「臆病風がビュンビュンだなぁウィンド!!」
「ぐ、あぁっ!!」
体中を襲う熱と痛み。逆巻く炎に包まれ、全身を炙られる。足場の蔦ごと燃やされて、火達磨になる。
銃弾相手ならビクともしないジャンシアヌの鎧だが、炎にだけは弱い。植物の宿命だ。葉の胸甲に火がつき、肩の白い花が焦げ、炎は肌まで届いた。
「ぐうぅっ!!」
俺は咄嗟にバックルのタリスマンを入れ替えた。白いタリスマンから桃色のタリスマンへ。リリィフォームからライラックフォームへ。
焦げ付いた花が桃色へと変わるが瞬時に火が回り黒く焦がされる。ライラックフォームは全フォーム中最強の防御力を誇るが、炎相手では焼け石に水程度の効果しか無い。
それでも火が消える時まで健在でいられたのは、その防御力のおかげだろう。
「ガ……ッ!」
燃え尽き千切れた蔦から滑り落ちそうになった身体を、外壁の彫刻を掴むことで押し留める。本来なら全身の体重がかかったところでジャンシアヌの腕力なら問題ない。しかし今この時ばかりは重みに軋んだ。
「ハァ、ハァ……」
荒く息を吐く。焦げ臭い匂いが鼻腔を刺激する。燃え残った足場の蔦と、俺の身体からぶすぶすと黒い煙が立ち昇っていた。
満身創痍。そんな俺を見てアッパーが呵々と笑う。
「ガッハッハ!! 炎に弱いとは、まるで雑草だなウィード!!」
「ぐっ……」
無理矢理腕を動かし、足場へと登る。改めて見れば酷い有様だ。火は全身に回り、焦げてない部分を探す方が難しかった。左腕の鎧はほとんど焼失し、火傷を負った肌が露出している。フェイスガードなどは辛うじて残っているが、最早鎧としての役割は期待出来なかった。
まずった……。植物の性として炎に弱いことは知っていた。しかし実際に炎を使う相手と対峙したのは初めてだった。まさかここまで弱いとは……
震える手でライラックフォームの固有武器である盾槍を握る。だが持ち上げられない。
「……筋力までも……」
ジャンシアヌの力の源はアルラウネの加護を受けた鎧そのものだ。それがほとんど焼け焦げてしまった今、本来超人的であるはずの身体能力すらも低下していた。
仕方なく更にタリスマンを変え、基本形態であるジェンシャンフォームへと変身する。この形態のレイピアなら、ダウンした俺の力でも持てる。
だが、今の力では頼りないことには変わりなかった。
「ガッハッハ……往生せいやオーバー!!!」
太陽の光をバックにアッパーが翼を広げ、巨腕を唸らせ殴りかかってきた。速い。こちらとは大違いだ。
刀身で受け流そうとして、思い留まる。技術によって力を流すにしても、刀身を支える最低限の腕力が必要だ。今の俺では、それすらままならず押し潰されてしまうかも知れない。計画を変更して、壁へと向けて飛びずさった。
「ブレェェッイク!!」
「ッ、馬鹿力だな!」
豪腕の一撃に、足場にしていた彫刻がバラバラに砕け散る。何度見ても凄まじい破壊力。万全のライラックフォームで無ければ受けきれない。
壁にへばり付いた俺は、手に持ったレイピアと足裏の棘のスパイクを壁に突き刺して張り付く。ジャンシアヌの全能力を使えたさっきまでならともかく、今では落下の不安もある。慎重な行動を意識しなければ。
そんな俺とは違い、アッパーは大雑把そのものの動きで暴れ回る。
「どうしたホワイ!? ヤモリみたいに壁を逃げ回ることしか出来ないのかゲッタウェイ!?」
挑発してくるアッパーの言葉に耳は貸さない。というより、その余裕がない。外壁を削りながら迫るアッパーの威迫に、俺は緊張しながら回避行動を続けるしかなかった。
彫刻に飛び降り、外壁を滑り、身体を酷使して逃げる。まるで転げ回っているようで不格好だが、気にはしてられない。もっと気にするべきことが、ある。
「おいおいおいおい! 無様が過ぎるんじゃないかオーバー!?」
罵倒しながら振るわれた拳が、俺の顔の数センチ横の通り過ぎる。近い。カウンターでレイピアを振るえば刺さる至近距離!
