「ダウナーの能力は、一対一だとどうしようもないんだよね」
「ジャンシアヌから連絡が入りました。繋ぎますか?」
「あー……うん」
ユナイト・ガードの親衛隊と名乗った部隊と行動を共にしている。未だによく理解は出来ていない。何故彼らは協力してくれるのか?
竜兄が協力するように命令した……というのは考え難い。竜兄は私と近しいタイプで、秘密は自分の中で抱えて状況をコントロールして事を為そうとする人間だ。悪の組織の協力者が私であることを、簡単に漏らすとは思えない。
そもそも上司からの命令というのが気に掛かる。ジャンシアヌである竜兄がユナイト・ガードの中でも重要な立ち位置にいるのは見て分かるが、絶対的上司という感じはしない。協力者……に近いと思う。
だったら、誰がこの部隊に命じたんだ?
「……あ、りゅ、ジャンシアヌか?」
『その声……エリザ、ベートか? 何でこの端末で』
受け取ったユナイト・ガードの通信機の向こうから困惑した声が伝わってくる。竜兄には話がいっていない?
お互い以外の人間も聞いているので兄妹であることは隠す……が、隊長が隣から伝えてきた。
「お二人がご兄妹であることはこちらでも把握しています」
「いっ!? ……竜兄!?」
『いや、言っていないぞ!?』
「でもそれ以外どこから知れるってんだよ!」
『ホントに言った覚えはない……いや、そうか!』
突然の身バレに、竜兄にはなにか思い当たる節があるようだ。
「何したんだよ。うっかり漏らしたの?」
『いや、そうじゃない、いやそうかもしれないが。不用意に話したわけじゃない』
「どういうこと?」
私の疑問に答えたのは、通信機越しの声ではなくすぐ隣の隊長の肉声だった。
「私たちは、桜子長官の指示で動いています」
「……ああ!!」
その瞬間、私の中で合点がいった。
傍で会話を聞いていたヘルガーなどは分かっていないようだが、私は完全に理解した。
「マジか……長官なの?」
『驚いたことに、本当だ』
「ユナイト・ガードって、一番最初にどこで聞いたんだっけと思ったら」
『俺もその伝手だしな』
兄妹にしか理解できない会話が繰り広げられる。
だが私は事情を理解し、少なからぬ安心を得た。
「はぁ~……なら、この部隊は信用してオッケーか」
『多分大丈夫だろう。それより、アッパーとやらは倒したぞ』
「え、すごい。もう倒したんだ」
竜兄からの報告に私は驚いた。確かにアッパーと戦いやすいようにはやてを帰還させたけど、あんな肉達磨と対峙して本当に倒しきるとは思ってなかったのだ。しかも戦い難いであろう空中戦で。
『手こずったし、消耗もしたがな。で、次はどうする? 何か考えはあるか?』
「うーん、なら次はシンカーか、ダウナーを倒して欲しい、けど……」
アッパーを倒したのなら、残りはシンカーとダウナー。竜兄にはそのどちらかに向かってもらうべきなのだが……。
「シンカー、かなぁ」
『……あのスライムで配下を出す奴か?』
「うん」
『アイツと俺、相性がいいとは言えないんだが』
問題はそれだ。ジャンシアヌとシンカーは先日シルヴァーエクスプレスでかち合った。その時の戦闘は互いにダメージを受けた末にシンカーが閉じ込められるという結末に終わったが、実際には痛み分けだ。
しかも能力の相性も良くない。遺跡の内部という閉鎖空間ならジャンシアヌのガーベラフォームの能力、蔦が猛威を振るうがシンカーは物量で対策出来てしまう。
リリィフォームの銃撃も配下の壁で凌がれてしまうし、他二つのフォームは火力が不足する。決定打に欠けるのだ。
しかしジャンシアヌにはシンカーに当たってもらう方がいい。というのも、
「ダウナーの能力は、一対一だとどうしようもないんだよね」
ダウナーの拘束能力は一対一の状況だとほぼ確実に詰んでしまう。声を発するだけで縛り付けられてしまうダウナーの力は、一対一の決闘状態で対峙した場合まったく動けずに決着してしまう可能性が大きかった。
なのでジャンシアヌが戦うのならシンカーの方がマシなのだ。
『まぁ、了解した。お前はダウナー側に向かうのか?』
「いや、私が表立って敵対するとバイドローンに目をつけられちゃうかもしれないんだよね……」
私が直接妨害せずこんな迂遠な手でシンカーたちを邪魔しているのは、ひとえに他のバイドローンに伝わってローゼンクロイツその物が目の敵にされることを避けるためだ。バイドローンの幹部の数は少ないそうだが、それでもあの三人だけではない。下手を打てば残りのバイドローンに報復されローゼンクロイツが壊滅なんて事態になってしまう。それだけはなんとしても回避しなければならない。
「ん~、でもダウナーって数で押すしか対抗策がないんだよね……」
強力な拘束能力を持つダウナーへの一番の対抗方法は物量による圧倒だ。ダウナーの拘束は一人相手ならほぼ確実に動きを止められるが、フォーマルハウト戦のように多人数にかけようとすれば負担が大きい。その為拘束を逃れた他の人間で襲えば倒すことが出来る……と思う。
だからダウナー相手には多人数で仕掛けるしかないのだが……。
「キメラいるんだよねぇ」
そう、迎撃に出る際にシンカーは私だけじゃなくダウナーにもキメラを分けていた。ただ単に壁にしか出来なかった私と違い、ダウナーはもっと有機的に連携が可能だ。キメラがバイドローンの産物で私より指揮に慣れているということもあるし、そもそも拘束能力はサポート向きの能力だ。ダウナーが動きを止めた相手にキメラを殺到させる。これだけでも相当強力な戦術だろう。
ここにいる精鋭部隊はダウナー戦で必須だろう。しかし、それだけで押し切れるかと言うと少々不安だった。借り物だった私とは確実に違うのだ。もう一押し欲しい。
「う~ん……」
『お前と一緒にいたあの、魔法少女。バイドローン側だったか? でもお前が言えば味方してくれるんじゃないか?』
「いや、それは駄目だ」
確かにはやてが協力してくれれば戦力問題は解決するが、それだけは絶対に駄目だ。
はやてを即死させることが出来るスイッチ……それを押されてしまえば一瞬で戦線が崩壊する上に心情的にも許容出来ない。むしろ、その為にはやてを後方に下げたとすら言える。
「はやてちゃんは、今回の戦いで絶対前に出さない」
『……お前がそう言うなら、いいだろう。だがどうするんだ』
「うむむ」
そうやって頭を悩ませていると、懐の携帯端末がブルリと震えた。
「ん、着信? 中央からじゃないな」
私は端末を取り出し、その画面に表示されている発信者の名前を見て驚いた。そして深い笑みを浮かべる。
「なんてこった……まさか応じてくれるとはね」
『どうしたんだ?』
「私のラブコールが、実を結んだってところかな」
ディスプレイに表示された名前を竜兄に告げると、驚愕の声が漏れ聞こえた。分かるよ、私も驚きだ。
だがこれでダウナーは……もしかしたら楽勝かもね。




