『ゲートを通過。現場に到着』
竜兄と連絡を取った後、私たちと親衛隊はダウナーがいるであろう通路へと向かっていた。
ローゼンクロイツによって運び込まれた機材は中央部の制御端末だけではない。遺跡の大部分をカバーできるレーダーも設置済みだ。おかげで大まかな位置も把握できる。
ダウナーのいる筈の通路へと続く道を進んでいると、凄惨な光景が目に入った。
「……全滅か」
三手に分かれて侵入した部隊の内、一隊がダウナーと率いられたキメラと戦闘したようだ。しかし敵わなかった。通路には散らばるようにユナイト・ガードの装備を着込んだ遺体が転がっていた。
私は親衛隊の隊長へ振り返る。
「お悔やみ申し上げる……ぐらいは言った方がいいか」
「お気になさらず。このくらいは覚悟できています。しかし願わくば、仇討ちはさせてもらいたいところです」
隊長格は冷静にそう言ったが、隊員たちの中には悔しそうな表情を浮かべる人間もいた。訓練され覚悟していても、やはり同胞の死は堪えるのだろう。私は隊長の言葉に頷いた。
「了解した。元よりそのつもりだ」
どのみちバイオ怪人三人は全滅させねばこの計画は終わらない。私は身を引き締め、通路の先を示す。
「向こう側に広場がある。そこにダウナーは待機しているようだ」
「待機ですか? 他の部隊を探していたり、シンカーと合流するよう動きは?」
「今のところない。推測だが、アッパーと通信が繋がらないことを不審がっているのかもな」
ダウナーとアッパーはコンビだ。
バイオ怪人の性質上最初から計算されて誕生したわけではないだろうが、それでも互いの能力を生かすためにはコンビを組むのが最適だ。
ダウナーが動きを止めアッパーが殴る。ダウナーへの攻撃をアッパーが守る。こうすることでダウナーは数相手の不利をアッパーの力押しで解消出来て、アッパーは力任せの弊害命中率などの不足を補える。抜群のコンビネーションだ。単純な戦術だが効果的で、崩すのには骨が折れる。
その点では、ここ空中遺跡が戦いの舞台でよかった。空中で戦えるアッパーを分断することが出来たおかげでダウナーの攻略難易度が下がったと言えるだろう。
問題は、親衛隊と私たちだけではそれでも苦戦するであろうことか。
「よし、装置をくれ」
そう言って私はユナイト・ガードの隊員に持たせていた機械を受け取った。
不細工な機械だ。いくつかの機械を組み合わせてテープで纏めたような見た目だ。いや、実際そうなのだ。この機械はローゼンクロイツの通信機とユナイト・ガードの通信機を改造して一纏めにした物なのだから。
色とりどりの配線が剥き出しになっている上にこんがらがっている様子を見てヘルガーが不安そうな表情を浮かべる。
「これ、大丈夫か?」
「言うなよ。即席の戦地工作なんだから」
この機械の製作者は何を隠そう私だ。
工作が得意というわけじゃないが、必要に迫られればやることもある。今回は必要だったのだ。まぁ確かに、自分で見ていて不安になるような出来だけど……。
「工作は苦手なんだよなぁ」
「確かに荒っぽくてちょっと怖いが、それにしちゃそれっぽく仕上がっているな」
「まぁ心得が全くないわけじゃないからね。でも見慣れない機械同士を結合するなんて真似は流石に自信がないよ。スマホをバラして盗聴器を埋め込んだりとかはよくしたけど」
「最近マジで俺よりもお前の方が犯罪歴が多いんじゃないかと思うようになってきたぜ」
とにかく、これが正常に動けば対ダウナー戦の切り札となる筈だ。
問題なのは、通路で行うには狭いことだが。
「そういう意味では、広間にいてくれて好都合だな」
これを使うには広い空間が必要だ。ダウナーが広間にいてくれて助かった。
さて、突入する際の作戦だが……。
「悪いが、先に親衛隊に突入してもらう。私がこの装置を扱うエンジニアとして働かなければいけないこともさることながら、あまりダウナーに顔を見られたくない」
