軽いな……やっぱりあんま食べて無いんじゃないか?

 しかしそんな俺の心配を余所に小脇のエリザは手足をバタつかせ暴れまくる。


「ちょ、ちょっと! 放せ!」

「駄目だ。ほっといたらどうせ飯食わねぇだろ」

「だからってこんな……恥ずかしい」


 おや、こいつにも恥ずかしいという感覚はあったのか。てっきりそういう人間として当たり前の感情が欠落しているのかと。

 ちらりと抱えたエリザを見てみると、僅かに顔を赤らめている。……確かに、女子高生には酷な仕打ちか? 流石に降ろした方がいいかもな。

 しかしそんな俺の悩みも次の瞬間には霧散する。


「……しかし案外効率的な移動方法かもしれないな。ヘルガー君の方が歩幅は大きいから移動速度は速い訳だし、怪人と比較して体力の少ない私の活動力も温存できる。威厳を保つの為に普段からは出来ないが、人目のつかない場所ではこの移動方法も大有りかも知れない……」

「今回ばかりだからな、止めとけ」


 あ、分かったコイツ、適応が早すぎるんだ。

 肝が据わり過ぎて、大抵の物事に瞬時に慣れることが出来る性質の持ち主らしい。どうりで悪の組織に来て数日で辣腕を振るう訳だよ。

 ブレーキ役を俺がしてやらないと、どんどこ悪の組織の風習に染っていってしまいそうだ。

 それはいかん。


(……はて? なんで俺は今、こいつが悪に染まっていくことに危機感を覚えた?)


 俺たちは悪の組織の一員なのだから、こいつがローゼンクロイツに慣れていくのは喜ばしい事の筈だ。しかしそれを歓迎できないのは……何故だ?

 ……分からん。分からんことは、分かるようになるまで放っておくに限る。

 その内閃いて、疑問は氷解するだろう。

 今はコイツを食堂に運ぶのが最優先だ。

 士官食堂の今日の日替わりメニューは女性幹部に人気のペペロンチーノだからな。きっとコイツも気に入る。


「飯食わねぇとナイスバディになれんぞ」

「はぁ!? 男って奴ぁよぉ! 口を開くとすぐそれだぁよ!」


 おっと、地雷だったようだ。

 コイツのスタイルは身長以外全部、妹に完全敗北しているのだった。






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― 新着の感想 ―
[一言] ヘルガーさん、結構面倒見がいいですね。
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