「お手並み拝見といこうか、竜兄」
『こちらはやて! ジャンシアヌと……大きな飛行機が三機襲来! 飛行機には、ユナイト・ガードの紋章が描かれている!』
通信からはやての切羽詰まった声が聞こえる。その報告に構成員がざわついた。
「ユナイト・ガード……!」
「こんな早く嗅ぎつけるとは」
「狼狽えるな!」
私は構成員たちへ一喝し静まらせた。
「各々作業に戻れ! お前たちの役割は機材から知れるデータの監視とイチゴ怪人の交換だ! 戦闘は他に任せろ!」
今回連れてきた構成員はそのほとんどが機材を管理する非戦闘員だ。戦闘員は多少連れてきているが、一戦力と言うより非戦闘員の護衛と言った方が正しい。イチゴ怪人に至っては生け贄だ。戦闘を担当するのは主に私たちと、バイドローンだ。
構成員たちが落ち着きを取り戻したところでシンカーへ振り返る。
「シンカー、どうする」
「アッパーを向かわせました。しかし二体では……私の配下も空中戦が可能な物は限られますし」
「食い止められるかは怪しいな」
気付けば広場にアッパーの姿がない。防衛に向かったらしい。数少ないまともに飛行できる戦力だ、当たり前と言えば当たり前か。
だがそれで止めきれるかは分からない。戦闘機より大きいということは、おそらく飛行機は輸送機だ。中にはユナイト・ガードの兵士たちが大量に乗っていると見て間違いないだろう。それが三機。ジャンシアヌと合わせて二対四。ヒーローを押さえつつ防ぎきるのは難しい。
「なら内部へ引き込んでしまった方が早いんじゃないか?」
私はシンカーに対して提案した。
「しかし侵入されてしまいます」
「乗り込まれるが、こちらも全力を出せる方がいい。引き入れて、すり潰してしまおう」
「……そうですね。私の配下も忍ばせていますし」
二人に無理をさせて空中で侵入を防がなくても、敢えて中に入れて前戦力で戦えばいい。
私の案にシンカーは頷き、ローゼンクロイツが支給した通信機を起動した。
「アッパー、足止め程度で十分です。ユナイト・ガードの飛行機は最悪無視しても構いません。ヒーローはどうですか?」
『今丁度飛び出て殴り合っているところだぜファイト!! 葉っぱ野郎はもう飛行機を降りて、遺跡の外壁にへばりついて攻撃してきているぜオーバー!! 中々すばしっこいぜスピーディ!!』
「早いですね……」
どうやらジャンシアヌは飛行機から離れ、外壁を伝って二人と渡り合っているらしい。流石は竜兄と言ったところか。飛行能力は無いはずだから、この高度から落ちたら流石に一巻の終わりだというのに。それなのに空中戦をこなしているのは……単なるクソ度胸だ。
『飛行機はもう遺跡に取り付いて……兵隊がロープで降りてる! 妨害したくてもジャンシアヌが……!』
「はやてちゃん、無理しなくても大丈夫だよ」
私は自分の通信機を使って優しい声ではやてに告げた。
「はやてちゃんは遺跡内部に戻っておいで。もちろんユナイト・ガードとかち合わないルートでね。そっちはアッパー一人でも大丈夫だろうから」
『え、いいの?』
「いいから帰ってきなさい」
『……分かった』
そう言って通信を切る。勝手に決めたことにシンカーが何か言いたそうな顔をしているので、肩を竦めて言い訳した。
「別に、戦術的に間違ってないだろう? 二人では上陸を止めることは難しいが、どうせユナイト・ガードを引き入れるのなら後はジャンシアヌの足止め要員だけでいい。ならユナイト・ガードに蹂躙されないよう、少しでも内部の戦力を増やすべきだ。それともアッパーだけでは足止めも難しいか?」
「……いえ、アッパーは我が組織の中でも随一の直接戦闘力を誇ります。はやてより余程」
……うん。前々から思っていたがバイドローンはバイオ怪人であることに誇りを持っている。人間を超越し、並みのヒーローや怪人に引けを取らないと自負をしているのだろう。実際強力だ。
ま、竜兄が負けるとは思えないけど。
「よし、迎撃準備を整えるぞ。通路ごとに分担して受け持とう。キメラを何体か貸してくれ」
「分かりました、何体か指揮権を譲ります」
侵入したユナイト・ガードは輸送機三機分。私たちはシンカー、ダウナー、私とヘルガーの三手に別れそれぞれに散った。蝉時雨ははやてと広場を防衛させることにした。
シンカーから譲り受けたキメラを従えヘルガーと通路を進む。隣のヘルガーに話しかけた。
「さて……来たな」