「――チッ!」
だが俺は誘惑を振り切って、アッパーから距離を取った。
レイピアを刺したとしても、多分致命傷にはならない。心臓や首を狙っても、あれだけのタフネスでは死なない可能性がある。返しに痛撃を貰う方が余程まずい。
だから今は離脱して、時を待ち続ける。
「臆病風がビュンビュンだなぁウィンド!!」
逃げてもまだ迫る。翼を羽ばたかせ、滅茶苦茶に暴れているというのにその動きに陰りは見られない。奴の体力は底なしだ。
「ぐっ!」
叩き割られた外壁の石片が飛んできてフェイスガードを傷つける。もう随分逃避行を続けている。常人と変わらない身体能力で行う一歩踏み間違えれば終わりのパルクール。全力疾走のフルマラソンより辛い。
だから、ミスもする。
「あっ!?」
次の足場に飛び乗った足から、スパイクが石壁をガリッと引っ掻く音が響く。しっかりと刺さればそんな音は鳴らない。つまり、滑った。
「ぐ、がはっ!」
そのまま体勢を崩し、足場の上に倒れ腹を打ちつけた。空気が肺から押し出され、鈍い痛みが突き抜ける。
早く立たなければと藻掻く俺の姿を、見逃す理由はない。
「ハッハー!!」
「ガッ!!」
追いついた巨腕が俺の頭を掴み、外壁に叩きつけた。外壁がひび割れ、蜘蛛の巣状に割れる。
「ぐっ……あぐっ」
フェイスガードのおかげで、辛うじて頭は潰れていなかった。だがそれも時間の問題だ。アッパーの握力に、ギチギチと軋みを上げる。
「ガッハッハ! 摘んでやったぜスモールフラワー!!」
「そ、りゃ、お前からしたら全員小さいだろう、よ」
苦し紛れに悪態をつく。くそ、体中いてぇ。
絶体絶命のピンチだ。ここまで追い詰められたのは初めてかもしれない。大昔ヤクザの運び屋をしていたエリを処刑現場から助け出した時と同じくらいに命の危機を感じる。
「このまま握りつぶしてやるぜマッシュ!!」
アッパーが力を込める。兜が嫌な音を立て、潰れ始める。
いや、だが、間に合う……間に合った、か。
「? 潰れない……ノット?」
アッパーの握力はそこいらのプレス機よりも余程ありそうだ。少し力を入れただけで人間の頭などミカンのように握りつぶせる。それは耐久力の低下したジャンシアヌの兜でも同様だっただろう。火に焼かれた直後なら間違いなく潰されていた。
直後……なら。
「くっ……おぉっ!!」
俺の頭を壁に押しつけるアッパーの腕を掴み、引き剥がす。ジェンシャンフォームの腕力はライラックフォームに準ずる強さだ。勿論、怪力であるアッパーを退けるには両手が必要だが。
「お前、左手がレフトッ!?」
さっきまで俺の左手の鎧は肌が露出するほど焼けていた。しかし今は、元通り手袋とガントレットに覆われている。
それだけじゃない。焦げていた花は瑞々しいまでの色を取り戻し、葉の甲も葉脈を中心に再生していた。
もうすっかり元通りだ。
「なんだとオーバー!?」
「ここは最高の環境なんだよ……俺にとってはな」
炎を使うアッパーは俺にとって最悪の相性だ。
しかし、雲によって太陽が遮られないここは最高の戦場だった。
「太陽の光があれば、俺はいくらでも再生できる……!」
このためになるべく日に当たるようルートを選んで逃走したんだ。間に合って良かった。
アッパーの腕を完全に引き剥がし、巨躯から逃れ足場に着地した。俺を逃したアッパーは歯噛みする。
「クソッ、だったらもう一度炎だフレイム……!」
「させるかよ!!」
足場に着地した俺はタリスマンを外しレイピアに装着する。メガブラストの構えだ。
それを察知したアッパーは羽ばたいて上空に距離を取る。
「射程外に逃げれば問題ないだろうオーバー!? その後じっくり焼けばいいウェルダン!!」
確かに近接型のジェンシャンフォームではメガブラストも左程遠くまで届かない。精々が10~20メートルといったところだ。
アッパーがほくそ笑む。
「今度こそ詰んだぞオーバー!!」
「まだだ!」
足りない射程は……補う!
俺は白いタリスマンを取り出し、更にレイピアに取り付けた。
「!? 二個目だセカンド!?」
「一個しか使えないとは誰も言ってないぞ……!」
大方あのシンカーとかいう怪人から俺のメガブラストの情報は受け取っていたんだろう。だが奴には一個使ったメガブラストしか披露していない。これが俺の奥の手だ!
レイピアが青と白に輝く。
「ダブル・ブーケ・メガブラストォォォォ!!!」
竜巻が巻き起こる。青と白の花弁を含んだ竜巻だ。
巨大な竜巻はアッパーを襲い、美しく見える花弁はその巨躯を切り刻む。
翼を断ち、身体を裂き、目を抉る。いくら堅い筋肉と無尽蔵の体力を持っていたとしても、ジェンシャンの切れ味とリリィの火力も備わった必殺技には紙細工に等しかった。
「オ、オオオォォォオオオォォォォバアァァァァァァアア!!!!」
アッパーは叫び声を上げた。それは断末魔だった。
首が胴と離れ、躯体が千々に切り裂かれる。
「ガッ……ここで、終いかよオーバ……」
生首となったアッパーがそこまで紡いだところで、爆散した。紅蓮の鬣を持った驚異の怪人は、自身が炎となって消え去った。
それを見届け、竜巻が爆発と共に消えたところで膝を突く。
「ハァ……ハァ……」
二つのタリスマンの同時起動による、ブーケ・メガブラストは相当な負担がかかる。治りかけでやるもんじゃなかった。
だが、これで怪人は一体倒した。
「ハァ、後二体……もういっそ不肖の妹も入れちまうか?」
少なくとも、恨み言は言わなきゃ気が済まないな。




