「……やっぱ厳しいなぁ」
エリザに戻れと命令された私は、空中遺跡の中央広場へと舞い戻った。広場にはイチゴ怪人の入れ替えに従事する構成員や、モニターが吐き出すコードの記録に追われる構成員。そしてそれらを指揮する蝉時雨がいた。
「イザナがどこまで機械を掌握できるか分からない。接続していない物は大丈夫だと思うが、念のため手書きのメモで記録しておけ……お」
構成員に指示を飛ばしていた蝉時雨が、戻ってきた私に気付いて振り向く。
「帰ってきたか、魔法少女」
「……私はもう、魔法少女じゃない」
それは正義の味方である、気高い彼女たちの称号だ。もうその誇りを失った私にふさわしくない。
だが蝉時雨にとっては両者は大した違いはないらしい。
「戦力的に変わらないんだろ? だったら僕からすれば恐ろしい魔法少女に変わりはない。どうせ勝てん」
「……それで、私はどうすれば?」
エリザに戻っておいでと言われ帰ってきたはいいが、その後の命令は訊いていない。どうすればいいか分からなかった。
蝉時雨が答える。
「ああ、この広場の防衛だってさ。今侵入したユナイト・ガードたちを他の怪人たちが迎撃に出ている」
この場には構成員と蝉時雨しかいない。だとするなら。
「エリザも?」
「そうそう。ヘルガーと申し訳程度の戦闘員。それからキメラたちを連れてね」
……それは、不安だ。
ジャンシアヌの時もマハヴィルの時も、エリザのおかげで勝てた。でもそれは機転や幸運によるもので、エリザ本人はここに集ったどの怪人たちよりも弱い。大抵は辛勝でいつも傷だらけ。傷の浅かったプライマル・ワン戦でも、一歩間違えば死んでしまっていただろう。
上陸してきたのがユナイト・ガードの隊員たちだけだったとしても、廃工場の例がある。安心できない。
「私、エリザのところに……」
「あぁ、それはいいってさ」
話を聞いて向かおうとした私を蝉時雨は呼び止めた。
「言い含められてるんだよ。ここの防衛に従事してもらうよう言っておけって。他ならぬ紅葉姉に」
「……なんで?」
迎撃に出た三隊がもし抜かれた場合を考えて広場の防衛もしなければならないのは分かる。けどそもそも抜かれないように私が援護に向かえばいい。そう思ってエリザのところに向かおうとしたのに。
蝉時雨は首を横に振る。
「知らん。ただどこの部隊が不利になってもこの広場を絶対離れるな! ……って、釘を刺されてる。僕もね」
「……救援要請が届いても?」
「ああ」
それは流石におかしくないだろうか? 崩れそうな部隊があったら助けに向かうべきじゃ……エリザはなにが狙いなんだろうか。
そこまで考えて、思いついた。
「……もしかして、エリザは作戦を失敗させようとしているの?」
「ほう、そう思うか」
「だって、エリザはきっと……ううん、普通の人ならあんな作戦は嫌だって思うもん」
世界中の人間をバイオ怪人にする。そんなの、誰だって止めようとする。私だって、逆らえたのならそうしただろう。……バイドローンが力を持っていなければ。
バイオ怪人とやり合えばきっとエリザたちは負ける。だから……
「ユナイト・ガードを呼んだのって、エリザ?」
「……どうだろうな」
蝉時雨は肩を竦めた。
「実のところ、僕も詳細は知らされていない。止めるのなら、今シンカーがいない間にイザナに命令して止めればいいと思うけど」
「でも、それじゃあバイドローンと敵対しちゃう」
あからさまに作戦を止めようとする行為をすれば、バイドローンはローゼンクロイツを徹底的に叩こうとするだろう。この作戦を失敗させたとしても、バイドローンの全戦力と戦えばローゼンクロイツは生き残れない。計画を止められ憤怒したバイドローンはきっと末端まで全滅させる。それは百合を守りたいエリザにとって許してはならない結末だ。
だから、ユナイト・ガードを……正確には、ジャンシアヌを呼び寄せた。ジャンシアヌに邪魔させて作戦を失敗させるために。
「ジャンシアヌは、エリザのお兄さんだから……」
「あぁ、紅葉先輩なのか。あの人、いい人なんだけど厳しいところがあるからな……」
どうやら蝉時雨はジャンシアヌと面識があるらしい。蝉時雨はエリザの一個上って話だから、ジャンシアヌはエリザの二歳上の兄なんだ。百合とは三歳離れてることになる。
「ヒーローになってたのか。まったくあの兄妹たちは恐ろしいな。癒やしは天使だけだ」
「癒やしは知らないけど……うん」