「あぁ、だがヒーローはジャンシアヌだけか……ユナイト・ガードと連携を取れているヒーローはまだ少ないようだな」
「それは仕方ない。精々時間稼ぎさせてもらおう」
キメラたちを率いながら、天井を、その先にある筈の空を見つめる。
「お手並み拝見といこうか、竜兄」
◇ ◇ ◇
「――ったく、不肖の妹が……」
青い空と砂色の外壁を背景に、俺――ジャンシアヌたる紅葉 竜胆は、迫り来る赤い鬣の肉だるまから逃れるべく手から蔦を伸ばした。
「クラァァァァァッシュ!!!」
「ぬ、おぉ!」
跳んだ瞬間、背後の外壁に怪人のタックルが炸裂した。遺跡の外壁は表面がひび割れ、砕ける。もし留まったままだったならいくらジャンシアヌの装甲といえどひとたまりも無かっただろう。
俺は蔦で掴んだ外壁の引っかかりへと飛び乗り、怪人が追っかけてくるのを見て更に別の引っかかりへと蔦を伸ばした。外壁部は精緻な彫刻が彫られているため足場には不自由しなかった。
「……くっ、強いな……」
青空を悠々と飛翔する、赤い鬣の怪人。確か名乗りは、アッパーとか言ったか。
空を飛び、怪力。おまけに銃弾数発を撃ち込んだが無傷ときている。ポテンシャルの高い敵だ。エリが気にかけているらしい鳥娘は遺跡へと戻っていったが、こちらが有利になったとは言い難いな。
「ガーベラフォームでは力不足か」
蔦を自在に生やし、伸縮出来るガーベラフォームは高速移動にも向いている。しかし攻撃力は全フォーム中最低だ。少なくともこの蔦でアッパーの硬い筋肉をどうこうは出来ないだろう。
ならばと俺は自分を中心に無茶苦茶に蔦を伸ばした。放射状に蔦が広がり、外壁から出っ張った部分を軸にあやとりのように複雑に蔦を張り巡らせる。傍から見れば蜘蛛の巣だ。
「やけくそかオーバー!?」
「そう見えるかもな」
十分に蔦が広がったところで俺は足場にしていた彫刻から飛び降りた。重力に従い俺の身体は落ちる。が、そのまま真っ逆さまに消えはせずその真下にあった一本の蔦の上に着地した。細い足場の上に綱渡りのように立つ。
これで足場は確保できた。バックルのタリスマンを外し、白いタリスマンに付け替える。緑の花が白く色づき、十丁ほどのマスケット銃が周囲に発現した。当然銃口の向け先は飛び迫るアッパーだ。
「フルファイア!!」
かけ声と共に銃列は一斉に火を噴いた。放たれた銃弾はアッパーとその周辺の空間へ逃げ場を塞ぐように殺到し、アッパーは避けられず銃弾をその身に受けた。着弾と同時に爆炎と硝煙が弾ける。
「どうだ……」
リリィフォームの火砲の嵐は俺の最大火力だ。まだ全力ではないが、大抵の怪人ならこれで一溜まりも……
「ぬぅん!!」
「……チッ」
そんな俺の希望的観測は、かけ声と硝煙と共に払われた。そこには翼で煙をかき消して、健在のアッパーが紳士服の煤をはたいていた。
「ったく、こんな豆鉄砲じゃ鳩も落とせないぜピジョン!!」
無傷……ではない。刻まれた三発の弾痕は確実にダメージを与えていた。だがそれを物ともしないほどに、タフネスが充実している。要はまだまだ元気いっぱいってことだ。
新たなマスケットで戦列を作り、アッパーへと向け睨み合う。
「消耗戦なら、こちらに分があるぜ」
こちらが銃撃し、向こうが耐える。どちらかが力尽きるまでの消耗戦なら、こっちに優位がある。攻撃側というのもあるが、俺は体力には自信があった。というのも、ジャンシアヌの力の源は植物と同じ、太陽の光と水と空気だ。普通の植物の場合はそのどれもが必須だが、俺の場合はどれか一つでも動ける。つまり太陽を遮る物が何もないこの雲の上は、俺にとってとても有利な地形なのだ。
思わずフェイスガードの下で笑みを浮かべる。しかしそれはアッパーも同じだった。
「そうかいオーバー。それなら……」
言葉を切ったアッパーは大きく息を吸い込み、隆々たる胸が空気で膨らむ。
何かの予備動作か? そう思って俺は身構え、更に銃の何丁かを盾代わりに交差させて浮かべた。
「カァ……!」
微かに呼気が漏れる。それと同時に、奴の口の端にチロリと炎が点った。
まずい! そう思ったときには全てが遅かった。
「オーバードブレス!!!」
アッパーの口から、灼熱の炎が迸る。紅蓮の炎がまるで嵐のように吹き荒れ、波のように押し寄せる。焼却炉の中のような地獄を、奴はそのまま吐き出した。
「な、ぐおぉ!!」
逃げようにも炎は広範囲に吐かれ、足場の蔦ごと燃やし尽くす。これは、本当にまずい!
植物の宿命として、火だけは駄目なんだ俺は!!