私がこうも回りくどくバイドローンに逆らっているのはバイドローンとの全面戦争が怖いから。だから裏切ったことが知られて倒すまでの間に他のバイオ怪人に伝わってしまうリスクは避けたい。通信機にローゼンクロイツ製を使っていることから他に外への連絡手段を備えているとは思えないが、奴らはバイオ怪人特有の生物の特徴だけではなくシンカーやダウナーのような不思議な力も持っている。絶対に外に伝わらないとは言い切れない。もし伝わったら取り返しがつかない。こういうことには万が一があってはならないのだ。
幸い隊長は頷いてくれた。
「分かりました。私たちが前線を張りましょう」
「頼んだ」
隊長の了承の言葉を頼もしく思いながら私は機械を抱える。
装置自体も重いが、それ以上にこの装置に作戦の成否がかかっているという事実により一層の重みを感じた。
◇ ◇ ◇
ダウナーが待機していた広間はどうやらウィルスを培養するための部屋……おそらくはその一つだった。
多人数の足音に気がついたのか、既に迎撃態勢を整えて待っていた。
「………」
部屋には球形の培養槽のようなものがいくつも存在していた。壁際に設置されていて障害物にはならないが、少し不気味だ。
その中心でキメラたちに陣形を組ませ、なだれ込んできた親衛隊を見据えるダウナー。その蜘蛛の顔は無感情に見える。
私とヘルガー、そして戦闘員たちは広間の入り口に隠れながら両部隊の対峙を固唾を呑んで眺めていた。
隊長が銃を構えながらダウナーに啖呵を切る。
「バイドローンの幹部、バイオ怪人のダウナーだな。人類滅亡事案と判断し、抹殺させてもらう」
「……アッパーを殺ったのは、お前たちか」
普段頑なに閉ざされている口が開いた。蜘蛛のハサミのような口が、珍しく蠢く。
「答えろ……」
「そうだ。我々の、正確には我々のヒーローが倒した」
親衛隊側に油断はない。いつ戦いの火蓋が切られても対応できるように構えている。しかしそれはダウナー側も同じだ。従えられたキメラは私たちの率いていた物と比べ面構えからして違うように思える。シンカーが私よりも上等なキメラを分けていたのか、それとも自分たちに近い存在であるバイオ怪人を戴いて士気が上がっているのか。おそらくは両者だろう。
「………!」
蜘蛛の面では分かりづらいが、ダウナーは激情に身を震わせているようだった。それを影から見ていた私は意外に思った。感情を露わにすることにも、バイオ怪人同士の絆が思った以上に深かったことにも。
……少し罪悪感がないでもない。一応はと言えど、仕事仲間だ。
だが許容出来ないことは、許容出来ない。
「……行け」
「ギギィィィ!!」
「ブフッブフッ!!」
静かなダウナーの命令を受けたキメラたちが親衛隊へ襲いかかる。親衛隊は隙のない連携でそれを撃退しようと構える。
ダウナーの口が開いた。
「【動くな】」
「ッ!」
何人かの隊員が動きを止められ連携が乱れる。しかしそこは予想済み。すかさず他の隊員がカバーに入る、が。
「ぬあっ!」
「突っ込んできた!?」
ダウナーが予想外の動きを見せた。自ら親衛隊へ攻撃しにきたのだ。
親衛隊の前衛へ迫り、素早いハイキックを浴びせた。喰らった親衛隊員は吹き飛ぶ。
「こいつ、素早い!」
「戦えるのか……!」
それは、私も知らなかった。てっきり能力だけで戦闘は苦手とばかり……。
意外にも機敏な動きで親衛隊を翻弄するダウナーに対し混乱させられていくユナイト・ガードの親衛隊。戦線は劣勢に追い込まれていた。
心配だが、私は私の仕事をする。こっちはこっちで重要だ。
「設置オーケー。スイッチ、オン」
不格好な装置を固定し、針金を組み合わせた原始的なスイッチを押す。これで通信機の発する電波が増幅し、遠くまで届くようになる。
誰かと通信をするわけじゃない。電波を発する、ただそれだけで済む。
「……死ね」
「ぐっ!」
鋭い手刀で銃をはたき落とされた親衛隊の一人に、キメラの爪が届く、その瞬間。
叩きつけるかのような轟音と共に雷が広間に発生した。
「……!?」
蜘蛛の顔でも分かるぐらいに驚愕するダウナーの目の前で空間が歪む。電光の光に照らされるかのように影が徐々に濃くなり、輪郭を露わにしていく。
太い手足が、三メートルほどの巨体が、黒鉄の一本角が。
そして電光が晴れた時、そこにいたのは群青の身体を持つ機械の兵士だった。
『ゲートを通過。現場に到着』
現れたのは正義の鋼鉄ヒーロー。
電磁機械兵ビートショットだ!