百合に手を握ってもらったことを思い出す。温かく、優しい手触りの綺麗な手。もう魔法少女じゃない私の、魔法少女だった努力を褒めてくれたこと。あれでどれだけ私が救われたか。
気付けば、あの姉妹は私の希望になっていた。いたぶられて全てを捨てさせられた私に差した、光。
だったら、エリザの言うことに従おう。
「分かった、ここを守るよ。……どうする気か、分からないけど」
「あぁ、そうだな。……案外、アイツも決めてないんじゃないか?」
うん。そんな気がする。結構行き当たりばったりだし。
◇ ◇ ◇
「さてどうするか……」
携帯端末を使ってヒーローを呼んだはいいものの、それ以外はアドリブだ。今私はユナイト・ガードを迎撃に向かっているのだけど、素直に撃退しては作戦の成功率が上がってしまう。
ベストなのは、ユナイト・ガードの戦力を減らさないように負けて、引き下がることなんだけれど。
「それって私たちが危ないよね」
「速やかに制圧しなければ火力で押し切られるしな」
ユナイト・ガードは侮れない。シルヴァーエクスプレスではボーリングのピンのようになぎ倒していたが、それはこちらの防御力が限界を迎える前に素早く倒したからだ。長期戦になればなるほど、ユナイト・ガードは優位に立つ。多分、超人的な能力を持つ怪人相手に長期戦は最初から覚悟の上なんじゃないか? そういう風に訓練されていてもおかしくない。
つまり、相手を傷つけないように防衛戦を行おうとすればこっちの身が持たない。
「っていうか、ジャンシアヌがいなければユナイト・ガードは勝てないんじゃないかなぁ……シンカーにもダウナーにも」
「確かに。二体とも対策し難い能力だな」
シンカーの物量作戦は言わずもがな、ダウナーの拘束能力も予め備えるのは不可能だ。もしかしたらダウナーは数で押したらいけるのかもしれないが、やはりシンカーが鬼門だ。
竜兄がさっさとアッパーを倒してユナイト・ガードと合流してくれればいいのだが。そうでない場合は、
「……ならやっぱり、ジャンシアヌが到着するまでの時間稼ぎだね」
「やはりそれか」
ヘルガーが溜息を吐いた。分からなくもない。つまりは、最初の作戦に戻ってきたということだからね。
「どうにかユナイト・ガードと接戦を演じつつ、ジャンシアヌ到着まで引き延ばす」
「弾丸の嵐に晒されながら、な」
「……やっぱ厳しいなぁ」
私も憂鬱になる。また身体に穴が開くのか……。ローゼンクロイツの医療技術なら傷は塞がるけど、痕は残るんだぞ。いちいち気にしてらんないけどさ。
そんな風に作戦会議をしながらなるべくゆっくり通路を進んでいると、銃撃音が聞こえた。一発や二発ではなく嵐のように断続して。銃撃戦をしている。
ヘルガーと頷き合って息を潜め、通路を慎重に進んでいく。
やがて音が聞こえる通路を突き当たりからひっそり顔を出して確認すると、やはりユナイト・ガードが銃撃戦をしていた。
相手はどうやらシンカーのキメラ戦闘員らしい。
「あれは、多分シンカーが遺跡に仕掛けるって言ってた奴だ」
「数は同じくらいか。しかし……」
思わずヘルガーと目を見合わせる。目の前に広がる光景がにわかには信じ難いからだ。
キメラ戦闘員は人間を素体に複数の生物の特徴を持つ怪物で、人間より強靱なのは勿論、装甲車のように打たれ強かった。武装した兵士よりも強い。したがって一対一の戦闘においてキメラ戦闘員対兵士ではキメラの方に軍配が上がる。よく見積もって、一体三で互角といったくらいだろう。つまり同じ数では、ユナイト・ガードの方が不利だ。
だが目の前の光景はその戦力比を覆していた。
「キメラ戦闘員の方が押されてる……」
通路の先で繰り広げられているのは一方的な蹂躙だった。私が前に味わったことのある爆発する威力の高い弾丸でキメラ戦闘員を蜂の巣にし、その数を一体ずつ着実に減らしている。一歩も近づけさせないよう弾幕を張り続け、リロードのタイミングは完全にカバーされている。まるで訓練のような淀みない光景だ。その姿はいっそ機械的ですらある。
キメラ戦闘員は手も足も出ない。中には遠距離攻撃を持つ個体もいるのだが、シールドを持った兵士に防がれていた。防いでいるその合間ですら、隙間から銃を構えた兵士が狙撃する。
「完璧な連携で戦力比を補っているのか。いや、上回ってすらいる」
間違いない。奴らは怪人と戦う前提で訓練されているユナイト・ガードの中でもとびっきりの、精鋭部隊だ。
「……つまり、アレを相手に時間稼ぎしろと?」
無茶が無理に跳ね上がった。




